第5話 失敗と成功
「うぅ。この豹お腹すいてたのね」
「なんとか助けてあげたいなぁ」
ヒートとエルがちらちらとこちらを見る。
扱いが豹ではなくネコ。
あの後、黒幕エリックの居城であるブリークウッドタワーにたどり着いたプレイヤーは、アカリを傷つけた豹を無事に倒した。
そして、私達の店に訪れた時点で既に弱っていたことを知る。
「GM、私○ゅ~るをこの豹にあげるよ」
結局戦闘が終わるまで使わなかった○ゅ~る。
トシゾウがそれを豹に与えるらしい。
皆がチラチラとこちらを見るけど時間をおいて落ち着いたし、別に私も構わない。
そう長く怒りを持続させることが苦手な私としては、既にアカリを傷つけたこの豹を赦してしまっている。
「なら、豹は大人しくなってトシゾウの手から○ゅ~るをなめなめ。今なら顔や体を撫でても大丈夫そうだ」
「「撫でまわします」」
二人とも目が真剣。
これは絶対演技じゃない。
「ご飯をくれた四人を敵じゃないと判断した豹はキミたちを信頼しているようだ」
「……」
月が静かに何かを熟考している気配を感じる。
アカリを傷つけたし、そこをちょっと気にしているのかもしれない。
「月、何考えてるの?」
「いや、○ゅ~るで懐く訳じゃん。そういうことなら最初に私たちが演じたお店の子になるのが筋じゃない?」
「そう……なの?」
「だって私達の店の○ゅ~るで育った子だよ」
「○ゅ~るだけで育った訳じゃないんじゃ? そもそも○ゅ~るって主食じゃなくておやつだし」
「ソーセージだって別に完全栄養食じゃないじゃん」
「言われてみればそうね」
「導入の時は襲い掛かってきたけど、もう反省して大人しくなった状態。この状態で店に来たら面倒みちゃうよ。茜だって行く宛なくて○ゅ~る求め彷徨う豹を見捨てられないよね」
「それは確かに。じゃあ私たちの子だ」
「そう言われるとなんか照れちゃうね」
「変な意味でとらないでよ」
「分かってる分かってる」
「あ、名前どうする?」
「どうしよっか。可愛い名前つけてあげたいね」
「そもそもオスなのかメスなのか」
「そりゃあ女の子だよ」
「でも、豹がどうなのかは知らないけどネコってオスの方が甘えん坊ってよく言うじゃん」
「なおさら女の子!」
うーん。
でも女の子だとすると、この豹のオスはもっと大きいことになる。
私達で決めるのもなんだしGMの意見も……。
そこでようやく、私は周りを見た。
自分を客観視する余裕が生まれてしまい、私はTRPGを中断させてしまったことを悟る。
最悪だ。
部外者なのに二人で盛り上がって、場を滞らせてしまった。
「あ、二人で気の済むまで話し合ってくれて構わないよ」
「じゃあお言葉に甘え……」
「ません。ごめんなさい」
月の言葉を遮って話を終わらせる。
これ以上私達が好き勝手する訳にはいかない。
「むしろそういう細かい設定に凝ってこそ一人前」
GMさんがそう言ってくれるけど、優しい皆は笑ってくれているけどそれはそれ、これはこれだ。
「でも私達、別にメインキャラという訳でもないので。それに時間だって余っている訳ではないですよね」
シナリオによるとセッションにかかる時間は二時間の予定。
下校時間を考えれば余裕なんて全然ない。
「うーん。茜は今の会話、楽しかった?」
「それは……はい」
楽しかった。
嘘じゃない。
だからこそ罪悪感がひしひしとわいてくる。
そもそも、英語はできてもコミュニケーションは全然できない。
仲の良い友達も茜くらいだ。
楽しい場なんだから、こんな気持ちでいると迷惑にしかならないことを自覚しつつ、自分ではどうすることもできないとさらに落ち込む。
「なら大丈夫。予定通りいかないことならいつものことだよ。むしろ時間気にしてくれてありがとう。ここの面子そんなこと気にしないもん」
サッと目を逸らす部員達。
全員が言葉を詰まらせるとは思ってなかったので目を丸くする。
「まぁ今日は順調そうだしこの程度の脱線なんてことないさ。むしろサブマスが二人もいるから随分楽をさせて貰っている」
「なら
「ほら、茜はもう少し月を見習って。月はそれ以上に茜を見習って。あ、君らもだよ」
少しだけ肩が軽くなる。
でも、やり過ぎないように注意しないと。
「私クロヒョウが良い。ひょっとして
「そうだよ。名案でしょ。クロヒョウ賛成」
少しだけこの豹についてまとめる時間をもらう。
でも、これきりだ。
「名前は耀で良いと思うけど、性別はあとで話し合おうね」
「えー」
別に女の子でも構わないけど、このままなぁなぁで決められるのは丸め込まれたみたいでちょっと嫌だ。
でも結局女の子になるんだろうなぁ。
「黒豹は四人に一礼し、アカリとアカネの店に戻ります。その背中から、キミたちはこの黒豹がもう人を傷つけることはないと確信できるでしょう」
「そして我が家の新しいペットになります。むしろ用心棒。番犬ならぬ番豹だよ」
「あ、客で一番懐いてるの私で」
「トシゾウ狡い!」
「だって私の○ゅ~るだよ。このくらいの特権あるべき」
「「ぐぬぬ」」
月が勝手にGMの言葉を引き継ぐ。
これで耀を店で引き取ることは確定した。
導入の時はアカリを傷つけられたこともありそこまで好きでもなかったけど、月と一緒にペットとして飼うというのでもう愛着がわいてしまっている。
私ってこんなに単純だったのか。
「そして君たちは、事件の元凶であるエリックを問い詰めるためにこのブリークウッド タワーに入っていきます」
「でも耀ちゃんの被害が大したことない、というか被害者が許した時点でタワーに入る理由が薄い気がする。
ヒートの言葉にGMが言葉を詰まらせる。
確かに、
でもそれは、この物語を外側から観測している私達が知っているだけだ。
「私はアカネさんと約束したしエリック討たないと」
――生意気。私達の商品の値段は私達が決める。さっさと行きな。必ずあのヒョウと、裏で手を引いてるやつがいるならそいつも、けちょんけちょんにしてやんな!
確かに言った。
「茜、ファインプレーだ。アカネはこのヒョウが既に弱っていた事を持ち前の洞察力で感じとり、
私のやった事は、全部が全部悪いことなんかじゃなかった。
ちょっと嬉しい。
単なる翻訳要員に徹していようと思ってたけど、これならもうちょっと参加しても良いかもしれない。
私って自分で思ってたよりずっと現金な人間だ。
「茜、助かったよ。ありがとう」
「行き当たりばったりでシナリオ改変なんてするから……」
「あやうく金でプレイヤー本体を釣るところだった」
「お宝の気配!」
「どのみち耀ちゃんがなんでこんな目に合ってるか調べる為にタワーに入るよ」
冒険は続く。
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