第4話 ダイスは応えてくれる

「そんな二人が過ごす店に突如化物が現れた」


「百合の間に挟まる猫」


「残念ながら猫という大きさじゃない。その体高は1メートルを超える。キミたちが座っているなら目線を変えずに目を合わせることができるだろう」


「メートル……」


「メートル法は公式です。まぁ実在の生物より盛ったことは認める。なんならもうちょっと大きくしても良い。じゃないと四対一でボコるから罪悪感来るんだよ」


 確かに。

 ヒョウの大きさをスマホで調べてみると、体高は大きくても70センチ。

 一対一では出会いたくないけど攻撃するのに躊躇いが出てしまう。


 実際は向こうの方が強いのだとしても、だ。


「GM、最終的に怪我をさせて追い出せば良いんだよね」


「あぁ」


 やる気満々の月が何かするらしい。


「なら私、魔法使いたい。炎とか」


「……いいよ。ただし、ここで退場するキャラだと言うことを忘れずに」


「アカリのレベルが1以上で確定した件について」


「現時点で私達の誰よりも強いな」


「まぁルールとか知らないし、イベントムービーだと思ってもらえればいいかな」


 イベントム-ビーがよく分からなかったけど皆それで通じているみたいだから口を噤む。

 やっているうちに分かってくるんじゃないかな。


「さて、その怪物はclosed閉店中の扉をぶち破り、店の中に入った。見るからに興奮した様子で、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を纏い牙を剥く」


「突然のことに驚いたのと、刺激しないようにとで一端様子を見るよ」


「その怪物は目的は棚にある○ゅ~るだ」


「……」


 全員黙る。

 正確には、笑いをこらえてる。


「っ。ごめん。やっぱ無理」


「○ゅ~る! ○ゅ~る!!」


 訂正。

 笑いをこらえようとしてい


「陳列されている○ゅ~る目掛けて突っ込み、牙を使って器用に袋を破ります」


「……ふぅ。むしろ何故GMは冷静にこの状況を語れるのか」


「状況のシリアスさが伝わってこな、こなっ……」


「ちょっとー。一応私と茜命の危機なんだからねー。というか現在進行形で二人のお店を壊されてるとちゅー」


「あ、そっか。GM、アカネはその怪物に『やめて』って言うよ」


 だって、私と月のお店に土足で踏み込んだんだ。

 というかストーリー上怪我でもしないと整合性が取れない。

 殺される役なのに殺されないように立ち回るってどうやればいいんだろう?


「なら、その怪物はアカネに狙いを変えるよ」


「○ゅ~るからね」


「おいやめろ」


「私の出番。アカネとその怪物に身を滑り込ませて左手を突き出すよ」


「え!?」


「ならお望みどおりに。突き出された左腕にガブリと噛みつき、アカリを押し倒すよ」


「そのまま床の上をごろごろ。左腕は血みどろ。だから右手に魔力を集めて炎の魔法を使う。ただし痛みで自動失敗ね。魔法が暴発する感じで自分とその怪物にダメージ入れるよ」


「なるほど、そういう感じね」


「人生で一度はやってみたかった」


「大切な人を庇って、ってやつ?」


「そっちもだけど、自爆の方!」


「分かる」


「むしろもうやった」


「ロマンだよね」


 全然ついていけなかった。

 月が。怪我をした?


「その魔法は外でも分かるほどの衝撃音を発生させた。怪物は酷い火傷を負い、既に半壊の扉を完全に壊して逃げ去るよ。アカネはどうしてる?」


「え、っと。怪我をしているアカリに駆け寄って治療します。回復の魔法とかありますか?」


「すまない。回復系の魔法はない。ポーションでHPの回復はできる」


「あ、このポーションって飲む系? 私今カッコよく意識失ってる予定なんだけど」


「飲んでもいいし掛けても良い」


「じゃあ口移しが良い。せっかく恋人同士の役なんだし」


「分かったから。我儘言わずにさっさと回復して」


「プレイヤーは魔法の暴発とドアを蹴破った音に気付いて駆けつけるよ」


「この状況で!?」


「あ、GM。この店の○ゅ~る一本持って行きたい。いくら?」


「トシゾウ、マイペース過ぎない!?」


「あー。○ゅ~るは一本1コインだ」


「たっか。え、私の宿賃5ピースなんだけど。騎乗動物の餌とか入れてもこの価格だよ。公式!」


 トシゾウがルールブックを指したのでその部分を読んでみる。


 1cは8p。

 8進数は馴染みがないけど、○ゅ~るを2本買うお金で宿に3泊できておつりまでくる計算になる。


 キャラクター作成時のお金は5c。

 そこから武器やらアイテムやらでお金を使うことになる。

 サンドキャッスルでは初期装備セットみたいなおすすめがあるらしく、それだとプレイヤーの所持金は2cだ。


「何言ってるんだ? ネコ様の食事が我々下々のものより高価なことに疑問の余地はないだろう?」


「納得」


「そりゃそうだ」


「エルとヒートはそっち側か。三人とも、なんて濁り澄みきった目をしてやがる」


「でも中世でしょ。嗜好品の類がバカ高いのは当然じゃない? ここは日本じゃないんだし」


「そっか。GMの説明よりよっぽど納得できるな」


 カッショクとトシゾウにも通ってしまった。

 この世界では愛玩動物というのはよっぽどお金持ちしか買えないらしい。

 いや、高級おやつのとしての位置付けはそんなものかな。

 日本でも誰が食べるの? ってくらい高価なブランド果実とかがある。


「あ、それと○ゅ~るを買うためにはTN目標値20でCharmチャームをしてもらう。使う技能はW意志


「クリアさせる気がない!」


「当然だろう。だってこの店は今、豹に攻め込まれて半壊、店主の一人は大怪我をしている。そんな中で○ゅ~るを買える訳ないだろう」


 アカネは無事だけど、アカリは左腕にかみつかれ、取っ組み合いになり今意識不明の重体。

 なんか、ムカついてきた。


 私の友達を襲った理不尽に、今すぐ報復してやりたい。

 可能なら、私自身の手で。


「よし。ちょっと


 トシゾウがそう言って、





 空気が変わった。


「アカネさん。わが身は未だ至高に届かぬ身。必ずやあの畜生を討ち取れるとはとても言えませぬ。故に、使える手はなんでも使う。これも奴めを討つ手段の一つ。どうか譲ってはいただけないでしょうか? 弱き身なれど、それでも貴女に誓いましょう」


 迫力に負けた。

 渾身といって良い演技。

 思えば、人が真剣に演じている姿を間近で見たのはこれが初めてかもしれない。


「絶対に奴を討つ」






 この人になら、任せても良いかもしれない。


「そういってトシゾウは、コインを二枚出すよ。もちろん、○ゅ~るは一本ね」


 私は知っている。

 2cはトシゾウの全財産だ。

 でも、アカネは知っているだろうか。


「どうするかの判定は茜に任せるよ。目標値を下げても良いし、自動成功としても良い。もちろんそのままのTN目標値で賽を振らせても良い」


 ロールプレイ次第でTN目標値に補正を掛けるとは聞いていた。

 だから、ここから先は私の仕事だ。


「GM、私もサイコロ振って良いですか?」


「何のサイコロ? トシゾウのなら許可できない」


「アカネが、トシゾウの財布の中身を知ることができるか、です」


Domestic Scienceドメスティックサイエンス……、いや、Deceptionディセプションかな。Aで。自分のステータスと目標値は自分で決めて」


 アカネは私の分身。

 人より知覚力awareness(A)が優れているとは思っていないのでゼロ。

 スキルも無しでいいや。


 目標値は、どうだろ。

 少し難しめにしよう。

 アカネは今、アカリが傷ついたことで平静を失っている。

 さらに、トシゾウの気迫は凄かった。


「目標値は14にします。補正はゼロ」


 単純にダイスを3つ振って、14に届けば成功。13以下なら失敗。

 期待値は10.5だからかなり強めに設定した。


「はい。予備のだよ。六面ダイスはいっぱいあるから良かったらプレゼント!」


「ありがとうございます」


 ころころ……


「五、三、六。アカネはトシゾウのそれが強がりで、そのなけなしの2Cを渡すと無一文になることが分かりました」


 私が目を把握するのと同時にGMの発言で結果を知る。

 どうやら成功したらしい。

 計算が早い、というよりはもう既に知っているといった速度だった。

 この程度計算するまでもなく知っている感じに玄人っぽさを感じる。


「じゃあ、んんっ」


 少し咳払いをして今からロールプレイすることを皆に伝える。

 全員の注目がこちらに集まり、少し気恥ずかしい。




「生意気。私達の商品の値段は私達が決める。さっさと行きな。必ずあのヒョウと、裏で手を引いてるやつがいるならそいつも、けちょんけちょんにしてやんな!」


 一息に言い切る。

 出す情報は、あの怪物が豹であること。

 エリック――裏で糸を引いている人物がいること。


 この辺はもう既に示唆されているので、それを補強する程度のことは問題ない、はず。


「あの、そう言ってコインを一枚トシゾウに返却します」


 一気に顔が熱くなる。

 無事言い終えたのに、心臓がドキドキしっぱなしだ。


 なんならロールプレイを始める前より今の方が緊張している。


 その空気を打ち破ってくれたのは月だった。


「茜、かっこよかったよ」


「ありがと」


 月が差し出してくれたペットボトルからジュースを飲む。

 TRPGには必須だと言われて準備したけど本当だった。

 月は褒めてくれたけど、半分くらいはトシゾウの演技に引っ張られただけだ。

 それでも、月だけでなく皆が褒めてくれた。


「GM、じゃあ私○ゅ~る持ってあの豹追いかけるね。今のやり取りで多少時間ロスしたけどどうする?」


「あぁ。追いつけない場合は考えてないから追跡は自動成功で良いよ」


「やった」


 そろそろ鼓動も落ち着いてきたかな。

 私、プレイヤーには向かないかもしれない。


「茜、月も。ありがとうね。二人がいなかったら血まみれの店内で死体漁りしてソーセージ盗っていかなきゃいけないところだった」


「最低な絵面ですね」


「死体漁りはゲーム変わるから認めないぞ」


「いや、導入見る感じダーク系いけるでしょ。……○ゅ~るさえ出てなければ」


 私はサブマスとして次に何が起こるのかを知っている。

 結論を言うと、これかなり物騒なシナリオだ。

 プレイヤーが火事場泥棒してても違和感は全くない。


 ○ゅ~るさえ出てなければ。


「GMによって同じシナリオでもガラッと色が変わるからな」


 どこか誇らしさすら持って言う。

 私も死者が出ない物語の方が良い。


「さっきもチラッと言ったけど、騙されないでね二人とも。このGMえっぐいシナリオも好きだから」


「あのトロッコ問題の奴は酷かったね」


「あっちを救うかこっちを救うか。両方救おうとすると、というか両方とも救ってしまうとバッドエンドの奴ね」


「しかも両方救うように誘導するんだよ」


「失礼だな。私はただ、見捨てることになりますけどいいですか? って聞いただけだよ」


「失望しました。ファンやめます」


「ちょっと月!」


「いや、月は私の性格知っているだろう」


「正直今日も身構えてたよ。今日は随分平和モードなようで」


「当然だ。初心者に私の本気はまだ早い」


「茜に悪影響なんで一生封印しててください」


 不意に月に抱き寄せられた。


 んー。

 でも私はたぶんそのシナリオ肌に合わないだろうし月に甘えちゃおうかな。


「そうですね。私もそういうのよりは○ゅ~るが出てくるようなおはなしの方が好きです」


「そうか、残念だ。狂気が必要になったらいつでも呼んでくれ」


 私の人生でどんなことがあれば狂気が必要になるのか分からないけど、とりあえず頷いておく。

 好みは人それぞれ。


 聞けばGMはそういう暗め(婉曲表現)のシナリオをするときは事前に確認をとるらしい。

 事前に心構えできるのはやる理由にはならないです。

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