第3話 初めてのロールプレイ

「ここ、原作ではソーセージですが可愛くないので○ゅ~るにします」


「「○ゅ~る!?」」


 導入の途中でGMが突然奇天烈なことを言いだした。


 英文を見てて、途中から明らかに訳が変だなとは思ってはいた。

 改変すると聞いていたから特に気にせずにいたけど、まだネコは出てないのに○ゅ~るが出てくるのはどうなんだろうか。

 それに、ネコと言っても出てくるのはひょうだ。


「え、待って。世界観は?」


「中世ヨーロッパベースの剣と魔法のファンタジー世界 ――○ゅ~るを添えて――」


「え、容器は? プラスチックあり?」


「んー。ありで。中世だし錬金術くらいあるだろ。だから私の【メドウブルック】には現代のプラスチック容器に近いものがある」


 メドウブルックは今回のシナリオで登場する街の名前だ。

 典型的な街と書いてあったので街どころか世界中に○ゅ~るがある事になる。


 GM権限で一気にメルヘンになってしまった。

 ソーセージを狙う豹と○ゅ~るを狙う豹。

 感じる圧が全然違う。


 プレイヤーの疑問を力業でいなし、強引に物語を進めていくGM。


「今回の敵が分かってしまった。大型のネコだ」


「候補はライオン、トラ、チーター。あと大型じゃないけどヤマネコとかかな」


 プレイヤーがまだ出てきていない敵について推察している。

 違うよと教えてあげたい気持ちをグッと堪えないといけない。


「茜、顔に出てるよ」


 月に指摘されて顔を引き締める。

 ……難しいなぁ。

 自分では制御しているつもりだけど、私の表情筋は私のいうことを聞いてくれないらしい。

 ほっぺをパンパンと両手で叩き、気合いを入れ直す。


「え、そうだった?」


「分かんなかった。まぁ分かってもメタ読みは興醒めだししないけどね」


「でも○ゅ~るが出てきてメタ読みするなって方が無理じゃない?」


「確かに」


「ネコは水が苦手」


「いや、ジャガーだとむしろ得意」


「GM、私急に猫じゃらし買いたくなった」


「君達が自由に動けるのは夜になってからだ。雑貨屋は閉まっている」


「くっ。やっぱ駄目か」


 猫じゃらしで豹がどうなるか分からないけど、普通に剣で斬りかかった方が効果的じゃないかなぁ。





「夜のメドウブルックに黒い影が忍び寄る」


「カラカルかな。ピューマかな」


「スミロドンかもしれない」


「とうとう知らない生き物出てきたけどめげずに進めていくぞ」


 ネコ科の生き物は粗方出てきたと思うけど未だ豹は出ない。

 ひょっとしてわざとと思うほどだ。


「月、茜。ちょっとロールプレイをやってみないか?」


「はいはーい。私やってみたい」


「え」


 月が思いの外乗り気だ。


 うーん。

 月と一緒なら大丈夫かな。


「このすぐに死んじゃう夫婦ですか?」


「そうそう。でも生き残ってもシナリオ上問題ないから二人にやってもらおうかなと。名前とかどうする?」


「アカリとアカネでいいんじゃない」


「そうね。……。GM、駄目だったら死なせてください」


 遠回りに承諾の返事をする。


「茜、死ぬ自由なんてものは存在しないんだよ」


 怖いこと言わないで!


「でも良いんですか?」


「今はカチカチ山で狸を殺さないし、さるかに合戦では親ガニすら死なない時代。ダークな世界観は受けが悪いんだよ」


「気をつけてね。この人別に死者が出るの嫌いな訳じゃない。むしろ⚪︎o⚪︎とかだとねっとり殺すタイプ」


「今回のシステムではHPがゼロになった人のために新しいキャラシ用意してるよ。公式が言っているんだから仕方ない。GMの私は悪くない」


NPCモブは死なないのにPC私たちはあっさり死ぬ奴!」


「大丈夫。サンドキャッスルではHPがゼロになっただけじゃ死なない。単独行動か仲間見捨てて逃げるかしない限り死ぬ事はない……はず」


「あと一応全滅もダメ」


「みんな、期待してるよ☆」


「やばいかも。みんな、気合入れてくよ」


「オスッ!」


 敵のデータは改変しないらしいけど、このシナリオは3~6人用。

 極論、6人で倒す敵を4人で倒さなければならない。


 サイコロの出目が悪かったら本当にシナリオ失敗となってしまう。

 難易度次第では最大値を連発しなければならないかもしれない。


「どっちが男やる?」


 月と相談しようと隣の席の彼女の方を向くけど、月はGMの方を向いていた。


「ねぇ、このカップル女の子同士の方が面白そうじゃない?」


「採用」


「待って、おかしくないですか?」


「GM権限はルールより上よ」


 月がとんでもないことを言う。

 え、このルールブックとシナリオに沿って遊ぶんだよね。


「流石にルール間違ってたら言ってね。事前にローカル確認してない奴なら修正するよ。巻き戻してまで適用はしないけど」


 そういえばルールは自由に改変していいとあった。

 つまり、ルール改変はルールに則ったもの。

 GMに採用と言わせた時点で月の発言は冗談ではなくなった。


 そもそも死者を生き返らせるほどの改変をしていることに遅れて気付く。

 なら、性別くらい変えても問題ないのか。


「まぁ、男やるよりやり易い、のかな。でも私達ビアンのこと何も分からないよね」


 言ってから、知らないのはビアンだけじゃないことに気付く。

 女子高という環境もあって、男性の方もどういう生態かよく知らない。

 きっと共学でも大して縁はなかっただろうから今の環境とそう変わらないだろうけどもね。


 もうちょっとお父さんと会話しよう。


「そのへんなぁなぁで大丈夫。なんなら女の子しかいない世界にしたってかまわない!!」


 月が目を輝かせながら言う。

 ただ、今度はGMの許しが出なかった。


「私腐入ってるから却下」


 理由の方は分からなかったけどこれ以上の世界改変は防がれた。


「今度イケオジの良さ教えてあげるね」


「ショタ滅ぼそうとした?」


「結局NLに還ってくるんだよ」


「最初から女の子だったのか、ある日突然男が女に変わったのか。それが問題だ」


 順にカッショク、エル、鬼子、ヒート。

 不用意な発言をした月が全員に目の敵にされている。

 殺気まで感じた、気がする。


 なんていうか、何を言っているのか半分も意味分からなかったけどみんなそれぞれ拗らせているんだなって分かった。

 こういう時のノリが分からない。


「私も何かそういう拘り? みたいなの作った方が良いのかな」


「「「「「「茜は何も分かってない!!」」」」」」


 今日一怒られた。

 さっきの月の発言の時はじゃれ合いだったらしい。


 私以外の全員の目が合い、代表して月が語る。


「性癖は作るものじゃないんだよ」


「性癖……って癖とか性格とかのことだっけ?」


 確かにそれなら作る、って表現はおかしい。

 自分で方向性くらいは決めれるかな。


「そんな正しい意味の話はしてない!」


「えぇ……」


 正しいのはダメらしい。

 ならどうすれば、と泣き言を言いたくなる。




 少々(月基準)の説教タイムが終わり、本題のロールプレイ。

 もう逆らえる雰囲気じゃなくなってしまったので、結局ビアンのカップルを私と月でやる。


「ほらほら、私に愛の言葉を囁いてみて」


 なんか気恥ずかしいな。

 よくよく考えてみれば、私だって月に一から十まで従う必要はない。

 今回で言えば、この二人の言語設定はなかったはずだ。

 ここに私のアドリブを入れる隙がある。


『月、貴女は誰にでも優しいけど、たまにはその優しさを私だけに向けて欲しい』


 これは英語のゲームだ。

 英語でロールプレイして何が悪い。

 できるだけ日本人に聞き取りづらい発音を心掛けて、一気に言葉を紡ぐ。


『貴女はいつも人のことばっかり。たまには私も見て』


 聞き取れない?

 私の問題じゃないですよ。

 日本の女子高生に英語ができる訳ない。


『//////』


 あれ?

 他の部員がきょとんとしている中、月の顔が真っ赤になってる。

 ひょっとして聞き取れてる?


『ごめんね、茜。私は貴女を蔑ろにしてしまったみたい』


「違うからね! これ演技だから!」


 しまった、月も英語できたのか。

 知らない間に私は自身の英語力で天狗になっていたらしい。

 人間が使う言語だ、日本人には向かないだけでできる人はできる。

 私レベルでできる人なんてそうそういないと驕っていた。


「なるほどこれが百合の良さ」


「百合の良さ分からない人いないって。本職じゃないだけで」


「英語の所為で何言ってるのか分かんないけどそれが良いよね、私達的には」


「うん。妄想が捗る」


 散々な言われ様。


『こういうの含めて会話を楽しむゲームだからね。貴女が嫌なら私からやめてと言うよ』


『いいよ。別に変なこと言ってない。貴女はもっと自分を労わるべき』


『心配してくれてありがとう。とっても嬉しい』


『月も英語できるなんて知らなかった』


『私もこの前のテストでようやく満点取れたの。私達仲良いからとっくにお互い知ってるものだと思ってた先生が口を滑らせたんだよ』


『そういう理由だったのね』


『そもそも私、"一緒にやろう"って言ったよ』


 両手を肩の前辺りに持っていき、人差し指と中指をちょいちょい。

 エアクォーツ。

 その名の通り、ダブルクォーテーションマークを示すジェスチャーだ。

 今は過去の自分の発言に対してだけど、他にも本とかから引用する場合もある。


『アカリは"正直者"ね』


 ちなみに、皮肉的な意味で使われることも多い。

 今の私のように。

 ひょっとしたら月のも皮肉かも。

 いや、月の性格的に違うと言い切れる。


『ごめんごめん』


『自分の英語力は明かさなかった癖に』


『だって、自分よりできる人の前で言いづらいじゃん』


『なるほど。別に怒ってないよ』


『あ、試されてた?』


『余計な事は気づかなくて良いよ』


 私の英語の順位を知っていたわけを話してくれた。

 別に隠していたことじゃないけど、言ったこともないから気になってた。


「駄目だ。聞き取れない」


「そもそもこれができないから外部の協力者をお願いすることになったんだった」


「ちょっとは見習えよ、追試常連組」


「今回はセーフだった」


「私も」


「ちゃんと合格したし(追試で)」


「追々々試まで行った」


「……衆人環視で内緒話って可能なんだね」


「そうだな。GMとしては止めるべきか拝むべきか迷ってる。あと月が英語達者なことにビビってる」


「恋人ロープレという無茶ぶりしたのこっちだしこの程度なら暴走ではないでしょ」


「素人の二人がこれだからね。私達も気合が入るってもんよ」


「月ちゃんなかなかの逸材だと思ってたけど茜ちゃんもやるねぇ」


「今度はサブマスじゃなくてプレイヤーとして呼ぼっか」


 気づけば天文部の人達を置き去りに普通に月と話してた。

 でも、周囲の反応は思ってたほど怖いものじゃない。


 ずっと暖かい。


「ごめんねー。話し込んじゃった」


「ごめんなさい」


 月と一緒に謝るけど、みんな優しく迎え入れてくれる。

 イチャイチャとかじゃなくて単にテストの結果を話しててただけということは私と月の秘密にしておく方が良さそうだ。


「個人的に過去一番困ったのは話せない、だったから月も茜も随分優秀。その調子で頼むよ」


 普通に話していただけなのに褒められてしまった。

 ちょっと罪悪感。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る