第2話 砂の城を作ろう
「何も一から十まで指導して欲しい、という訳じゃないんだ」
場所は変わって天文部。
部長を含めて天文部の部員は五人。
プラスして、私と月の七人で机を囲っている。
机の上にはキャラクターシートと(英語で)書かれた紙が四枚。
人によっては日本語訳を書いている人もいるけど、あんまり多くはない。
キャラクターの名前欄はカタカナでプレイヤー名には本名かな、漢字が書かれている。
「これが原文のルールブックだ。そしてこっちが適当に翻訳サイトにかけて日本語訳したもの」
迷わず原文の方を手に取る。
Sandcastle
Table-talk Role Playing Game
表紙に書かれた文字を読む。
「砂の城?」
部長に渡された紙束はそれなりに厚い。
ルールを全部印刷するとこんな厚さになるのか。
多いのか少ないのか、私には分からない。
「今日は【サンドキャッスル】で統一するよ。日本語版が出た時に素直に和訳してくれるか分かんないし。全部で86ページ。GMをやるのでなければ必要なのは半分以下で済むよ」
GM?
と首を傾げたけど、答えは2ページ目に書かれていた。
表紙の次にTRPGとは何かが書かれている。
TRPG自体が分からない私にはありがたい。
「GMって要するに司会進行、ですよね」
ゲームマスター。略してGM。
TRPGはGMとプレイヤーに分かれて遊ぶものらしい。
プレイヤーの方は分かりやすい。
勇者とか配管工とか、自分が操作するキャラを動かすことに専念すればいい。
他のキャラクターもプレイヤー、現実の人間が操作しているのが少し私の知っているRPGと違う。
「英語の原文をよくすらすら読めるな。私には無理だった。他にはシナリオを用意して、敵キャラとか、プレイヤー以外のキャラクターのロールプレイもする」
……。
「それ、GMの負担が大きくありません?」
「分かってくれるか!?」
肩をガシッと掴まれた。
よっぽど思うところがあるらしい。
「GM、これレベル0のキャラクターってHP0にならない?」
「あぁ、レベル0は1以上と計算式が違う。4+Eでお願い」
「GM、HPがゼロになったらどうなるの? というかマイナスになったら?」
「マイナスにはならない。ゼロで止まる。生死は戦闘終了時に勝者によって決められる」
「推奨スキルとかある?」
「レベル0はスキル補正がない。スキル蘭は空白固定で」
私と話している間も部員から部長に――GMに声がかかる。
本当は今日やる予定ではなかったらしい。
でも、今日できるならやる、そうじゃないといつまでも始まらない、と言われてここに来ることになった。
ルールブックを読んでいると月に話しかけらた。
「今日はレベル0で開始するから職業とかに就けないみたい」
「全員無職ってこと?」
それとも学生?
でも中世の剣と魔法のファンタジー設定みたいだし学生というのは違和感がある。
「ファンタジー的な無職ね。剣の扱いが上手かったら剣士、みたいな」
「それ職業っていうの?」
「これではコンバットスタイルというみたいね」
月が数ページ先を指して言う。
月はルールブックをパラパラとめくり、好きな部分を読んでいる。
なるほど、プレイヤーはそうやって飛ばし飛ばし読んでも問題ないのか。
ますますGMが不憫に感じる。
「あの、このくらいなら一日もらえれば読んできますよ」
合わせてもらった今日のシナリオを合わせても、百にも満たないページ数しかない。
しかもちょくちょく挿絵があるから実際にはもっと少ない。
「いや、キミはTRPGは初めてだろう。まずは流れを知ってもらって、正式なリプレイは次のセッションでも構わないかなと」
「なるほど、私達を二回拘束する気だ」
月が冗談っぽく言う。
拘束は言い過ぎだし、これともう一回くらいなら苦じゃない。
そうじゃないとおなやみ相談室に付き合ってなんてない。
「TRPGは人口が少ないんだ。新規勧誘は多少強引にでもやるさ」
GMも月の扱いには慣れたものだった。
普段振り回されている身としてはこの扱い方参考になるなぁ。
「はい、今回はサンドキャッスルのサンプルシナリオ、【ブリークウッド タワー】を遊んでいきたいと思います。以後私のことはGMと呼ぶように」
全員で拍手。
ルールブックはもう手元になく、机上に置いてある。
戦闘を行なう時にまた開く予定だ。
代わりに持っているのは今回遊ぶシナリオ。
表紙に書いてあるのはBleakwood Towerだから、そのまま。
固有名詞だし他に訳しようもない。
「なお、後でリプレイ化する可能性があるため会話は全て録音されています。注意してください」
ルールのだいたいはニュアンスで分かるらしいので、どうしても詰まった時には和訳をお願いされるらしいけど今日は間違っていてもそれで通すと無茶苦茶なことを言われた。
「サブマスター? をやることになりました。伊藤茜です」
「同じく西澤月です。みんな、よろしくね!」
サブマスは二人いるので私も月も本名で呼んでもらうことにした。
続いてプレイヤー。
キャラクター同士はまだ顔見知り程度なはずだから、この後もう一度自己紹介させる手筈だけど名前くらいはこのタイミングで共有しておく。
「ドワーフをやることにしました。名前はカッショク。もちろんロリ」
「人間やります。ヒートでいいかな。
「鬼です。名前はトシゾウ。見た目は半裸のイケメンを想像してください」
「エルフをやることにしました。名前はエル。性別はショタ」
「はい。自己紹介ありがとうございます。録音している上に今日は部外者もいるので変態発言はお控えください」
……。
最初から置いてけぼりをくらった。
月で耐性をつけてなかったら帰ってこれなかったかもしれない。
部長さん、GMはこの手綱を握らなきゃいけないのか。
想像していたよりずっと大変そうだ。
今回種族は特に弄らずに基本のまま一人一つを担当する。
GMに聞いた感じ他にも種族がいるらしい。
「ピノキオも人魚姫も桃太郎もかぐや姫も、もっといえば
「ドワーフの
「原文で鬼の種族が
「ごめん。エルフからは何もない。でも長命種族にだって幼少期はあるよ」
「エルフは長命種族じゃないぞ」
「「え!?」」
複数の声が重なる。
この人達大丈夫だろうか?
他作品をほぼ知らない私と違って先入観が強いからこその問題といえる。
「あ、すまない。厳密には長命でも短命でもない、だ。寿命について言及されている部分はなかった。長命種族が良いなら今からそうする」
「んー。まだ保留で」
「オッケー」
そんな選択肢があるだなんて思いもしなかった。
自由度が高くて大変だ。
「今回は初心者もいるので他システムネタとか内輪ネタとかは使わないようにお願いします」
GMさんの発言に、月がいたずらを思いついたような笑みを浮かべた。
いや、ような、は余計だ。
絶対に変なことするつもりの悪い顔。
「もちろんこの程度のことは完璧で幸福な皆さんなら言われるまでもないことですよね」
「「「「「はい、私達は完璧で幸福なので問題ありません」」」」」
ビクッ。
月の発言に、私以外の全員が一糸乱れぬ連携を見せる。
ごめんなさい。
ちょっと退きました。
でもなんとなく分かった。
今のが"他システムネタとか内輪ネタとか"に該当するのだろう。
……。
あれ? これひょっとして私邪魔なのでは?
一人で過ごすことが多い私でも、こういう身内のみの盛り上がりが楽しいことは知っている。
そして、部外者がいることでそういう楽しみが半減してしまうのも分かる。
「はーい。ノっておいてアレだけど、これTRPGやったことない人向けだから今みたいなの禁止ね。月が頼りにならないことが判明したから茜よろしく」
「そういうことなら任せてください」
GMの発言で我に返る。
TRPGを知らない人の意見が欲しいのなら確かに私はうってつけだ。
だって今日まで聞いたこともない言葉。
「月、やったことあるの?」
「ううん。動画で見ただけ。実は二十面ダイス発見したからボケるタイミングうかがってたんだ。サンドキャッスルの話はSNSでチラッと見かけたけど、英語だったから、ね」
正五角形で構成される正多面体のサイコロを指さして言う。
サンドキャッスルで使うサイコロは全部普通の六面ダイスだけど、特殊なサイコロを使うシステムもあるみたいだ。
「どおりで乗り気だったわけね」
ちょっと珍しい、自分が惹かれている遊びをやっている人たちに興味を持った。
そういうことだろう。
「ならもうちょっと早く誘っていればよかった」
「ゴルフボールもあるよ。百面ダイス」
ひゃく……。
サイコロと言えば立方体しか知らなかった。
世界は広い。
「普段は十面ダイス二個かツールだけどね」
「三面ダイスも珍しいよ」
え、三面って多面体を形成できないんじゃ?
と思ったけど、目の下に当たる部分が平面になっていて他は曲面だった。
おそらく曲面が下にならないような形をしているのだろう。
奥が深い。
いやいや、そろそろ始めないと。
このままじゃサイコロだけでどんどん時間が過ぎていってしまう。
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