最終話

 「この度は、大変お疲れ様でした」

部屋に来たクロシマはそう云うと、一礼した。


 「私も、これで境国とはお別れです」

クロシマは、窓の方に向かった。


 「私には、妻と娘がおり、二人は今、《地獄》にいます。妻は妊娠中に乳がんが発覚し、娘を産んで間もなく、亡くなりました。そして娘は二十歳の頃、大学の帰り、人身事故に因って亡くなりました。私は妻と娘を愛しています。二つの宝物と生きる意味を失った私は、自暴自棄に陥り、自殺を図りました。そして気付くと、境国のある施設のベッドにいました。人の魂は境国に到達して二十年経つと《地獄》に到達するのですが、妻はそのパターンで、娘は第一関門に失敗した事に因って《地獄》にいると、死亡者調査班に告げられました。そして、再び死亡した場合も《地獄》に到達すると聞いた私は、二人に会う為、再び自殺を図ったのです。気付くと、再びある施設のベッドにいました。自殺は失敗したと思ったのですが、自分は《地獄》から境国に戻ったと、その場にいた試験官に告げられました。年に一度行われる抽選で、五年以内に《地獄》行きになり、持ち点が九十点以上という条件に該当する人物の中から選ばれた各区の十名は試験官となり、二十年間の任期を満了すると、自分の関係者で持ち点が一〇〇点の人物を五名まで《天国》移動させられる権利が得られるのです。そして、妻と娘の持ち点は一〇〇点だと告げられました。自分は《地獄》に戻らなくてはならないのですが、私は、妻と娘を《天国》に行かせる為、試験官になる事を引き受けました。そして、私の任期は、これをもって、満了となります」


 クロシマは振り返り、天井を見上げる。

「漸く、妻と娘を《天国》に行かせてやる事が出来、二十年間の全てが報われるのです。本当に、本当に嬉しく思います」


 その目は少し潤んでいる様に見えた。

「申し訳ございません。独り言が過ぎました。《天国》への移動の手続きは、明日の午前十時頃、担当の者が此方に伺い、行う予定となっております。この度は本当に、お疲れ様でした。私は、月本様なら最終関門を突破出来ると、信じておりました。最後に輝かしい瞬間に立ち会う事が出来、大変嬉しく思います。本当に、おめでとうございます」

クロシマは一礼し、部屋を去った。


 午前十時頃。

「では、《天国》に連れて行く方を十名まで指名出来ます。ご自身の関係者で、持ち点が一〇〇点の方であれば、境国の方でも、《地獄》の方でも、生前の世界の方でも構いません。生前の世界の方場合、死亡した際、魂が《天国》に到達致します。どうされますか」

俺の名前と生年月日、そして、五つの星マークを確認したスーツ姿の女は云った。

「《地獄》にいる、瀧森廣哉を頼む」

それから、架乃子、河嶋、父、母、陽和の名前を云った。

「以上でしょうか」

女は、クリップボードにペンを走らせながら云った。


 「それからもう一人、《天国》に連れて行きたい奴がいる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TEST. ―天国住民適性試験― 石郷スグル @suguru-ishigo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ