いいわけを述べよ。

銀色小鳩

いいわけを述べよ。

 いいわけを述べよ。


 わたしは百合NTRは大嫌いだ。創作物ですら見たくないのに、実際の三次元で、それも自分の彼女でその展開を見る、この気持ちがわかるか?

 むしろ現実で見たくないから、可能性を想起させる創作物すら見たくないのだ。現実のNTRこそ、もっとも世界から排除したかったのに。


 一昨日の夜に知って、今日のいままで、わたしは仕事に行っていない。仕事は無理だ。何も考えられない。そのぐらいのことを、あなたはした。

 いますぐいいわけを述べよ。


 般若のような顔をしているだろうわたしを前に、あなたは正座して、肩を落としている。

 窓の外はもう暗く、閉めそびれたカーテンの隙間はどす黒い夜を映し込んでいる。事と次第によっては自分を抑えられなくなりそうで、喫茶店で話した方がいいのではないかと思えてくる。


「いいわけはしないよ」


 一番恐れていた言葉があなたの唇から飛び出して、耳を塞ぎたくなった。


 わたしが聞きたいのは、いいわけなんだ。そんなつもりはなかったとか、彼とは単なる友達でとか、つい出来心でとか、そういういいわけであって、縋りつく気もなく「いいわけはしない」と言い切られてしまっては。まるで、未練がまったくないように聞こえる。


 ぎしぎしときしみながらずれていく骨の音を、体の奥で、わたしの魂だけが聞いている。


 許してほしい、別れたくないと、どうして縋ってくれないのか。


 わたしが、わたしが、いつ、いいわけをするなと言った?

 いいわけを述べよ。そう言っているのに。


 たったひとこと、ひとことでいい、もうしない、と。ただの友達と遊びに行っただけで、心配させるならもうしないと、それだけ言ってくれればいい。わたしは、細く頼りなく揺れる言葉の糸にしがみつき、糸が切れてしまわないように、誰からも壊されないように、わたしからも見えないように、手のひらで大切に覆うのに。


 お願い、お願いだから、いいわけをして、許してほしいと泣いてみせて。わたしをだまして。浮気するなら、一生、完全にわたしをだまして、目覚めさせないでよ。


 わたしの唇から、ひゅっと命を消すような息の音が漏れる。呼気は、薄く白く光る儚い糸をふつりと切った。


「さよなら」


 わたしの声を聞くと、あなたは嗚咽をこらえるような呼吸をしてから、そっと立ち上がった。


 いいわけを求めていたのは、わたしだった。


 まだわたしと関係のあるあなたが、出ていくまでに立てる、かすかな物音を。玄関を出る時に向けられた数秒の視線を。あなたのいる感触を確かめようとして、何本もの糸が体から伸びていこうとする。

 伸びては切れ、伸びては切れ、あなたに届かないまま、縋りつこうとする糸はすべて届く前に千切れて消える。消えてはまた生まれ、細く伸びていく。

 

 ドアの閉じる音を聴いてもなお伸びていこうとする糸を切るために、わたしの唇から出たのは、追いかけていかないためのいいわけだった。


「そんなに、好きじゃなかったから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いいわけを述べよ。 銀色小鳩 @ginnirokobato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ