【KAC20237】同居妖精たけし、混乱を招く

草群 鶏

同居妖精たけし、混乱を招く

「森下さん、ペット飼ってるでしょう」

「えっ」

 自宅マンションのエレベーターホールで、掃除中の管理人さんにつかまった。

 この指摘、事実ではないがまったく心当たりがないというわけではない。「ペット禁止」の貼り紙が目に入り、言葉に詰まった僕に、管理人さんは人のよさそうな恵比寿顔をぐんにゃりと歪めた。

「困るんですよねえ。私も仕事ですから、見逃すわけにも」

「いや、違うんです」

 会ったタイミングが悪かった。僕が手にしたビニール手提げには、たしかに猫用のおもちゃや洋服が入っている。どう見ても典型的な飼い主の姿、言い逃れのしようもない。

 でも、違うのである。正直に言ったところで信じてもらえるはずもないが。

 言いよどむ僕に、管理人さんが気の毒そうに声をかけた。

「別にすぐに追い出せとは言いませんから」

「いや、本当に違うんです」

 こんなことで肩身が狭くなるのはごめんだ。なんとかいいわけしようと頭をフル回転させた結果、幸か不幸か、言い逃れのすべを思いついてしまった。

 というか、今のところこれしか思いつかない。

 誤解されたままというのも癪だが、くそ、なんで俺がこんな目に。

「ペットではないんです」

「そうなんですか?」

 僕をクロだと確信している管理人さんは、すでに呆れ顔だ。大変不本意である。なので、僕も思い切ることにした。

「実は僕、最近お人形遊びにハマってまして」

「あーはいはい……え?」

「もっと言うと、ぬいぐるみなんですけどね。かわいいんですよ」

「あ、そう……」

 僕より人生経験豊富に違いない管理人さんも、さすがに呆気にとられた様子。一方の僕は若干ヤケになったせいで調子が乗ってきた。

「いいこですよ……写真ありますけど、見ます?」

「いや、うん、ははは」

 きっと本人もなんで笑ってるのかわからないだろう。そこへさらに畳み掛ける。

「僕としては家族なんですけど、ペットとは違いますよね」

「そう、ですね」

「じゃあ、家族を待たせてるんで、これで」

「ああ、お忙しいところをお引き止めしまして」

「いえ」

 さすがに申し訳なくなってきて、別れ際はできるだけにこやかに笑いかけたところ、管理人さんはちょっと怯えた顔をしてそそくさと持ち場に戻っていった。


 *


「だははははは」

「だははじゃないよ、お前のせいだぞ」

 ひととおりの顛末を話し終えて、身の丈三十センチほどの同居人は転げ回って笑った。

 同居〈人〉ではない。同居妖精のたけしである。


 ことの真相はこうだ。

 仕事が忙しくて家を空けている間に妖精が棲みついていて、なんだかんだウマが合ってしまってそのまま住まわせているものの、勝手にハンカチを洋服代わりにされて困っているので着替えとしてペット用の洋服を改造するに至った。家にはちゅーるも常備しているが、これはしょっちゅう遊びに来るたけしの友達、ポチの接待用だ。ちなみにポチは猫である。

「だんだん自信なくなってきたよ。お前が俺だけに見える幻覚なんじゃないかって」

「いるいる! だって一緒にメシ食べてるし」

 ああ、と僕は薄く笑った。

「食材は確実に減ってるな」

「ほら、ポチも証人になってくれる」

 たけしの指差した先、ベランダ側の窓がガタガタと揺れる。噂をすれば影、でっぷりと大きなポチが開けろとガラス面を殴打する。

 我ながら変わった交友関係だ。人間社会に対するいいわけがどこまで通用するか、それともたけしの存在が露見するのが先か。

 たけしがやってきてから、なかなかスリリングな日々を送っている。

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【KAC20237】同居妖精たけし、混乱を招く 草群 鶏 @emily0420

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