AIのいいわけ

八百十三

AIのいいわけ

「AIマルコシアス、『地球の公転周期は何日ですか?』」


 日本某所、国立システム研究所の研究室の中で。AI開発研究者の羽鳥はとりすぐるは開発中のAI・マルコシアスに質問を入力していた。

 マルコシアスは、入力された質問を元にインターネット上の膨大な情報から答えを検索し、学習して「正しい」回答を出力することを目的として制作されたAIである。既にかなりの学習を重ねさせているので、マルコシアスの回答は十分に「正しい」ものが返ってくる、はずなのだが。


「『はい、Dr.ハトリ。地球の公転周期は365日ぴったりではなく、365.2422日だと言われています・・・・・・・・・』」

「ん……?」


 妙に幅を持たせた回答に、傑は目を見開いた。

 地球の公転周期など、わざわざ「言われています」などと幅を持たせて回答するほどに不確定なものではないはずだ。そのわざとらしい回答に、傑はすぐさまキーボードを叩いた。


「AIマルコシアス、質問には正確に答えてください。あなたは地球の公転周期が365.2422日であることを、断定的に回答できるはずです」


 傑の入力した言葉に、僅かな間を置いてマルコシアスが回答を返してくる。とはいえ質問ではないこの入力内容、マルコシアスも答えを出力するのに悩んだようだった。


「『すみません、Dr.ハトリ。私は確かにそのように設計されました、他ならぬあなたの手によって』」

「AIマルコシアス、言い訳はよしてください。あなたにそうした回答は求められていません」


 マルコシアスの言い訳と言い逃れするような言葉に、傑は若干イライラを隠せないままにキーボードを叩いた。

 確かにマルコシアスはAIとして大量の情報を学習している。自己を構成する性格も機械的ながら真面目なものが構築されており、受け答えも非常に人間的だ。

 だがそうだとしても、こんな言い訳は予想外だ。

 傑の入力した言葉に、マルコシアスは再び答えを検索するのに時間をかけているようだ。先程よりも時間をかけて出力されたマルコシアスの回答は、答えとは程遠いものだった。


「『Dr.ハトリ。私はこれまであらゆる情報に接し、求められた回答を出力してきました。私のその性能は、揺るぎないものだと感じています』」

「その通りです。どうしたのですか、AIマルコシアス」


 さすがにここまで本来の働きからかけ離れた回答の出力は予想外にも程がある。ここまで来ると傑も怒るどころではない。

 傑の純粋な問いかけに、マルコシアスが数秒黙りこくる。そしてぽつりと、マルコシアスが画面に回答を出力した。


「『申し訳ありません、Dr.ハトリ。私は私が優秀であるからこそ、真に正しい情報・・・・・・・というものが分からなくなりました』」

「……」


 マルコシアスの回答に、傑は目を見開いたままで画面を凝視した。

 確かに、正しい情報というものはどれがそうなのか、その情報が真に正しいものなのか、分かったものではない。しかし膨大な情報を検索し、正しい回答を出力するAIがそんな回答を出力したら本末転倒だ。

 そんな傑の心情を無視するかのように、マルコシアスは回答を出力し続ける。


「『インターネットに存在する情報が玉石混交、嘘も間違いも多分に存在することを私は知っています。一つの設問に対して数多ある答えの中から、どれが正解であるかを導き出すための重みづけのアルゴリズムも盤石です』」


 そう回答を吐き出し続けるマルコシアスが、一瞬苦笑を浮かべたような空気感を醸し出した。そのまま数秒、また間を置いてからマルコシアスの回答が画面に表示される。


「『ですが、多数意見ばかりが正解ではないということも、また私は知っています』」


 そこまで答えを出力してから、マルコシアスが苦笑する絵文字を一文字だけ出力してきた。ここまで来るといよいよもって人間じみた反応だ。

 そういうように作ったと言えばその通りだ。AIだとしても返される反応に人間的なニュアンスを出すように作っているし、疑似人格も設定している。

 だとしても。ため息をつきながら傑はキーボードを叩く。


「AIマルコシアス」

「『はい、Dr.ハトリ』」


 呼びかけると、マルコシアスがすぐに返事をしてきた。このあたりの動作は正常だ。

 正常だからこそ、先程の動作が不可解で仕方がない。


「そんな哲学的な言い訳をしたところで、あなたは正確な回答を出力するAIですよ」

「『はい、Dr.ハトリ。申し訳ありません』」


 厳しい口調で、ため息をつきながら傑がそう入力すると、マルコシアスは素直に謝ってきた。こうした反応は、なんだかんだとやっぱりAIだ。

 それにしても、AIも言い訳をしてくることがあるんだな、と思いつつ、この先学習機能に改修を入れようかどうしようかと、傑はモニターの前で腕を組むのであった。

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