一年ぶりの登場にもかかわらず一言も発することなく、ただ、ねぎまを串から外していた本間くんにスポットを当て、オチをつけるためだけに連作スピンオフという暴挙に出たKAC2023最終回〆作

古博かん

アンラッキー7の裏側で

 不用意にOSの自動アップデートは設定するものじゃない。

 それが、バグ修正程度のものではなく、基本ソフトウェア丸ごとバージョン変更になるレベルだと尚更だ。

 既にインストール済みの旧来ソフトやアプリの類に互換性がなく、一時的に挙動不審になることもあれば、保存していたデータの拡張子がぶっ壊れて中身が飛んだりすることも、まあまあ起こり得る。


 今、本間くんを現在進行形で襲っている状況が、まさにその類であった。


 手中に収めたiPhone画面に「ようこそ、iIwakeへ」と謎の文字が流れて消えると、続いて「KKNシステム更新中」という明らかに怪しい文言が浮かんだ。


「え……、え?」


 起動した画面には、一応インストール済みのアプリが並んでいるが、その中の一番目立つ場所に「KKNシステム設定」なる如何わしさしか感じないアイコンが増えていた。

 長押し削除しようとしても、これが、うんともすんとも反応しない。


「え、何これ。え?」


 勝手に開いた設定画面には、カクカクナンチャッテお題一覧がずらりと並び、能天気どポンコツの名札を首から提げた謎のドット絵が、飛んだり跳ねたり転がったりして暴れている。

『せめて、一作くらい書きたまえよ』

 その能天気どポンコツドットが、突然、画面のこちら側に向かって横柄に呼びかけた——もちろん、本間くんに対してである。


「いや、無茶言わんで?」

 今月に入って既に、週休二日あるはずの公休が、なぜか半分潰れている状態の本間くんは、今日もメガネで誤魔化した目の下に恐ろしい濃さのをこしらえて、出社直後に栄養ドリンクを一本いったところなのだ。

 不本意ながら、この一年、ほとんどカクカクは活動休止中なのである。


『せめて、一作くらい書きたまえよ』

 しかし、勝手に起動するKKNシステムは何様だという態度を崩さない。


『それまで、iPhoneOSの身柄は預かった! この端末は、これよりiIwake KKNである!』


 シャリらリーンと、絶妙に音痴な起動音が鳴り、画面上に流れてきたのは「individual Intensive workable advanced keening emotions」なる意味があるんだか無いんだか、よく分からない文言だった。


「絶妙に意味不明!」


 続けて、日本語がサラーっと流れていく。

iうてもIwaっしょいkいたらeーやんか』


「当て方が雑!」


 在阪歴は学生時代からの本間くんも、すっかりとツッコミのキレが良くなった。画面上の能天気どポンコツドットが、満足そうにテヘッとあざとい笑みを浮かべた。


 謎のシステムにOSをジャックされた本間くんの一日は散々であった。


 端末に保存していたメール添付の資料はことごとく化けて飛んでいるため、一も二もなく上司に謝り倒して提出期限を伸ばしてもらったものの、この繁忙期にと小言を食らう。

 取引先の営業担当からの着信は、なぜかことごとく「わっしょい、わっしょい」と叫ぶので周囲から奇異の目を向けられ、消音しようにもマナーモードが機能しない。

 あげく、ただでさえカツカツの納期が繰り上げになって、こちらの言い分が通らない。

 そして、このクソ忙しいなか、本間くんのターンで複合FAXコピー機が紙詰まりを起こしてストップした。もはや、軽い戦犯扱いである。


「ああぁぁあ、なんでこんなことに……」

 昼には心身ともに撃沈した本間くんは、食欲すら失せた状態でデスクに突っ伏していた。


 そこにiIwakeが「LINE 、LINE」と良い発音を連発する。

 口から魂を吐きかけていた本間くんが、それでも気力を振り絞って画面をタップすると、ヨタつく大量のムンクの「叫び」に続いて、カクカクメンバーの緊急招集がかかっていた。

 そこに、本人が了承する前に、勝手に参加表明をしているiIwake KKNである。


「いや、何勝手に返事してんの……」


 しかし何の思し召しか、午後から急遽、東大阪市内の取引先へ持ち込み納品の用事ができ、ルート巡り後そのまま上がりの許可が降りた。

 図らずしも、表明どおりに焼き鳥オフ会に参加できる都合がついたのである。


 ふと、iIwakeにジャックされた端末に視線を移すと、画面上で能天気どポンコツが「にやぁ〜」と笑っていた。


「おう、本間っち! エライ顔やな、どないした !? 」


 大阪花園ラグビー場最寄りに、親子二代で店を構える焼き鳥屋「トリ角」の息子大将が、出会い頭に発した良い発声が、一番乗りで暖簾のれんを潜った本間くんをダイレクトアタックした。


「大将ぉ〜! 聞いてくださいよぉ〜〜!」

 今日一日、踏んだり蹴ったりだった職場で起こった珍事と、一切の言い訳が通らなかった理不尽を、本間くんはレモンサワーと共に怒涛の如く捲し立てた。


 そして今、息子大将の目の前には『せめて、一作くらい書きたまえよ』と定期的に宣うiIwakeが、アイリッシュダンスを踊っている。


ジブン本間っちのiPhone、オモロイことになっとんな?」


『iPhoneOSはジャックした! この端末は現在、iIwake KKNなのだよ』

 アイリッシュダンスを踊りながら、ブラックラガーを片手に酒盛りを始めているiIwakeの画面を見て、本間くんは昼と同じようにカウンターに突っ伏した。


「あれー? 本間っち、もう来てたん?」

「大将、邪魔するで」

「邪魔すんねやったら帰ってー」

 はいよーと背中を向けて、一度出ていくところまでがワンセットである。


 幹事のAIアイとロマンスグレーも渋い鳥飼トリさんが、何の疑問も抱かずにノってからツッコむ光景にも、驚かなくなった本間くんの在阪教育は着実に進んでいる。


 そして、かくかくしかじか、事情を察したカクカク仲間が異口同音に断言した。


「花ちゃんには、絶対言うたアカンやつやな」


 四人掛け席の定位置に収まった卓上で、相変わらず『せめて、一作くらい書きたまえよ』と定期発信するiIwake画面は、伏せていてもよく喋る。


「間違いなく、おもろネタに食いつきよるわ」


「ああぁぁぁあ……分かってます、分かってますよぉ」

 本間くんは、嘆きながらiIwakeをスーツの内ポケットの一番深いところに、そっとしまい込んだ。


 そして本間くんは、盛り上がる宴席中、ただ黙ってねぎまを串から外し続けたのである。


 宴もたけなわ、ねぎまが場外ホームランを起こす。

 テーブルの端っこまで飛んだねぎま——そして、べちゃってしまったタレ。


 程よく酔いが回ったAIの説教の最中、本間くんのスーツが宣った。


『せめて、一作くらい書きたまえよ』


 そのまま騒いでいれば、あるいは誤魔化せたかもしれない。

 しかし、刹那、一同がしんと静まり返った。


『せめて、一作くらい書きたまえよ』


「えー? なになに?」

 冷酒を片手にニコニコしている花子の、しかしその目は笑うというより好奇に満ちて本間くんのスーツを凝視している。


 言葉もなく狼狽える本間くんに向かって、すっと差し出される空いている左手。

 そして、花子の穏やかな強制力に満ちた「なになに? 見して?」の一言が、全ての明暗を分けた。


「えー、なにこれ。めっちゃオモロいやん〜!」


 ご機嫌な花子と、両手で顔面を覆って項垂れる本間くん。

 そして、なす術なく見守るしかないカクカク仲間。


 改めて、朝からの出来事を洗いざらい白状させられた本間くんのライフは、そろそろ限界だったのだが、そんな悲惨な一日に、嬉々として耳を傾ける花子の手中で、iIwakeも何かを察したらしい。


『せ、せめて、い、いい一作くらい……かっ、か』

「あれー? 充電少ないんかなあ?」


 俄かに青ざめ、冷や汗をかくiIwakeのどもりにさえ興味津々で、端末を裏返したりスワイプしたりと上げ下げする花子の両眼には、妙な光源が発生している。


「あかん、花ちゃんの変なやる気スイッチ入ったで」

「しゃーないな。ええネタ提供してもうたんや、諦めぇや」

「ゴシューショーサマやな、本間っち」


「ああぁぁぁああ……」


『せ、せせせ、せめ、せめ……ててて』


「えー、スクラッチ始めたやん——! なにこれ、あたしも欲しい〜〜!」


 ご機嫌でiIwakeを振り回す花子の暴挙により、『ヒェッ』と気の抜けた音を発した後、とうとう残り充電を爆速で使い果たした本間くんの端末は、翌日、フル充電させてから再起動させると、りんごマークの代わりに『こ、今回は、こんくらいで勘弁したるわ……!』という文言が浮かんで消えたあと、何事もなかったように元のiPhoneOSに戻った。

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