【KAC20237】徒然なるままに~KAC2023⑦

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

第七段 茂るほどに豊かに

「重力に負けた」


 何やらこれだけを聞くと航空開発の失敗で出てきそうな言い回しであるが、実際には寝坊した者から耳にした言い訳である。

 流石に呆れるばかりであったが、巧い言い回しだと思い、いつか自作の小説でと思いながら使いこなすのは難しい。

 随想で供養して良い訳ではないが、知られずに生まれるよりは良いのかもしれない。


 生きていると様々な方と出会うが、それに合わせて様々な言い回しに出会う。

 そうした方々に多くの言葉をいただくと同時に、私もまた多くの言葉を撒き散らす。

 いや、配って回る。

 「撒き散らす」という言葉で表すほどに、私の言葉は荒れていない。


 接客の際、私はよく方言を意図的に用いる。

 私の出は長崎であるが、そして父母ともに長崎なまりであるのだが、私自身は標準語で話すことの方が多い。

 気を許した相手であるほど方言を抜いて気楽に話そうとするが、相手を委縮させるような言葉を仕事で使うのは不味かろう。

 元々、私はすぐに人の言い回しを真似する子供であった。

 テレビや漫画、知り合いの口調を面白がって使ったのだが、その中には関西弁や東北訛も含まれる。

 そのせいで私自身がどれが自分の方言か分からなくなり、やがては標準語を用いるのが最も楽になった。

 何ともおかしな話だが、今は場面に応じてそれを言い分けられるようになってきたので悪い気はしない。


 熊本に移住してすぐは「リバテープ」という言葉によく目を丸くした。

 やがてこれが絆創膏を指す言葉と知ったのだが、カットバンやバンドエイドに割って入った呼び名を受け入れるまで時間がかかったものである。

 これまた職場では言い分けをしているのだが、そうすることで相手への印象も変わり、私にもまた変容が生じ、何ともたのしい。


 泡沫の 合間漂い 根無し草 水飲むごとに たわわに芽吹き


 闇雲ではなくなったものの、なに、子供の頃から私は言葉の旅を続けているのかもしれない。

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