いいわけ 【KAC20237】

はるにひかる

とわの友情


「「「かんぱーい!」」」


 高らかな7つの声と共に、グラスが軽快な音を立てる。

 ……ぶつけずにエアでやるのがフォーマルなマナーだけど、友人同士の集いみたいなこんな場では、勢いが大切だよね。


 そう。今日は、私達幼馴染みグループの、大学卒業以来、実に2年振りにもなる再会の宴。

 ……宴とは言ってみたけど、それぞれの経済事情もあるから、会場は少しお安目の居酒屋だけど。


「それにしても、またこの7人で集まれるなんてね。花凛かりん紅茶ぐちゃ、ありがとう!」


 グイッと一息でカルーアミルクのグラスを乾かして口を開いたのは、大高おおたかちゃん。

 グループの中心的存在。自分から何かをするタイプでは無いけど、人が喜ぶようなことやサプライズが好き。純粋で明るくて、私達は花に惹かれる蝶のように彼女のもとに集まった。


「良いよ、お礼なんて恥ずかしい」

「そうだよ! アタシだってみんなに会いたかったし!」


 そんなちゃんに、ビールのジョッキを片手に照れ臭そうに小さく手を振りながら口々に言っているのは、深夜ふかや花凛かりんちゃんと、久地屋ぐちや紅茶ぐちゃちゃん。


 花凛ちゃんはアルバイトをしながら、高校から始めた演劇を続けていて、この間は有名な俳優も出る舞台公演に出演したんだとか。

 ……私も誘われて観に行きたかったんだけど、丁度仕事が忙しい時だったし、花凛ちゃんも『端役だから無理しないでね』って、言ってくれていたし。


 紅茶ちゃんは、皆より遅れてやっと駆け込んだ就職先が超のつくほどのブラック企業で、朝から夜中まで仕事漬けの日々らしい。


 お芝居の公演が決まって高揚したまま真夜中の散歩をしていた花凜ちゃんと、仕事帰りの紅茶ちゃん。

 2人のその時の話から、今日のこの会の開催が決定したのだ。

 縁は異なものというけど、人生、何が切っ掛けになるか分からない。


「私は皆と実際に会うのはそれこそ大学卒業以来だけど、それぞれは会ったりしているの?」


 温まった場に話題を投入したのは、大増おおます瑠夏るかちゃん。

 このグループの、恋愛番長。

 ……とは言っても、このメンバーが恋愛に疎すぎるから相対的にそうなっているだけで、瑠夏ちゃんくらいが普通なのだろうと思う。


「私は、紅茶とこの前の会った以外は、舞台を観に来てくれたと大学卒業以来に」


 そう言ってちゃんに笑い掛ける、花凛ちゃん。


「それに、あと2人舞台を観に来てくれた時に──」

「──私たちね。私はハチとは、仕事帰りにちょくちょく会っているわね」

「うん。それに職場が同じだから、顔を合わせるっていう意味では、ほとんど毎日だね」


 花凛ちゃんの話を引き継いだのは、ぬき紅留美くるみちゃん。

 仕事の傍ら、趣味でネット小説を書いている。

 私もこっそりと読んでいるけど、紅留美ちゃんらしくて面白い。

 ……いや、こっそりとって言うのは、リアルな知り合いに読まれたら恥ずかしかったりするのかなって思って。

 高校の時に皆だけで行ったテーマパークで買った、春のイベントのコスチュームを着た熊キャラのぬいぐるみがお気に入りで、いつも持ち歩いている。

 ……あっ、ぬいぐるみって言うと怒るんだった。今日もそのは一緒に来ていて、紅留美ちゃんのバッグの横で笑いながら、いい子でお座りしている。


 そして、紅留美ちゃんにと呼ばれていたのが、国府那こうな奈々ななちゃん。

 不幸体質だった小学生の頃、クラスの男子に『不幸な7』とからかわれて泣いてしまったのが切っ掛けで、紅留美ちゃんが呼び出して広まったあだ名。

 ……今思うとあの男子はハチ……ううん、奈々ちゃんのことが好きだから気を引きたかったんだと思うけど、逆効果だったよね、完全に。


「へえ、やっぱり職場が同じだと良いわね。それで紅留美とハチ、進展は?」

「「へ? 進展?」」


 瑠夏ちゃんに言われ、キョトンとした声を揃える2人。

 ……きっと瑠夏ちゃんは、絆が深い2人の、百合展開の話を期待しているんだと思う。

 けど、当人達からしたら、そんな気は無いのだからそんな反応になるよね。

 それに、そうならないからこそ尊い関係だって有るんだと思う。

……とわちゃんと花凛ちゃんこそそんな展開になってもおかしくないと思ってたけど、会ってなかったのか……。


「──私も花凛の舞台を観に行ったときに3人に会ったくらいしかないけど、和気は?」


 とわちゃんに不意に話を振られ、考えていたことを見透かされてしまったのでは無いかと、変にドキドキしてしまう。


「私、──も」


 私──伊井いい和気わけ──も、皆と同じように誰とも会ってないし、会いたかった。

 でも、紅茶ちゃんが忙しいのや花凛ちゃんが金銭面で大変なのが分かっているから、他の誰かを誘うのは気が引けたし、私がこのグループに入ったのは皆より少し遅くて最後だったし、グループの中でも、とわちゃんと花凛ちゃん、紅留美ちゃんと奈々ハチちゃん、紅茶ちゃんと瑠夏ちゃんのペアがあって、私なんかが誘っていい訳が……。


「ちょっと、和気? それだけ~?」

「また頭の中で言い訳しているんじゃないの?!」


 ポツリとだけ答えた私に、からかう楽しそうな声が飛んでくる。

 そう言えば私、この会が始まってから頭の中で延々と言い訳をしているような……。

 でも……。


「じゃあ、久し振りに、いっちゃう?」


 ニコニコ笑顔のとわちゃんの合図に皆が頷く。


「第7回! チキチキ、伊井和気と一緒が良い理由わけ~!」


 そして、皆で歓声を上げた。


「相談を最後まで静かに聞いてくれるから!」

「口数は少ないけど、私たちをしっかりと見てくれているから!」

「色々考えてくれているよね!」

「笑顔がかわいい!」

「実は私たちのグループに欠かせない潤滑油!」

「一緒にいて落ち着く!」

「困り顔もかわいい!」

「──!」

「──!」


 そして口々に、私が良い理由を言ってくれる。……時々、変なのが混ざるけど。


 皆はこれまでもこうして何度か、私の頭の中の言い訳を打ち消してきてくれた。

 何度やってくれても慣れることが出来ない私は、顔が熱くなってアワアワしてしまうけど。


「……ねえ。私から誘っていい?」


 気付くと、そんな言葉が口から出ていた。

 思えばずっと何処か引いていた私は、自分から声を掛けることは少なかったような気がする。


「もちろん! 私からも誘うよ!」

「私も! 今日久し振りに会って、もっと一緒にいたいって実感した!」

「もしかして私の金銭面を気にしてたら、意外とどうにかなってるから気にしないで!」

「そうそう、アタシが仕事漬けだからって、遠慮して他の人を誘わないとか言うのはやめてよね! 今の会社、やめるつもりだし!」 

「「「ええっ?!」」」


 顔を真っ赤にしてアタフタしている私に向けられた紅茶ちゃんの言葉に、場の全員が揃って驚きの声を上げる。


「ちょっ、詳しく!」

「遣う暇が無いからお金は貯まるけど、アタシは仕事のために生きてるんじゃないってところかな。もう開き直って定時で帰ったりして、その時間で転職活動とかしてるし」

「じゃあ、決まったら皆でお祝いしなきゃね」

「ねえ、いっそ紅茶の部屋で飲み直さない? 確か、この近くだったよね?!」

「うん、紅茶が大変じゃないように、近くのこのお店でセッティングしたから」

「行きたい!」

「ダ、ダメ! 片付ける暇がなくて、今ぐちゃぐちゃで足の踏み場もないから!」

「えっ?! あの紅茶の部屋が?!」

「じゃあ、片付けに行こう!」

「良いから! 自分でやるから!!」

「──!」

「────!!」


 ──こうして皆で集まると、私達の間の空気が大学の、高校の、中学の、──小学校の頃にまで戻っていくような気がする。


 実家がで、子供の頃に不思議な体験をした、純粋で可愛い、大高とわちゃん。


 皆でテーマパークに行った時の──ルイスくんと今も大切な友達の、貫紅留美ちゃん。


 お仕事漬けで生活と部屋がになっている、だけど転職を期にきっちりに戻りそうな、久地屋紅茶ちゃん。


 お芝居を続けていてそろそろ大きく芽吹く気配のある、気持ちが高ぶるとに散歩しちゃう、深夜花凛ちゃん。


 恋愛のが最近鍛えられていないと冗談交じりに嘆く、大増瑠夏ちゃん。


 のジンクスを乗り越えた、国府那奈々ハチちゃん。


 ──そして心の中でをし勝ちな、だけど皆に『ここに居て』を貰った、私こと、伊井和気。




 大学を卒業して社会人になると共に何となく自然に消えかけていた私達7人の友情は、これからもずっと続いていく──!

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