4枚目 ロッコとピラミッドの冒険
「さ、着きましたよ」
「行くぜコロ!」
「わあ!びっくりするくらい熱い!!」
「そうか、おまえはだしだったな」
仕方なく、コロはかばんに入って頭だけ出し、運ばれることとなりました。
「すごく暑いですね、ぼく、干し犬になっちゃうかもしれない」
「かばんの奥に泉が入っているはずだから、水を浴びて、たくさん飲むといいさ」
夜は驚くほどに寒くなるのですが、いまは真昼。
じりじりと砂が燃えているように見えるし、蜃気楼だって見えそうです。
「おれもそのうち干し人間になったりしてな!」
どこか屋根のあるところで休もう。
ロッコはそう思ってお店に入り、モロヘイヤのスープを頼みました。
塩気もきいているし、とろりとしていてとてもおいしい。
動物用になにかないかと聞くと、なんの動物だ、と返されました。
「犬だが」
「なんだ……猫なら撫でたかったのに」
「犬だけど撫でてもいいですよ」
「喋ったァ!!」
店主はコロと会話をしながら撫で、上等な肉の塊とキンキンに冷えた水をくれました。ロッコはやっぱり来てよかったと思い、キッキッキ、と笑います。
「ピラミッドの絵を描こうと思うんだが、どこかピラミッドの見える宿はないか?」
「それならサーリーんとこがおすすめだよ、待ってな、地図を書いてあげるから」
「やりましたねロッコ!」
「……ロッコ?」
ロッコはここが大好きになっていましたが、ロッコの名前を聞いてぴたりと動きを止めたので、なにか悲しいことが起きるんじゃないかと不安になりました。
しかし店主は怒るでも嫌うでもなく、眉をハの字に下げて辺りを見回します。
「画家をやめたというあのロッコさん?」
「そうだが……」
「ああ!私はあなたの絵が大好きだった!ほら、あの壁を見たかい!?」
ひそひそと声をひそめて聞いたものの、ロッコがあのロッコだと知ると、声を大きくしてにこにこしました。店主の指した壁には、いつか描いた100号の大きな絵が飾ってあります。近所に流れる河と、遠くに見える教会を描いたものでした。
「ああ、懐かしいなあ!!」
「きれいな絵ですね!犬のぼくにだってわかります!」
「よせやいよせやい!」
「私はあれを家宝にする気でいましてね」
「あそこじゃ見にくくないか?」
「日が当たって焼けたら悲しいじゃないですか」
ロッコは口をもじもじとさせていましたが、やがて困ったように笑いました。
嬉しいような、恥ずかしいような気持ちです。
「画家をやめたと聞いて、心配していたのです」
「なあに、画商のやつにちょっくら腹が立っただけさ!!」
「ロッコは、まだたくさん絵を描いているんだよ!」
「できたらそのうち、ここに送るさ!」
ロッコとコロはもう少しだけ店主と話した後、サーリーの宿屋の紙にお店の住所も書いてもらいました。いつか絵ができたら、いまはオランダにいる配達人に頼んでこの店に送ってもらおう。またここに来るのもいいかもしれない。
◆
「うわーすごい!!見てくださいロッコ!!」
「ここからでもあんなに大きく見えるなあ!!」
「ぼくここ好きです!!」
「俺もここが好きだ!」
かばんから泉と絵の道具を取り出して、宿の部屋に設置していきます。
ロッコはやはり、陽の射しこむ部屋はいいなぁ、と思いました。
ここは雨の日ならどんな景色だろう、夜にはどんな星座が見られるだろう。
絵の具だっていつもよりはやく乾きそうでした。
「すごいなあ、あっというまにピラミッドが描けましたね!」
「明日はもう一枚描くとするか!」
窓の外はいつの間にか夕焼けが広がっています。
ひとりといっぴきはごはんを食べて、泉の水を飲んで、ベッドに寝転がりました。
「気持ちいいなあ!」
「夜というだけでこんなに涼しくなるんですね!ぼく、感動」
「俺も感動だあ……いつか来たいと思ってたんだ」
レオの絵をベッドの横に飾り、同じ景色を楽しみます。
やがて夜のとばりが降り、星がまたたきはじめました。
運河のような星のあつまりが、それぞれ違う光り方をします。
「人間も、動物も、植物もよ、同じだと思うんだ」
「でも、人間はふたつの足で歩きますよ」
「ああ、ちがう、同じようにばらばらだって言いてえんだ!人間は砂漠の砂粒ひとつひとつに名前なんかつけねぇし、小麦粉の粒ひとつひとつにも名前なんかつけねぇ」
「それならわかります、ダルメシアンだって、ぶちはみんなちがう」
「だろう?そう、そうなんだよ」
それぞれがちがう絵を描いたらいいのに、みんなこぞって同じ絵を描きたがります。
売る人のほしい絵、買う人のほしい絵、売れた絵、買われた絵、流行りの絵を。
それは絵の中身を見るものでなく、技術がどうだとか、手法がどうだとか、斬新や流行がどうとか、とにかくそういうことばかりを見ています。
「だからやめっちまったんだ!キッキッキ!」
「ぼくはよくわからないけど、ロッコが楽しそうな方がいいです!」
今日行った店の店主くらい、誰もが絵の中身を見てくれたらよかったでしょう。
ロッコは、絵の具で作られた世界の向こう側を見てほしかったのかもしれません。
一生、絵を描いて暮らせるだけのお金や宝物を持っているけれど、世の中にはお金で買えないものがたくさんあります。真の友情に愛情、冒険も。
ロッコはそんなものを絵にしたくて、描いているのかもしれませんね。
◆
「ロッコ!起きてください!大変ですよ!」
「ん!朝か!?」
いつものようにばちーんと起きようとしたけど、まだ部屋はずいぶんと暗かったので、ロッコはもう一度寝ようとしました。コロが一生懸命に起こします。
「ロッコ!大変なんですって!ぼくたち、ちがうところにいるんですよ!」
「ああ、また絵の中に入ったのか」
「絵の中に!?どうしてですか!?」
「わからないんだが、旅に出てから絵を描くとその中に入っちまうんだ」
のそりと起き上がり、辺りを見回します。ピラミッドは見当たりません。
おかしいな、と思いあちこち歩き回っていると、出口らしきところを見つけました。
外は砂漠です。肌寒さを感じ、自分が絵の世界のどこにいるのか確かめます。
「ピラミッドだ!」
「わあ!ぼくたちピラミッドの中にいたんだ!」
絵の中、すこしくらい観光したって構わないはずです。ロッコとコロは喜んでピラミッドへ戻ってゆきました。
ロッコとふしぎな絵 海良いろ @999_rosa
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