第21話【ノーシス】命の優先順位

 入口の方から、ミレミアムを罵倒する声が聞こえる。数人、ダンジョンへと侵入したようだった。


 怒鳴り、嗤い、ふざけ合う。こちらを挑発しようとしているのは分かる。それがダンジョン内に反響し、正しく聞き取れないのが、実に残念だとロッドは思った。


 入口は、確実にローカストによって制圧されている。


 ハツメは警戒スキルを発動し、ダンジョンに入ってきた敵が何人いるのか確認する。ダンジョン外は、索敵範囲外だった。もう少し近づければ、入口付近を固める敵の数も分かるだろう。


「――2人」

 ハツメは、静かにそう答えた。

 彼女は自分の落ち度と言うように、肩も表情も、短剣すらも落ちかけている。


 リーケは、怯えるNPC達を宥めながら、ロッドを見る。彼女も疲労と困惑に満ちていた。目が虚ろで、唇が震えている。入口を守るパーティーが死亡した、という事実にショックを受けているようだった。


 ケインは、この事態に弱り切っている。視線がふらふらし、集中できず落ち着きがないようすだった。


 バンは、お手上げ、のポーズ。


 ロッドだけが気丈に、動じていないような顔をしていた。が、表情だけだった。

ストレスがタールのように、身体中に纏わりつき、思考の隙間を埋めて固めていく。身体は動かず、地べたに墜ちたくなり、何も考えられなくなる。この重圧と不自由さは、ノーシスでの死に近い感覚があった。


 ストレスには重量があり、時に、その質量で人を圧殺するのだと、ロッドは初めて知った。

 時間は無い。一点集中で突破し、このダンジョンと街から出るしかない。


 ロッドはハツメを見る。力強い視線だった。希望があり、人を安心させるかのような強靭な意志のある輝きだった。もちろん、彼渾身の演技ではあったが。

弱々しくもハツメは頷く。その手に持った短剣を握り直す。


「……プランAだ」

 ハツメがハイディングスキル(隠れ蓑術)によって消える前にロッドはそう言った。


 え?とケインは思った。ケインは、プランAなど聞いたことがない。記憶をさらってみても無い。ただでさえ落ち着きを失っているケインは、より混乱した。


 ハツメは疾走する。姿を消すだけで、存在自体が消えるわけではない。洞窟内にハツメの力強い足音が鳴る。足音はあえて響かせていた。このリズムに身を任せていると力が出る。いつもと同じ事を、同じようにすればいい、と自信が持てる。自分が上手くやれば、プランAなど、考える必要もないのかもしれない。


 プランA。チームの緊急時の、命の優先順位を示しただけの言葉。作戦でもなんでもない。


 ロッドは、この緊急時に、誰を生かすべきか、をハツメに再確認させた。

 最優先はケイン、その次がリーケ。ハツメ、バン、最後がロッド。リーケとケインは知らない。三人で決めた。バンとロッドの優先が低いのは、両者の意志によるものだった。


――ミレミアム幹部候補、いや、愛弟子のケインは、命に代えても逃がす。


 ケインは初心者でありながら幹部候補として、ロッドの推薦を受けている。

戦力というよりも、その働きぶりと事務処理能力を評価されている事と、ロッド自身の後継者として、である。

 

 誰もが戦闘をしたがる。

 スキルを、能力を、装備を試すように他のプレイヤーと戦う。ノーシスでの対人戦には、人を引き付ける力がある。


 そんなプレイヤーの中で、ミレミアムの中で、戦闘ではなく裏方で実力を発揮できる者は貴重だ、とロッドは判断した。 


 タンタンっという足音が小気味良く、敵へと近づく。


 2人の敵プレイヤーは、それぞれ、剣を構え始める。ガチャのレアリティも低く、いかにも普通の剣、大量生産品といった形をしている。


 彼らは先程までの威勢もない。その切っ先が揺れている。緊張しているのか、構えもスキルを使いやすくするものではなく、出鱈目で初心者丸出しだった。


 魔法の光、その松明のようなものを持つ敵プレイヤーは、それも剣と一緒に前へ出していた。両手を前に出して構えているのである。魔法の光が、刃に反射して、ちかちかと瞬く。


 2人の周囲で砂埃が舞い、ふわり、と風が吹いた。


――できる限り、消耗は少なく……。

 短剣スキル、基本技。シャドーアタック。


 短剣が黒い影を帯び、敵を切り裂く。暗闇やハイディング状態では、より視認しづらく命中率が上がる。が、基本技であるので威力は低い。


 最下級のスキルであるが、ハツメの能力により、一瞬で3回ものスキルが発動する。漆黒の闇が、敵プレイヤーに纏わりつくようにも見える。ハツメの能力によって、連続で発動した。


 その姿は踊るかのように華麗で、淀みなく相手の命を奪う。

 圧倒的なレベル差によるダメージ。敵プレイヤーの意識を一気に刈り取り、倒れると共に消えてしまった。手に持っていた魔法の灯りが、地面に落ちて消える。


 暗闇に包まれる。ダンジョンの奥にある、ロッド達の光だけが、ぼんやり、と見える。


 後ろにいた敵プレイヤーから見れば、一瞬、女性の姿が幻かのように現れた後に、ふっ、と味方が消えてしまったようだ。それが、死であると思えず、転送魔法か何かの効果かと思った。


「おい、どこに……」

 その呟きは絶叫に変わる。

 響き渡った絶叫が静まるより早く、彼の命は消える。


 *


 入口からの明かりが消え、痛々しい断末魔が響き渡る。

「いくぞ」

 と、ロッドは鼓舞するように力強く言った。入口に向かって走り始める。

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