学年末狂騒曲第六章

しばらく、無言が続いた。先生はあえて何も言わなかったんだと思う。だけど、私たちは何も言えなかった。気まずい空気が長い間流れたように思う。

「…あのさぁ。」

静寂を最初に破ったのは百華だった。グループをけん引しているリーダー的存在だ、想定内だった。問題は、その後の言葉がどう出るか。私はそれが怖くて、下を向いたままだった。

「葵にしては、よく考えたじゃん。私は、悪くないと思う、その考え方。私たち、ちゃんとまとまってるって、勝手に考えてた。」

途切れ途切れで紡がれる言葉。それは私を叱るものではなかったが、言葉の間が、私をおびえさせた。

「…なんだかんだで、楽しかったよ、この一週間の勉強会。」

その言葉に、私は恐る恐る百華の表情を見上げた。百華は、笑っていた。佑助はいまいち納得がいってない顔だったけど、知音も微笑んでいた。

「そうですね、いつもよりは緊張感がありました。でも、いつもの私たちが、よりまとまった感じはあります。葵さんの言葉通り。」

知音がそう話した時、こらえきれず泣いてしまった。こんなの、私の性に合わないのに。私のキャラじゃないのに。膝から崩れ落ちて、声を上げて泣いてしまった。そんな私の肩を、そっと知音が抱きしめてくれた。

「…まぁ、俺たち、そんな簡単に崩れやしないさ。このメンバーが、なんだかんだありながらも、このメンバーで一年なんとかやってこれたことこそが、その証明だ。そうだろ?」

バツの悪そうな顔で、頭を掻きながら佑助が続けた。私の涙は止まらない。私は、きっと想像以上に私のことを信じられていなかったのだろう。私のことを、こんなにもみんなは信じてくれていたのに。


今度は私の嗚咽が、教室中に響き渡った。


どれくらい時が経ったかわからない。ようやく感情の整理がついたのか、それとも涙が尽きたのかはわからない。とりあえず、私が泣き止んだのを見つけた先生に促されて、私たちは教室を出た。日はとっくに暮れていた。


「いやぁ…しかし、葵にしてはよく考えたよなぁ…迫真の演技って言うか、さ。」

「何よ、私にしては、って。慰めにもなってない」

「いや、そんな気持ちで言ったわけじゃないんだけど…」

「じゃあどんな気持ちよ?」

「…いや、それは、その…」

佑助のつぶやきに、かろうじて回復した気持ちで返す。佑助は返す言葉がなさそうだ。

「私は信じてましたよ?私たちの頑張りで葵さんを留年させない、って気持ちに嘘偽りはありませんでしたし、必死に一丸となって取り組んだのは確かに久しぶりでしたね。」

「ありがと、ごめんね。」

「いいえ、葵さんは私たちに改めてまとまることの大事さを教えてくれました。協調性、団結力、この学校が教えていることを、葵さんが思い返させてくれました。」

知音はいつも優しい。また涙がこみあげてきて、今回はぐっとこらえた。

「まぁ、今回ばかりは私も焦ったわ…。冷静になって考えてみれば、葵が赤点取ることなんてないんだけど、急に来られると頭がパニクって思考能力が停止してたわ…」

「へ?葵が赤点取ることないって、どういう意味?」

「…佑助はかろうじて勉強についてきただけあるわ…仲間の事なんてひとっつも覚えてないのね。」

「なんだよ百華…そんなことはねぇけどさ…ねぇけど…わかんねぇ。」

「…ったく。」

玄関に向けて歩いていた私たちの先頭の百華が佑助に向けて-形的には私たちに向かって-振り返る。

「葵の座右の銘、知らないんでしょ?」

「へ?座右の銘?」

「そう、座右の銘。知音は覚えてるわよね?」

「…あぁ、なるほど、そういうことですね!確かに、それなら葵さんが赤点を取ることはまずないですね。」

知音の表情が明るくなった。対照的に佑助の顔はぶすっとしたままだ。

「葵、教えてあげなさい。あなたの座右の銘。」

「…あー…そこまで覚えてたんだ…。「努力は人を裏切らない」、私の座右の銘よ。」

「そっ。葵はこう見えて努力の人なのよ。ちゃんとこつこつ勉強してる。今までのテストでも赤点なんて逆に届かない。休み時間とか教科書読んでるの、佑助は見てもなかったんでしょ?」

「……知らなかった…」

「あちゃー。そこまで見られてたんだ、私…」

「いくらマンモス校とは言え、クラスの人数は決まってますからね。同じグループで同じクラスなら、自然と目にも入ってきますよ。」

「…知音にも見られてたんだ…なんか恥ずかしくなってきた…」

努力家なんてキャラじゃないけれど、私は私なりに努力している。それこそ最初はグループに馴染もうと努力してきたし、テストは言わずもがな。でも、だからこそ没個性的なんじゃないか、って最近は思ってた。でも、私のことを、私の努力を、きちんと見てくれていたんだ…。まぁ、ただ一人をここでは除かせてもらうけど。

「いいじゃないですか。お互いを知ることもまた、団結力の大切な要素なんですから。今回もまた一歩、絆が深まったんですよ。」

そう知音が言った時には、玄関に着いていた。


「…そう言えば。」

「そう言えば、何?」

「いや、葵には渡すの忘れちゃったけど、今回作った曲。学年末狂騒曲。必死に思いついたこと書いてなんとか形にはしたんだけど、そこに入ってたの。」

「入っていたって、何が?」

「努力は人を裏切らない。葵の座右の銘、気づかないうちに歌詞に入れてた…。」

「さすが百華さん、すごいですね!無意識でその言葉を入れるなんて、私も見落としてました。」

「…噓でしょ。それはそれで、なんか恥ずかしいんだけど、いろんな意味で。百華、それなかったことにできない?」

「いや、もう曲の大体のイメージ、ついてるでしょ、知音?」

「はい、もうピアノで作って、佑助さんに曲渡しましたけど…」

帰り道の私の足が止まる。作詞なら何とかごまかせると思ったけど、作曲が終わって編曲まで行きついたとなると、もうそれは無かったことにできない。いやだ。自分の座右の銘が入った曲なんて、聞きたくもないし演奏したくもない。編曲が終わってさあ練習、そう考えただけで頭が理解を拒否する。

「…うーそーでーしょー!!なんとか、なんとかできないのそれ!!ほら、適当になんかこう、文字数が合うような言葉とかない!?ねぇ、ない!?」

「いやぁ、それは無理でしょ葵。そこの言葉だけ変えたって、前後の歌詞と合わなくなって曲全体が崩れちゃうし。佑助はそんなこと知らずに音を作ってるだろうし、今年度中にライブするんだ、って意気込んでたから、今週中には楽譜が手元に来るでしょ。そうなったらサポートメンバーの朋拡入れて、5人で練習ね。」

「…まぁ、葵さん、自分の声で歌うわけじゃないですから…演奏に集中すればきっと…」

「慰めになってないわよそれー!私の声じゃなくても、百華の声がマイクを通して聞こえるじゃん-!ライブなんて、それこそそれに合わせなきゃいけないじゃん-!!」

夕方とは別の意味で泣きたくなってきた。泣きたくなってきたけど、さっき出し尽くしたのか、涙が出てこない。狂騒曲とはよくつけたもので、まさしく今私が狂って騒いでる曲だ。昼に感じたのとまったく違う感情がこの曲に対して湧き上がってきた。いろんな意味で、高くついた授業料だ。まさか、私がそれを払う羽目になるとは。


わーぎゃー叫ぶ私、それを必死になだめようとする知音、どんな意味か分からないけど深くため息をつく百華。星空と満月が私たちを見下ろしている。満月は人を狂わせる力があるらしいが、まさか自分で自分を狂わせる羽目になろうとは、満月すらも思っていないだろう。学年末狂騒曲、早く年度が変わることを、私は祈ってやまない。そしたら絶対、この曲をお蔵入りにしてやるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百華繚乱!!番外編 有宮旭 @larjis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ