学年末狂騒曲第五章

基本、補講の追試は午前中に行われ、午後に採点、帰るころには結果がわかるのがうちの高校だ。まぁ、そもそも受ける人数が少ない、ってのもあるんだけど。

お昼のチャイムが鳴り、追試が終わって教室を出ると、案の定というかメンバーが教室前で待ち構えていた。

「結果どうだったの!?もちろん余裕で大丈夫だったんでしょうね!?」

「ぎりぎりでも合格は合格だ、自分で手ごたえ感じられればいいんじゃねぇの?」

「葵さんの頑張りは、絶対に明日へと繋がります!絶対大丈夫です!!」

三者三様の言葉が一気に出てくるものだから、私は聖徳太子じゃあるまいし、って言って落ち着かせてランチに誘う。幸い、学食は開いている。


ちょっと、心の中では「みんなに悪いな」って気持ちもある。たくさん迷惑かけたし、たくさん心配させた。いくら私がバカでも、一年間一緒にいたメンバーなんだからそれくらいはわかる。でも、ごめんね。今回は、ちょっと意地悪しちゃったんだ。


矢継ぎ早に結果を知りたがる百華、それをなだめる佑助、マイペースでありながら励ましてくれる知音。そしてトラブルメーカーになりつつある私。絶妙なバランスで、このグループはまとまっている。入学当初からは想像ができないくらい、私たちの団結力は上がってきたと思う。もっとも、それがこの学校の求める最たるものなのだけど。

団結力、チームワークこそが互いの足りないところを補い高め合える人材である。それがうちの高校の訓示であり、実際に私たちは今それを身に染みて感じている。私たちは決して優等生ではないけれど、団結力とかチームワークの良さは抜きんでているんじゃないかって個人的に思ってる。そうじゃなければ、百華に頼んだだけの補講演習がここまで大きくなることはなかったのだから。


ランチを終えると、百華がグループの新曲について話してくれた。「学年末狂騒曲」…はは、確かに狂おしくもあれば騒がしくもあった、まさに今の私たちにぴったりな題材だ。

百華が先週末で書きおろして、私が追試を受けている間に知音たちに詞を渡したらしい。百華はこういう時に妙に筆が早く進む。国語は得意だと言え、突飛にも見える百華の行動力には毎回驚かされる。

私の分は?と聞くと、百華の視線が微妙に泳いだのに気付いた。私、人間観察得意なのよね。これ、私の分、用意してないな…。まぁ、追試前に気負わせようとしなかった気遣いなのかもしれない。そういうことにしておこう、そうじゃないと私の心が少し痛む。


16時。追試の結果が帰ってくる。私は追試を受けた教室に戻って、先生から追試の結果を受け取る。また例の3人は、気でも送ってるのではないかという面持ちで私が教室に入るまで見送ってくれた。ごめんね、心配かけちゃったね、みんな。軽く一礼して、教室に入る。


それからしばらく。私の答案が戻ってきたタイミングで、先生の怒号が教室の外にまで聞こえてきた。外で待っていた3人が教室になだれ込むように入ってきたから、外まで聞こえていたんだろう。

「なんだ布袋、この結果は!お前は一体何をしてたんだ!!テストをなんだと思ってるんだ!!!」

体育教師なんじゃないかと思うほどガタイのいい数学の先生が叫ぶ。その声を聴いて、百華・佑助・知音の三人が引いたのがわかった。少し、腰引けてたのが見えた。

それとは対照的に、私は飄々と普通に答える。

「テストは試験です。特に学年末は、一年の集大成という意味合いを強く持っていると思います。なので、テストをしてみたんです。」

…多分、言ってる私以外、みんな頭の上にクエスチョンマークが3つくらい浮かんでるんだと思う。特に先生は5つくらい浮かんでそうな、不思議な顔で私を見ている。

「…?布袋、お前何を…」

先生が絞り出した言葉に続いて、百華が疑問を投げかける。

「テストをしてみた、って、一体どういうこと…?テストを受けた、んじゃなくて…?」

「ごめんね百華、みんな。私、ちょっと試したくって…」

「試すって、何を…?」

百華の疑問に、ようやく謎が解けたらしい先生が、私の追試の答案を無言でメンバーに見せる。


「はあああああああああああっ!?これ、どういうことなの!?ちょっと、ちゃんと説明しなさいよ葵!」

さっきの怒号より大きい声で、先生からむしり取った私の答案を見せながら百華が叫ぶ。多分廊下を普通に歩いている生徒や先生たちがいるなら、何事だとビビっているだろう。

「ごめんねみんな、私、ちょっとした意地悪、しちゃった…」

点数は、軒並み百点だ。むしろ、私にとって補講を受ける必要性はなかったのだ。補講を受けるために、わざと選択問題を一問ずつずらしてマークシートを記入したくらいだ。

「ちょっとしたぁっ!?おまっ、どの口でそんなこと言うんだよ!?あの勉強漬けの日々は一体なんだったんだ!?」

多分一番の被害者だろう佑助が叫ぶ。勉強できないふりをしていた私と違い、佑助はマジでかろうじて付いていっていたレベルだった。補講は受けないレベルとはいえ、彼に勉強一筋は、相当精神的にきつかったと思う。

知音は普段のまじめさはどこへやら、おろおろとした感じで答案と私とを交互に見比べていた。この事態を飲み込めていないんだろう。私だって同じ場面になったら、同じことをすると思う。


ふうっと息を吐いて、今回の顛末をみんなに話すことにした。

「この学校に入ってきて一年が経つじゃん?最初はデコボコだった私たちも、だいぶ打ち解けてきたと思う。一緒にいろんな活動したり、騒ぎに巻き込まれたり、…たまには巻き込んだり。そんな生活が、私にはとても刺激的で楽しかった。でも、それだけじゃだめかも、って思った。私たちは私たちグループとして活動してるけど、個々で考えたとき、なんか私だけ浮いてるかも、って思った。なんだか、私だけみんなの後ろから付いていくような、奥手な感じ、って言うか。

知音はもともと親和性が高いし、百華と佑助は幼馴染で、特に百華はコミュ力がすごく強くって、私も仲間に入れてくれて。…私、ってどんな特徴があるだろう、って思った。私しかできないことがしたい。私も同じグループにいるんだよ、ってアピールがしたい。

そう考えたとき、今回のことを思いついたの。協調性が強く求められるこの学校から私が脱落すれば、みんなはどんな顔を見せるだろう。どのように私に接してくれるだろう。このグループで挫折というものを経験した時、みんなはどう動いて、まとめてくれるんだろう。私から見たら、このグループはまだそういう意味で協調性に欠けてる気がした。みんながみんなをもっと強くしてくれる、そんなグループに私はしたい。

…スマートなやり方じゃないし、悪いやり方だとは思ってる。反省もしてる。でも、私が言葉で伝えるだけじゃ、きっとみんなの心に届かない。行動で伝えないと、みんなはまとまってくれない。そう思ったから、この落第劇を実行することにしたの。」


…最後はなぜか涙声になっていた。きっとみんな私を責めるだろうと考えたからかもしれない。責任を強く感じているからかもしれない。

でも、私は私なりのやり方で、このグループで問題提起をしたかった。解散なんてことにはならないことはわかっているけど、先を見据えたときに、早めに挫折しそうなことを経験したほうが、経験値としてはより高く、そして強くなる。この一年で、本当に私たちは強く結びつけられたのかを、確かめたかったんだ。

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