いいわけコンサルティング

辺理可付加

夏介さんの場合

『もう結構です』

「おい! ちょっと待てよ!」


ブツッ! 

無情にも通話は切られちまった。やらかしたなぁ。


俺は夏介なつすけ、しがないサラリーマン。見てのとおり最愛の妻であるみおを怒らせちまったところ。


「どうすっかなぁ……」


困って頭を掻く仕草も堂にったもんだぜ、ガッデム。

俺だって好きで怒らせてるわけでもなければ、笑ってる澪の方が好きに決まっている。どうにかして機嫌直してもらいたいもんだが……。

ケーキでも買って帰る……つうのもなぁ、露骨なご機嫌取りは嫌うタイプだしなぁ。しかも今は「おなかの子供が食べるものです」ってその辺敏感になってるし。

まいったなぁ。花でも買って帰るかなぁ。あぁ、でも初めて買って帰った夜「花瓶なんてないのに……」って困らせたよなぁ。今はあるけど、女性は昔の怒りを思い出せる生き物って言うし、今の不機嫌で花は地雷だよなぁ。

とにかく、まず怒りを鎮めてもらわねぇとなぁ。なんて言ったらいいんだろうなぁ。どうしたもんかなぁ。


「どうすっかなぁ。……ん?」


なんとなく空を仰ぎ見ると、一瞬視界の端に何かが映った。改めて視線を向けると汚ねぇ雑居ビルの三階、看板が出てるじゃねぇか。書いてある文字列は、



「『いいわけコンサルティング』……?」



なんだそりゃ? コンサルってあれだよな? 雑に言ってプロの助言屋だよな? それが、いいわけを?

つまりアレか? ナイスなを考えてくれるってことなのか?


「はっ、バッカでー」


大袈裟に首を振って立ち去ろうとした俺だが、


「……」


ちょっと立ち止まって悩んだ末、結局雑居ビルへ吸い込まれていった。

正直渡りに船ではあったからな。安いなら利用してもいいだろう。






 安っぽいドアを開けると、ドアベルが鳴って狭い不動産屋みたいなカウンターが目に入った。つうか部屋が狭くて、それぐらいしか存在していない。


「いらっしゃいませー」


そしてそこにはバイトの女子高生みたいなの一人しかいない。それも髪を赤に染めたツインテール。バイトはバイトでも、コンサルどころかメイド喫茶のバイトだろ。格好はスーツでもメイド服でもなくバーテンダーっぽいけど。

あと客来たのにスマホいじるんじゃねぇよ。


「ここが『いいわけコンサルティング』?」

「でーす」


おいおい、スマホから目ぇ離さねぇぞ。態度だろ。逆に日頃から教師に怒られて、上手うまそうではあるけど。


をコンサルしてくれんのはお嬢さんか?」

「そうでーす。うわ、ヘラりだしやがった!」


自称コンサルはL◯NEかなんかの相手がメンドくさいことになったのか、ようやくスマホを横にやった。本当に大丈夫かコイツ?


「コンサルしてほしいんだけど、いくらかかる?」

「内容とか難易度で見積もり変わるので、まずは聞いてみないことには」


さっきまでファジーな態度だったのに、その辺は急にしっかりしてやがる! 安心したらいいのか警戒したらいいのか!


「そ、そうか。実は妻を怒らせちまってさ」

「どんなふうに?」


カウンターに片肘ついて乗り出す自称コンサル。話に向き合ってくれるのはいいけど、やっぱり一つ一つの所作とか態度がなぁ。


「妻は今妊娠しててさ。それで俺、澪、つまり妻に宣言したんだよ。『俺もお前と一緒に禁酒する』って」

「ほうほう、ご立派じゃないですか」

「でも今日、同僚に誘われて飲みに行っちまったんだ。そして飲んでる最中に澪から電話。そこがまたジャズバーでさ。澪と一緒に行ったこともあって、後ろで流れてる音楽でバレたってわけよ」

「ふーむ」

「それでカンカンに怒っちまってさ。いやまぁ、俺も裏切ったみたいな形になったけどさ。でも澪からそうしてほしいって言われたんじゃなくて俺が勝手に始めたことだぜ? 正直そんな怒らんでも……。妊娠してる女性が精神デリケートになるってのは知ってるけど」

「あぁ、はい」


カウンターを指先でトントン叩いて思案する自称(以下略)。


「どうしたら許してもらえると思う?」

「えっとですねー」


ここでようやく俺と正対した自称。


「まず見積もりの方ですけど、三千円です」

「安……いのか?」

「でも私からしたら数分相談乗るだけで、マックで一時間バイトするより儲かるんで」


それもそうか。まぁ同僚に相談乗ってもらったら成功報酬で飯とか奢るんだ。それと対して変わらんわな。


「で、お金の話は置いといて、まず最初に聞いてほしいことがあります」

「なんだなんだ?」


急に真面目な顔して背筋伸ばすコンサル。それっぽく見えて……はこないな。


「なぜ『が嫌われるのか』です」

「急にどうしたんだ?」


俺の困惑をにコンサルは語り出す。まぁちょっと気になるからいいけど。


「なぜ『いいわけ』という言葉にはマイナスイメージがあるのか。弁解とは違った雰囲気があるのか」

「お、おう」

「それはズバリ、『矛先逃れの意思が見え見えだから』です」

「矛先逃れ?」


呟くや否や、彼女は身を乗り出して俺の顔をビシッと指差してくる。


「たとえばさっきのあなたの言動! 『俺が勝手に始めたこと』とか『妊娠してる女性は精神がデリケート』とか! 『正しく公平な事実を弁明して、理性的に怒りを収めてもらおう』ではなく『自分は悪くないと言える要素を並べたり、責任の所在を別のことに転嫁して怒られないようにしよう』という姑息さが丸見え!」

「ぐっ……!」

「不二子ちゃんのお風呂シーンよりスケスケ!」

「それは言わなくていいだろ!」

「『裏切ったみたいな形』じゃなくて裏切ったの!」

「急に正論に戻るなよ!」


ここでようやくコンサルは椅子に腰を下ろす。


「そういうところが不興を買い、相手を怒らせるんです」

「な、なるほど」

「つまり大事なのは『無理な言い逃れをしない』『誠意を持って正面から向き合う』この二つ!」


高らかに言い切った彼女はメモ用紙を取り出すと、サラサラ何かを書き出し始める。


「なのでは『誠意があるっぽい』ことを言わなきゃいけないわけです」

「いいこと言ってたのにじゃねぇか!」

「だって今言ったことをそのまま実行したら、素直に怒られて平謝りが一番早いですもん。ウチは怒られないようにする『いいわけコンサル』なんで」

「それはそうだけどよ……」


意外に清濁しっかりしてるコンサル。一枚メモ用紙を千切って寄越した。


「というわけで、こんなふうにしてみたらどうでしょう?」






「澪!」


俺は家に帰ると早速、教えられたを実行した。


「聞いてくれ、澪!」

「お酒美味しかったですか」

「澪! 俺が悪かった! 自分で勝手に言い出したことを自分で破って、お前をガッカリさせちまった! 妊娠したお前を一人にして、不安な思いをさせちまった!」

「はぁ」

「でも俺も、俺も不安だったんだ……。初めて子供ができて、父親になって、守る存在が増えて……。興奮して空回りして、勢いで『酒やめる』とか言い出して……。でも俺、分かったんだ。『無理は続かない。肩肘張ってもダメなんだ』って」


澪は黙って俺を見つめている。聞いてくれている。畳み掛けるなら今だ!


「なぁ澪。お前もきっと同じように緊張して、無理して頑張ってると思うんだ。でもそれじゃお前が保たない。だからさ、お互い肩の力を抜かないか? そうやって二人で、頑張っていかないか?」


俺はコンサルに教えてもらった言葉を伝え切ると、澪の瞳をじっと見つめた。澪も目を逸らさず、やがて力を抜くように息を吐くと、



「言いたいことはそれだけですか?」

「えっ?」



「お腹に命がいないからそんなこと言えるんですよ。そもそも頑張るって、産気づいたら病院に連れて行くとかならともかく、現状あなたが何を頑張るんですか?」

「えええぇ〜〜〜〜〜っっっ!!??」






 翌日の同じ時間、俺はまた『いいわけコンサルティング』に乗り込んだ。


「全然ダメだったじゃねぇか! むしろメチャクチャ怒らせたわ!」

「そんなこと申されましても、私は奥さんの性格を知らないので必ずしも的確なご提案ができるとは……」

してんじゃねぇ!!!!!」

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いいわけコンサルティング 辺理可付加 @chitose1129

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