甘いいいわけ
蒼河颯人
甘いいいわけ
ケーキの箱が私の目の前にある。
突然現れた夕食後のデザートだ。
それは、私が買ったわけではない。
突然うちに来たカズヤが持って来たのだ。
今日は誰かの誕生日でもないのに、一体何の風の吹き回しだろうか?
「……仕事帰りに見かけたんだ。たまたま寄ったケーキ屋のショーウィンドウを目にしたら、ついつい買ってしまって……」
とは、カズヤの弁。
ちょっと。カズヤったら。そこでどうして目が泳いでいるのよ。事件の犯人じゃあるまいし。
外で何かが弾く音がする。雨粒の音が窓を叩いているようだ。暫く続いた夏の暑さともおさらば出来たところで、この雨だ。これから先、少しずつ気温が下がってくるのだろう。彼は運悪く、雨に降られてしまったようだ。
「カズヤ。あがって。せっかくだから、一緒に食べようか。先程コーヒーを淹れたばかりから」
「……うん……」
促してみると、彼はちょっと気まずそうな顔をしながら靴を脱ぎ始めた。私はタオルを彼に渡し、濡れた上着を急いで脱がせた。
テーブルの上に置かれた、二枚の真っ白なお皿。
その上にはいちごのショートケーキがそれぞれ乗っている。
生クリームでお化粧したふわふわ生地に、真っ赤ないちごが乗っただけのケーキ。このシンプルなケーキは私の好物なのだ。
ミルクをそのままあわ立てたような、真っ白い生クリーム。
口に含むと、それは雪のようにすうっととけてゆく。
ほんのり、甘い。
その上に乗っている、ワンポイントのような赤いいちご。
一口かじってみるとみずみずしい果汁が口いっぱいに広がって、甘酸っぱい思い出がよみがえってくるようだ。
ふわふわのスポンジは優しく包み込んでくれるような柔らかさ。
口の中でマリアージュするそれらは、とろけるように、甘い。
「……あなたがうちに来るの、久し振りね。三ヵ月振りだっけ? 元気にしてた?」
「……うん。相変わらず。サナエは?」
「この通り元気だよ。特に変わりない」
コーヒーのマグカップを口につけながらも、カズヤの視線はどこか斜め下だ。どうして私の顔をマトモに見られないんだろう?
ひょっとしてこの前喧嘩したこと、まだ気にしているのかしら?
「ねぇカズヤ。ひょっとして、この前のことまだ気にしてる?」
「え……? いや……その……」
彼は口をもごもごさせている。どうやら図星のようだ。
「馬鹿ねぇ。ラインでも言ったじゃない。私はもう気にしていないって」
「……あの時は、ごめん」
「良いって。以前のように、またうちに来たら良いよ。お土産なんて気にしなくて良いから」
「……うん……分かった」
そう言った彼は、どこか恥ずかしげに微笑みを口元に浮かべた。いちごより甘酸っぱい空気が周囲に流れていた。
カズヤは、帰り道にケーキを見かけて買ったからうちに持って来たと言っていたけれど、やっぱりそれは彼のいいわけだったようだ。
本当は私に逢いたかったんでしょう?
素直にそう言えば良いのに。全く。
甘いいいわけ 蒼河颯人 @hayato_sm
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