第25話 幸せな結婚式

 無関心な父は相変わらず仕事に忙しいのか、姿はない。でも母は確かにそこにいた。どういうわけか、いつもの突き放すような冷たい顔ではなくて、複雑そうな表情をしている。


 まず私が感じたのは、困惑だった。でもその困惑の感情は、すぐに怒りへと変わっていく。


 いったい何様のつもりで、私の前に姿を現したのだろう? あれだけ私を徹底的に拒絶して、なんで今さら? 激情のままに、突っかかってしまいそうになる。でもすんでのところで、凛音の気持ちに思いが向いた。


 大切な人生の晴れ舞台なのだ。私がそれを壊してどうする。深呼吸をして、落ち着く。

 

 私は凛音と一緒に控室に向かった。そこでウェディングドレスを係の人に着せてもらって、メイクもしてもらう。その間、凛音は不安そうな顔をしていた。


「もしかしてあの人がお母さんなんですか?」


「なんで今さら来たんだろうね?」


「……謝りたい、とか?」


「そんなわけない」


 凛音はやっぱり希望を捨てきれていないのだと思う。できるなら、私の母からも祝ってもらいたい。心の底ではそう思っているのだろう。


「あり得ないよ。そんなの」


「でも、もしも本当にそうだったら……。だって、なんでわざわざ県外からここまで足を運んでくるんですか? そこまでする意味ないじゃないですか。謝りたくて来たのかもしれませんよ?」

 

 もしも凛音の言う通り、私への仕打ちを申し訳なく思っているのなら、私はどうするべきだろう? 考えてみるけれどまったく許せる気はしなかった。


「今さらそんなことされても、何も変わらないよ。私にはもうなにもない。過去の楽しい記憶なんて、もう全部、四年前に捨てたんだよ」


 凛音はうつむいて肩を落としていた。


 そんな気まずい空間に、ノックの音が響く。扉を開いて現れたのは、私の母だった。


「美海」


 私は顔を強張らせて、無視を決め込む。ちらりと見えた母は、かつての母よりもずっと老け込んでみえた。


「何を言っても言い訳になりそうだから、私は何も言わない。もう、これで私のことは忘れてもらっていいからせめて、これだけは言わせて。……結婚、おめでとう」


 私はウェディングドレス姿のまま、母に詰め寄った。


「今すぐここから出ていって」


 年老いた母は肩を落としながら、部屋を出ていく。私はほんの少し、罪悪感を覚えながらメイクさんの所に戻った。もう少し早くその態度をみせてくれていれば、きっと何かが変わったはずなのに、母は遅すぎたのだ。


 それと入れ替わるようにして、笑顔を浮かべた凛音の母が入ってくる。


「おめでとう。二人とも」


 暗く沈み込んでしまった私たちは作り笑いを浮かべるので、精一杯だった。


「……あの、聞きたいことがあるんですけど」


「なにかしら?」


「ずっと冷たくあたってきていた母がさっきやって来たんです。それで「結婚おめでとう」って。一体、なにを考えているんでしょう。あの人は」


 凛音のお母さんは悩ましい表情で、顎に手を当てて唸っていた。でもすぐに「多分だけど……」と口にして微笑んだ。


「年を取ると人って丸くなるものなのよ。どれだけギラギラしている人でも、自分が一線に立てなくなったってことをいつかは察するものなのよ。一度そうなると、人はとても不安になる。不安になれば自然と人は内省的になるのよ。自分の過去とか思いだして、少しくらいは後悔したんじゃないかしらね? 分からないけれど」


 私はうつむいてしまう。後悔なんて母の柄ではない。でももしも本当にそうだというのなら、私はどうすればいいのだろう? 答えなんて出せないまま、式の時間が近づいてくる。


「ごめんね。凛音。こんな、変な雰囲気になっちゃって」


「いえ。大丈夫ですよ。よく考えてあげてください。どうするのか」


「……うん」


 時間がやってきて、私たちは会場に入った。バージンロードを二人で一緒に歩いていく。会場には大勢の人がいた。でもほとんどは凛音の友達だ。私の知り合いは兄くらい。母の姿はなかった。


 私は気分を切り替えて、誓いの言葉や、誓いのキスを幸せそうな凛音と一緒に笑顔でおこなう。それから式場を出て、フラワーシャワーを浴びた。


 母は式場の外で遠巻きに私をみつめていた。


 ブーケトスをする時間がやってきて、私は凛音と一緒にブーケを二つ投げた。私たちのブーケを受け取った女性二人は笑顔で微笑み合っていた。私たちは「参加してくれてありがとうございました」とみんなに笑顔を向ける。


 歓声が聞こえてくる中、私は凛音と二人、母のもとに向かった。


 母は涙を流していた。


 それをみて、私は自分がずっと求めていたものを思い出していた。


 私は家族が欲しかった。無条件に私を受け入れてくれる人が欲しかった。誰かに愛されたかった。また幼いころのように母に抱きしめてもらいたかった。


「……お母さん」


「……美海?」


 でもそれはもう、遠い過去の話。今はもう、求めてなんていない。だって私はたくさん凛音に与えてもらった。だから私は許すのだ。かつての私に似ているこの人に、愛を与えてくれなかったこの人に、愛を与えるのだ。


 私はお母さんを抱きしめた。お母さんは目を見開いて、驚いているようだった。


「……どうして」


 私は何も言わず凛音と一緒に、来賓たちの見送りに向かった。


 凛音は私の隣でニコニコしていた。本当に心から幸せそうにしている。凛音は優しい人だ。私が苦しんでいたら苦しんでしまう。でもそれは私が幸せなら、幸せになるってことでもある。


 教会の鐘の音が晴れ渡る空に響く。


 生まれ変わったみたいなすがすがしい気持ちで、私は凛音と口づけを交わした。

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不幸な人生を送ってきた二人が、幸せな結婚式を挙げるまでの百合 壊滅的な扇子 @kaibutsu

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