第24話 婚姻届け

 プロポーズをした日の夜は激しかった。ベッドの上でお互いに果てたあと、裸で脱力したまま微笑みあう。


「明日は婚姻届けを貰いに行きましょうね」


「そのあとは結婚式だね。凛音はきっとウェディングドレスも似合うんだろうね」


「美海さんこそですよ。美海さん、スタイルいいんですから。本当に美海さんが結婚相手だなんて、夢みたいです。私のこと一番に考えてくれますし、可愛いですし」


 凛音は蕩けたようなえっちな表情をする。私は我慢できなくて、凛音を抱きしめた。すると凛音は耳元で艶っぽくささやいた。


「美海さん。……もう一度、しますか?」


 私は顔を熱くしながら、つぶやいた。


「……したい、かも」


 私がつげると凛音はすぐに覆いかぶさってくる。凛音はまだ21歳だから27歳の私よりも体力が有り余っているみたいで、その瞳は獲物を狩る肉食獣の目をしていた。


 私は息の荒い凛音に小声でささやいた。


「やさしくしてね……」


 その瞬間、凛音の目の色は変わった。貪るように私の体に触れてくる。


 願いが聞き届けられることはなく、私は体力の限界までいじめられるのだった。


 翌朝目覚めると、私の隣で凛音がすやすや眠っていた。もうすっかり大人の女性になった凛音だけれど、この時だけは子供みたいに可愛い。私はそっと頭を撫でてあげる。


 今日は婚姻届けを取りに行く予定だ。凛音の苗字は藤堂。私の苗字は神谷。どっちの苗字にするかについてはまだ話し合ってないけれど、私は藤堂になりたい。別姓という選択肢もあるにはあるけれど、藤堂という苗字になることで、これまで21年間生きてきた凛音の人生と私の人生を一つにできそうな気がする。


 それに神谷という苗字にいい思い出はないのだ。


 きっと結婚式にもあの人たちは来ないのだろうし、そもそも招待するつもりもない。兄さんは招待するつもりではあるけれど、私が招待できる人なんてそれくらいだ。家族も、友達も、私にはいないから。


 ぼうっと凛音の寝顔をみつめていると、やがて目覚めた凛音と目が合った。


「おはようございます。美海さん」


「おはよう」


 凛音はベッドの端に座って、大きく伸びをする。美しい女性的な裸体がカーテンの隙間から差し込む太陽の光に照らされて、神秘的にすら見えた。私もその動きにつられて、伸びをする。目が合うと、お互いに微笑み合う。

 

 私たちは衣服を身に着けてから、台所へと向かった。


 四年前と比べると上手くなったもので、包丁さばきも凛音と同じくらいスムーズに行えるようになった。手際もよく、お店の調理も問題なく行えるだろう。


 そんな私を凛音は後ろからみつめていた。でも包丁を置き、料理を終えるとすぐに後ろから抱きしめてくる。うなじのあたりに顔をうずもれさせながら、ささやいてくるものだからこそばゆい。


「好きです」


「私も好きだよ」


「……なめてもいいですか?」


「どうぞ」


 私が許可を出すと、凛音は私のうなじをぺろぺろし始めた。なにがいいのか私にはよく分からないけれど、凛音はご満悦みたいだ。服の中に手を入れて、私の胸を後ろからもみもみしてくる。


「昨日の夜したばかりでしょ? 変な気持ちになっちゃうからっ……」


「なっちゃえばいいじゃないですか」


「婚姻届け取りに行くんでしょっ。私と結婚できなくていいのっ?」


「……それは、嫌です」


 凛音は仕方なくといった風に私から離れた。


 まったく困ったものだ。若いせいか凛音は性欲が強い。私もなんとか頑張ってついていこうとしているけれど、こうしてずれてしまうこともある。


 でも発散させてあげないと、凛音は寝てるとき横でえっちな声あげ始めちゃうし、そんなことされたら私も気が気でなくなってしまうから、結果的に翌日予定がある日でもなし崩し的にえっちしてしまう。

 

 そうして寝不足になるのはあまりよろしくない。


「帰ってきたらえっちしようね? だからそれまで我慢してて」


 私がつげると凛音はニコニコ笑顔になって、また抱き着いてきた。


 私たちは朝食を取って身支度をした後、恋人つなぎをしながら家を出た。駐車場の車に乗り込んで、役所へと向かう。運転するのは私だ。凛音も免許はとったけれど、私が運転するのを見るのが好きらしい。


 何度か信号にひっかかりつつ、役所にたどり着く。そして二人で窓口に向かい、婚姻届けをもらう。かつてパートナーの申請をしたときに担当してくれた、眼鏡をかけた白髪混じりの初老の男性は、私たちの言葉を聞くと嬉しそうに微笑んでいた。


「どうやらお二人は心配いらなさそうですね」と。


 私たちは笑顔で頭を下げてから、役所を出ていった。


 家に帰るとさっそく婚姻届けに書き込む。途中まではすらすらと書き進んでいたけれど、氏の欄にたどり着くとペン先が止まった。


「美海さんはどうしたいですか?」


 凛音が心配そうに私をみつめてくるから、私は笑顔で伝える。


「私は凛音のがいい」


「……分かりました」


 どうやら凛音も異存はないようで、私はペンを動かした。それからは滞りなく進んでゆき、私たちは婚姻届けを書き終えた。こういうのは本来両親へのあいさつありきだけれど、私の両親にはしなくてもいいし、凛音の両親にはあらかじめしてある。


 私たちはその他必要なものを用意して、その日のうちに役所に婚姻届けを提出した。


 それから私たちはお店を切り盛りしつつ、ウェディングドレスや会場を選んだりなど、結婚式の準備もしていた。式の日程が決まりしだい、凛音はたくさんの人に招待状を送っていた。


 そうして当日がやってくると、私は会場に来ないはずの人をみた。気まずそうにする兄の隣にいるのは、まごうことない私の母だった。

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