あたたかな血が流れる

ゴオルド

あったかい家庭です


「誤解なんです。だって、夫は優しい人ですし、子供を虐待なんかしてません。あれは息子がいけないんです。だって、夫に向かって「パパ、死ね」なんて言ったんですから。しつけとして叱るのって、そんなにいけないことですか?」



「なんでパパ死ねって言ったのかですか。えっと、たしか、夫が仕事から帰ってきたのに、息子だけ出迎えにこなかったのが、この誤解のそもそもの始まりだったと思います。うちでは夫が帰ってきたら、みんなで玄関まで行って、おかえりなさいって言うことになっています。別に強要されてるわけじゃありません。自然とそういう習慣ができたというか。なんか、そういうの良いじゃないですか。あったかい家庭って感じしません?

 私と娘はちゃんとお出迎えしたんですけどね。息子はどうして出迎えなかったのかな。多分おもちゃで遊んでたんじゃないですか。わかりませんけど」



「ええと、それで、息子がお出迎えをしなかったから、夫が怒ってしまって、息子が何を言っても無視するようになったんです。話しかけられても返事もしませんでした。ええ、ちょっと大人げないなって思いますけど、でも、もとはといえば、お出迎えにいかなかったのが悪いんですから。これで反省してくれたらいいなと思いました」



「事件が起きた日、息子は保育園でダンスを褒められたらしいんです。それで、ダンスを家族に見てもらいたがっていました。でも、夫は無視していますから、私もやっぱり息子をちやほやするのは違うかなって。それで、小学生の娘がダンスを見てやってたんですけど、息子ったらそれだけじゃ満足できないみたいで、パパとママも見てってうるさく言ってきたんです。そうしたら、夫が「そんなことより先に言うことがあるんじゃないか」って息子に言ったんです。息子ですか、4歳ですけど、それが何か?」



「息子はすっとぼけているのか、「わかんない」って言いました。それで夫もかちんと来てしまったようで、「ふざけるなよ」と。私が「どうしてパパから無視されてるかわかる?」って聞いたら、それもわかんないって言うんです。わかんないわけないですよね、お出迎えしなかったくせに。そこでさらに夫が怒っちゃって」



「そこでの喧嘩は一旦おさまったんです。娘が学校の宿題を手伝ってってパパにおねだりしたせいで、息子との話がうやむやになっちゃって。娘ももう小学三年になるっていうのに甘えん坊で困ります。パパッ子なんですよね。パパと同じものが好きだし、たとえばパパがリンゴが嫌いって言えば、私もリンゴ嫌いって言う子なんです。ええ、夫は娘のことは溺愛しています。だって趣味から好みから全部パパに合わせるだなんて可愛いじゃないですか。息子はちょっと難しいところがあるから、自分の好みをすぐ言っちゃうんですよね。パパの好みに合わせない、わがままなところがあります」



「その日、夕飯がメンチカツでした。私の得意料理の一つで、夫の好物です。でも、息子がね……。ええ、息子はメンチカツが嫌いっていうか、コロッケのほうが好きだから、箸で割ってみて中がメンチだと、すごくガッカリするらしいんです。それで、「えー」って不満げな声を出したんです。夫が「文句あるなら食うな」って怒っちゃって。息子が黙って食べ始めたら、夫が息子の箸を取り上げました。「おまえは食事する資格がない」って。しつけだと私は思いました。あ、でも、コロッケのときは、夫も「えー」って言うんですよ。「メンチが良かったのにー」って。それで私がコロッケにソースでハートを描いてあげると夫の機嫌がなおるんですよね。ふふ。なんか可愛いでしょ」



「えっと、それで箸がなくなったから、息子は手でメンチカツを掴んで食べたんです。あり得ないでしょ。もう夫だけじゃなくて私も怒りました。みっともないし、情けないって叱りました。こんな嫌味や当て付けみたいなことをしてたら、社会に出たときにやっていけないと思うから、ちゃんと叱ってやるのが親の務めでしょ?

 そのとき、夫が「手づかみで食べるなんて、おまえなんか人間じゃない。うちには要らないから出ていけ」って息子に言ったんです。もちろん本気じゃありません。ただそうやって叱ることで反省してほしかっただけなんだと思います。え? だってもう4歳ですよ。親の真意ぐらい理解できて当然でしょ。それなのに、息子が「パパ、死ね」なんて言うもんだから、夫も頭に血がのぼっちゃって、つい手が出てしまっただけなんです。日常的に暴力なんか振るってません。このたった1回だけで虐待って言われても困ります」



「夫は本当は子供思いで、とても良い人なんです。しつけも子供のことを思ってのことです。子供たちにはいつもそう言い聞かせてます」



「それで、息子はいつ退院できるんですか。夫もいつになったら釈放してもらえるんですか。はやくうちに返してください。お願いだから、うちの家庭を壊さないで。うちはあったかい家庭なんです。娘にも聞いてみてください、絶対そうだって言いますから。うちには何の問題もないんです。記者さんもそう思いますよね? ……何で何も言わないんですか。何か言ってくださいよ。ねえ。ねえ!」



<end>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あたたかな血が流れる ゴオルド @hasupalen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ