「蓼食う虫も好き好き」とは言うけれど
澤田慎梧
「蓼食う虫も好き好き」とは言うけれど
「お前ら! こんなんで良いと、本当に思っているのか?」
「でも、店長――」
「言い訳するな! こんなんで
サラリと親父ギャグを混ぜた店長の暴言にうんざりしながら、口を閉じる。
こうなった時の店長は止まらないし止められない。海底で嵐が過ぎるのを待つ魚の様に、深く静かに耐え抜かなければならない。
私達が勤める「ラッキーセブン」は、地元密着型の、いわゆる街の本屋さんだ。
土地柄なのか、出版不況もなんのその。お陰様で売り上げは堅調だった。従業員もバイトよりも社員が多く、その点では良い勤め先と言える。
けれども、一族経営の常なのか。二代目である店長(社長の息子・シンイチ37歳)は、仕事はそこそこできるけれども人格が最悪だった。
「俺が何でこんなことを言うと思う? お前らの為を思って言ってるんだよ!」
不細工なぬいぐるみのクマのような、毛深くてでっぷりとした体形の店長が、口の端から泡を飛ばしながら怒鳴り散らす。中々の迫力だ。
だけど、語気の強さとは裏腹に、先ほどから具体的なことは何も言っていない。やれ「掃除が行き届いていない(実際はかなり綺麗にしている)」だとか、「お客様からお叱りを受けた(ただの勘違いのクレーマー)」だとか、何か理由を付けて私達を怒鳴り散らし、良い気持になりたいだけなのだ。
「特にシュワ子! 今日の接客はなんだ!」
「ひぃっ!? ご、ごめんなさい~」
店長の
シュワ子は身長一八八センチを誇る、筋骨隆々とした女の子だ。その彼女が体を小さくするようにして、店長の怒鳴り声に怯えている。可哀想に、その顔は既に涙でぐちゃぐちゃだ。
――その姿がポーズをとって筋肉をアピールしているように見えて、不謹慎にも吹き出しそうになったのは秘密だ。
***
「はぁ……今回も長かったわぁ、店長のお小言。シュワ子、大丈夫?」
「うん、ありがとう。アタシは大丈夫だから」
怒鳴り散らして気分が良くなったのか、店長はクローズ作業を私達に丸投げして、早々に帰宅していた。バイトさん達にも先に上がってもらったので、店内には私達二人しかいない。
安心して店長の悪口を言えると思ったのだが――。
「店長さんね、ああ見えて良い所もあるんだよ?」
「えええっ? シュワ子、アンタそれ本気で言ってるの?」
いつも狙い撃ちにされているはずのシュワ子が、まさかの裏切りを見せた。
「うん。実はね、この間の深夜、どうしてもプロテインを摂取したくなっちゃって、散歩のついでにコンビニへ行ったのよ」
「ええっ? ちょっとシュワ子。アンタも女の子なんだから、深夜の一人歩きは危ないわよ」
「そうなの。アタシも『どうせアタシなんて狙うチカンもいないだろうから』って、軽い気持ちで出かけちゃったのよ――そしたらね」
シュワ子が20kgくらいある段ボールを軽々と持ち上げながら、少し言いよどんだ。まさか、口にしにくい目にでも遭ったのでは? と心配したのだが――。
「おまわりさん二人に職質されて、交番まで連れて行かれちゃったの」
「え、そっち?」
「うん。なんか近所の人に『未来から来た殺人アンドロイドそっくりな奴が近所を徘徊してる』って通報されちゃったらしく……」
「あー」
慰めの言葉が見付からず、適当に相槌を打つ。
確かに、もしシュワ子が深夜に歩いているのを見たら、普通の人は走って逃げる。
「でも、職質はまだしも、交番まで連れてかれるってのは、よっぽどじゃない。流石におまわりさん酷すぎると思う」
「ああ、違うのよ。そのね? アタシが怖がって、上手く何も答えられなかったから、余計に不審に思われちゃったの」
「……なるほど(納得)。で、それが店長とどう繋がるのよ?」
「おまわりさんがね、『上手く話せないなら、身元を保証してくれる人を呼んでください』って。それで、店長を呼んじゃったの」
「はい~?」
何故そこで店長を呼んだのか。意味が分からない。
「私を呼んでくれれば良かったのに」
「駄目よ~。深夜だったし、迷惑かけたくなかったんだもん。だから、店長なら心も痛まないし、むしろ来てくれないかも位に思ってたんだけど――来てくれたのよ。息を切らして」
「え、意外」
あのくたびれたクマのぬいぐるみみたいな店長が、部下の助けに応じて深夜の交番にはせ参じたなんて、俄かには信じられなかった。
というか、絵面的には交番を襲撃しに来た山賊にしか見えなかったのではないだろうか?
「おまわりさんに『こいつは人畜無害です! 勤務態度も真面目です! あと、ちゃんと人間です!』って熱弁してくれて、それであっさり解放されたのよ」
「あの店長がねぇ」
「うん。それでね、『一人だと危ないから』って家まで送ってくれてね……家に帰った後も、アタシが不安そうにしてたら『良かったら朝まで一緒にいてやろうか?』って」
「えっ」
なんだか、雲行きが怪しくなってきた……ぞ?
見ればシュワ子は、いつの間にやら頬を染め、恋する乙女のような表情を見せていた。
「それで、アタシの家に朝まで一緒に――」
「わーわーわー! ストップ! それ以上は聞きたくない!」
「……なんで?」
ノロケる気満々だったシュワ子が、「待て」をくらって首を傾げる。
流石にちょっと、仲の良い同僚とあの店長が男女の関係になった話など、聞きたくはなかった。
――つーか、おい。やったのか、シンイチ!
もしや普段からシュワ子に厳しいのも、好きな子をイジメちゃう男子小学生ムーブか?
「つーかさあ、シュワ子は本当に、あいつが相手でいいわけ?」
「うん! むしろもう、あの人以外考えられないわ! 実はさっきもね、『怒鳴ってゴメン。愛してるよ』ってL●NEが来ててね――」
――ノロケ話回避失敗。
つーか、シュワ子。それ、DV彼氏一直線じゃない? 本当に大丈夫?
結局、私はこの後、延々と数十分にわたってシュワ子のノロケ話に付き合うことになった。
……ちょっと作者。KAC2023の締めが、こんなグダグダなオチでいいわけ?
(おしまい)
「蓼食う虫も好き好き」とは言うけれど 澤田慎梧 @sumigoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます