鉄面皮メイドと人間嫌いのワーウルフ

古朗伍

鉄面皮メイドと人間嫌いのワーウルフ

 いきなりですが私は人造人間のリリスと申します。

 私を作ったのは錬金術師ロベルト・ボードマン様です。

 ロベルト様は、私は偶然生まれたと言っていました。


「ロベルト様」

「なんだい? リリス」

「私は本当に偶然生まれたのですか?」

「そうだよ?」

「書庫の資料を見ましたが?」

「君に文字は教えてないけど……」

「自分で覚えました。それで、随分と巨乳のメイドに執着していた様ですね」

「それは……あれだ! 親友とした議論でね! こう言うメイドさんが居たらって! いやー、そんな若い頃の資料があったとは参ったなぁ! ははは!」

「私は今、メイドのように動いていますが」

「……そうだね」

「巨乳ですが」

「……そうだね」


 私がじーっと覗き込んでいるとロベルト様は、


「ぼ、僕の考案じゃないからね~。親友がね~、メイドなら巨乳だろってね~」


 眼をそらして口笛を吹きながら、ロベルト様は苦しい、いいわけ、をします。


「そうですか。私はロベルト様にお仕えして10年ですが、ご友人と仰られる方は一度もお見えになりませんね」

「か、彼とは時間の概念が違うからさ。それに、少し偏屈な所もあるんだよ。うん」


 ロベルト様は、昔は多くの友が居たそうなのですが、私が生まれた時には全員が亡くなっていました。ロベルト様も今ではかなりの高齢で、車椅子で生活をしています。


「バロックは今唯一生きている僕の友人さ。けど、僕が死んでも気にも止めないだろうね」

「それは友と言えるのですか?」

「い、言えるんじゃないかなぁ……」

「手紙でも送ってみては?」

「何通も送ってるけど返すような性格じゃないからね。彼は」


 そう言って、ロベルト様は写真に映る若い頃と変わらない笑みを老いた表情でも作ります。


「第二次千年戦争は本当に悲惨だったよ」


 ロベルト様の失った片足はタオルケットで隠されていました。






 私にとってロベルト様は父親です。

 少しだけ、言葉は濁す事は多々あれど、隠し事はないと思っていました。


「本日はありがとうございました」


 私はロベルト様の葬儀を手伝ってくれた『エンジェル教団』の方々に一礼しお礼を言いました。


 ロベルト様に頼まれて手紙を町へ持って帰ると、彼は亡くなっていました。

 医師の方が言うには老衰であり、薬で私には気づかれない様にしていたとのこと。


「ロベルト様には色々と助けられた。特に千年戦争では、彼は英雄の一人だったよ」

「そうですか」


 私は火葬されたロベルト様の煙を見て、ただ呆然としていた。


「君はこれからどうする?」

「ロベルト様の自宅を処理します」

「その後は?」

「ロベルト様の遺言でバロック様の下ヘ行きます」

「バロック……バロック・ボルドーかい?」

「はい」

「そうか。あの方も“終戦部隊”の一人だったね」






 リリス。この手紙は僕から直接的渡すことはないだろう。僕はそう言う最期を迎える予定だからね。

 君は僕の娘だ。たとえ創られた命だとしてもそれだけは決して変わらない。

 君は他よりも少し歳を取るのが遅いだけで、普通の人と同じように生きて行ける。

 少々、感情が薄いのは気になったけど、それでも笑う事は出来るようだから、鉄面皮は君の性格なんだろう。

 自由に生きて行きなさい。

 しかし、人の世話をするのが性に合っているのなら、友のバロックを助けてあげてほしい。

 彼は自分の事には無頓着でね。手紙は何度も送って君の事は伝えてある。

 行っても門前払いはされないだろう。彼の事をよろしく頼むよ。


 ロベルト・ボードマンより。

 P.S.巨乳メイドは彼の考案だからね!


「……最期まで、いいわけ、ですか。ロベルト様」


 ロベルト様の手紙を改めて読んだ私は辺境の森の中にある寂れた屋敷を見上げていた。


 延び放題の草で見えなくなった庭。建物全体にも蔦が延びて、廃墟のように見えなくもない。


「よっと」


 私は蔦が複雑に絡み合った門を飛び越えて敷地内に入る。

 身体能力を高く設定してくれたロベルト様に感謝しつつ屋敷の扉をノックする。


「私はロベルト・ボードマンの従者リリスと申します。バロック様。いらっしゃいますか?」


 中から返事はない。それどころか人の気配すらない。私は扉を押すと開いたので中を覗き込む。


「バロック様?」


 声を出すが返事はない。中もそれなりに荒れ放題だった。


「従者は誰も居ないのですか……」


 バロック様は公爵の位を持っているとロベルト様は言ってました。にも関わらず屋敷を管理する者が一人もいないのは気になります。


「――あっちですね」


 集中し寝息を確認したので、そちらへ向かう。気がつくと床には血の様な跡が続き、一つの部屋の前で曲がっていました。

 寝息は扉の奥から聞こえる。私はノックします。


「バロック様」


 起きない。再度ノック。


「バロック様」


 起きない。今度はドンドンしてみる。


「……」


 反応が無いので、すっ……と後ろに引いて扉を蹴破ろうとした時、


「なんだ!! 誰だ! こんな朝早くに訪ねて来やがって!!」


 そんな怒声と共に扉が開き、見上げる程の体躯をしたワーウルフが現れた。

 私は蹴破る姿勢を、すっ、と正す。


「おはようございます、バロック様。私はロベルト様より貴方様へ仕える様に言われました、リリスと申します」

「……は? ロベルト?」


 バロック様は頭をボリボリ掻きながら見下ろす。私は彼にする最初の奉仕を今決めた。


「あの小僧が? 何? 俺にメイド?」

「ロベルト様は手紙を何通もお送りになっておられますが、届いておりませんか?」

「手紙なんぞ読むのが面倒だ!」


 部屋の中にある机には未開封の封筒がいくつもある。


「それよりも、お前。今、扉を蹴破ろうとしてただろ」

「違います。バロック様を起こそうとしていたのです」

「いいわけをするな!」

「それよりも、バロック様」

「話をそらすな!」


 私はバロック様の腕を掴む。


「最後のご入浴はいつでしょうか?」

「お前には関係ない!」

「関係あります。今、バロック様はとても獣臭いです。よって、直ちに入浴と致しましょう」

「な!? ぬお!? 人間の女のクセになんだその力は!? 引きずるな!」

「入浴は人としての最低限のマナーです。隅々まで綺麗に致します」

「お風呂イヤァ!」


 これが、風呂嫌いで人間嫌いの辺境伯バロック・ボルドー様と、鉄面皮の人造人間メイドといわれる私、リリスの出会いです。


 後に主従関係を越えて結ばれるのは別のお話となるでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄面皮メイドと人間嫌いのワーウルフ 古朗伍 @furukawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ