ミーはもと野良妖精、名前はノラにゃ


※ 今話では、人語を「」、妖精語を『』で表記します。

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 ミーはもと野良妖精、黒猫のノラ。

 名前は、今の飼い主、ハルにもらったにゃ。

 ハルがこないだプレゼントしてくれた、しましま柄の可愛いリボンは、ミーのお気に入りにゃ。


 ハルは、十五歳の頃からこの城にいるらしいにゃ。

 今、ハルは二十歳。

 もう結婚していて、二年前に男の子を産んでいるらしいにゃ。


 けど、旦那さんの姿も子供の姿もミーは見たことがないから、まだ信じられないんだにゃ。

 ハルの夫は、こんなところに奥さんを閉じ込めて子供にも会わせないで、どういうつもりにゃ?


 ハルに聞いたら、『子供には会いたいけど……でも、神事の時には会えるから、いいの。どうせ会っても、話も出来ないから、仕方ないよ』って寂しそうにしてたにゃ。

 フェンもハルも言い訳ばっかりで、自分で動かないにゃね。


 ハルもミーみたいに塀の上を通って、子供に会いに行けたらいいんにゃけど。

 ミーなら余裕で行けるから伝言だけでも……って思ったけど、ミーは人語を喋れないし、ハルの子供の顔も知らないし。

 ……って、これも言い訳だにゃぁ。



「ちわーーーっす!!」


『なんにゃ? 賑やかな人間が来たにゃ?』


『知らない人間だな。ちょっとやかましいな』


『フェン、通訳お願いね』


 フェンリルのフェンは賢い妖精だから、人間の言葉が喋れるにゃ。

 部屋に入ってきた人間は緋色の髪と瞳が印象的な、体の大きな騎士だったにゃ。


「初めまして! 今日からハルモニア殿下の近衛騎士になります、新人のカイといいます! よろしくお願いしまっす!」


『このやかましい人間は、今日からハルの近衛騎士を務めるそうだぞ。カイという名だそうだ』


 フェンはこの調子で、立派に通訳をこなしていくにゃ。

 ミーは、ちょっと羨ましく感じたにゃ。


『はじめまして、カイさん。聞いているかもしれないけど、私はフェンを通さないとお話しできないのよ。ちょっと不便だけど、よろしくね』


「よろしくっす! ハルモニア殿下、俺、何でもするんで、何でも頼って下さいっ」


 その後、ハルとカイは、フェンの通訳を挟んで、しばらく談笑していたにゃ。

 それを眺めながら、ミーはいいことを思いついたのにゃ。





『フェン、お願いがあるにゃー!』


『おいおい、なんだよ。面倒なことならやらねえぞ』


『そう言わずに。ハルのためにゃー』


『ハルのため? ふん、仕方ねえ。話ぐらい聞いてやるよ』


『ミーに、人間の言葉を教えるにゃー』


『はぁ? なんでそれがハルのためなんだよ』


『かくかくしかじか……』


 ミーは、フェンにミーの計画を話したのにゃ。

 身軽なミーなら、塀を越えてハルの子供に会いにいけること。

 ハルの伝言を子供に伝えて、子供の伝言をハルに伝えることが出来るように、人語を学びたいこと。


『…子供に、なぁ。確かにお前の身軽さなら塀は越えられるだろうが、ハルの子供に会えるかどうかは分かんねぇぞ。なんせ、外から嫁入りしたハルと違って、ハルの子供は生粋の王族だ。ハル以上にガードが堅いぞ』


『それでも、言い訳ばっかりして何にもしないのは嫌なんだにゃー。少しでもハルの気持ちを晴らすことができるんなら、ミーは頑張るにゃ』


『……お前、なんでそんなに頑張るんだよ? 猫のお前はこの場所が窮屈ならいつでも出ていけるし、ハルにそこまでする義理はないだろ?』


『ハルには、名前をもらったにゃ。可愛いリボンも、もらったにゃ。ずっとひとりだったミーに、初めてふたりも友達が出来たにゃ。何も返さないなんて、ミーには出来ないにゃ』


『友達……』


 フェンは、長い毛を床まで垂らして、何やら考えているにゃー。

 ふふん、少しは頑固犬の心に響いたかにゃ?


『……つーか、お前、猫っぽくねぇよなあ』


『ミーは猫だけど妖精だにゃ! 自由は好きだけど義理堅いのにゃ!』


『ふん、分かったよ。人語は複雑で、覚えるの大変だぞ。それでもやんのか?』


『もちろんにゃー!』





 それからしばらくして。


「こん、にゃち、は。みぃ、猫、ノラ」


「おっ! だいぶ上手になったな、ノラ」


『ん? カイは何て言ったにゃ?』


『だいぶ上手になったな、ってさ。ノラ、聞き取りはまだまだだな』


『にゃうーん』


「ノラ、その、ちょう、し」


「おいおい、カイ。お前までカタコトになることねぇんだぞ」


「あっ、つい。ははははは」


 まだ時間はかかりそうだけど、ミーは絶対、ハルの気持ちをハルの子供に届けるのにゃ。

 言い訳ばかりで動かないんじゃ、何にも変わらないのにゃ。

 ミーは、ハルに、諦めてもらいたくないのにゃ。


『ノラ』


『なんにゃ?』


 話しかけてきたハルは、優しく笑ってはいたけど、いつになく真剣な声色だったにゃ。

 髪の毛と同じ銀色の瞳が、真っ直ぐにミーを見て、ふにゃっと細まったのにゃ。


『ノラを見てるとね、私、もうちょっと足掻いてみようかなって思えるんだ。何か、私にも出来ること――今すぐじゃないけど、見つかるかもしれない』


『ハルに、出来ること?』


『自分のためじゃなくて、誰かのために頑張るって、とっても素敵ね。言い訳ばかりじゃ、何にも変わらないのよね。ノラ――』


 ハルは優しい笑顔を浮かべて、両腕を広げたにゃ。


『――教えてくれて、ありがとう。あなたは私に光をくれたわ。ノラ、私の、大切なお友達』


『にゃうーん!』


 ミーは、ハルの腕の中に飛び込んだにゃ。

 お日様みたいな、お花みたいな香りがして、それからギュッと抱きしめてくれて――フェンが拗ねて鼻を鳴らして、フェンは代わりにカイに撫でられて。

 ミーは、みんな大好きなんだにゃ!



 ◇◆◇


 それから十九年。


 ミーは、人間の言葉、ペラペラになったにゃ。

 努力の甲斐があったにゃー!


 ハルとハルの子供との距離は、結局思うようには縮まらなかったにゃ。

 けど、出来ることはやったと、胸を張って言えるにゃ。

 ミーの影響かは分からにゃいけど、ハルも、何やらやるべきことを見つけたみたい。


 そうそう、ミーはずっとハルと一緒だったんにゃけど、しばらく前から、お城を離れているのにゃ。

 けど、それも、数年前に王妃になったハルのお願いを叶えるため。

 今は、ちょっとオジサンになったカイと一緒に湖に来ているにゃ。



「あー、湖もいいけど、たまには海に行きたいよなぁ。知ってるか、カイって名前には『海』って意味があるんだぜ」


「ふーん。海はしょっぱいにゃ。ミーは湖でいいのにゃ」


「そんなこと言うなよー。そう言えばノラ、お前の名前って、王妃様にもらったんだよな?」


「そうにゃ。野良妖精だから、ノラ。ちょっと安直だにゃ」


「ん? 野良? 違うと思うぞ。『ノラ』は確か、『光』って意味だ」


「……にゃっ?」


「王妃様、外から来たお前が、眩しかったんだろうな。友達になれて嬉しかったんじゃないか?」


 ……そんなの、聞いたことないにゃ。

 野良、のノラでも気に入ってたけど、『光』かぁ。

 そうかぁ……。


「さ、さっさと仕事終わらせて、王妃様に思いっきり褒めてもらおうぜ」


「にゃん! 早く帰って、抱っこしてもらうのにゃ!」


「おう! 頼むぜ、相棒」


「ふふん、ノラは賢い猫にゃから、頑張るのにゃ」


「さて、仕事の前にちょっとだけ寄り道だ。せっかく近くまで来たんだし、墓参りしてっていいよな?」


「もちろんにゃ」


 ミーはカイの肩に飛び乗ったにゃ。

 そして――お墓の前には、先客がいたのにゃ。


「……殿下?」



 〜Continued on Episode 65〜


 (完)

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 当作品は、長編ハイファンタジー作品

「色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜」

 https://kakuyomu.jp/works/16817139559097527845

 のスピンオフ作品です。

(この物語は、本編第65話に繋がります)


 ノラちゃんは、これから始まる本編第六章でも活躍しますよ♪

 よろしければ、長編の方もフォローいただければ幸いです。

 お読み下さり、ありがとうございました!

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ミーはノラ妖精、名前はまだにゃい【にじそらスピンオフ】 矢口愛留 @ido_yaguchi

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