ミーはノラ妖精、名前はまだにゃい【にじそらスピンオフ】

矢口愛留

ミーは野良妖精、名前はまだにゃい


 皆さん、はじめまして。

 ミーは、黒猫の妖精ですにゃ。

 生まれたばかりってワケでもないけど、名前はまだないんですにゃ。


 ミーには親妖精がいないにゃ。

 闇の精霊様っていう親精霊はいるけど、闇の精霊様は自分も名前を持ってないから、ミーも名前を持ってないんだにゃー。


 それでも、ミーは不便したこと、なかったにゃ。

 一匹おおか……じゃにゃい、一匹猫だから、友達なんていないしにゃ。



 ある日、ミーは人間の街に出かけたんだにゃ。

 大きい街だにゃー。

 街の中央には世界樹ユグドラシルがそびえ立っていて、街全体を覆って悪しきものから守っているのにゃ。


 そんな街だから、妖精たちもいっぱいいるにゃ。

 魚の骨みたいな妖精が空を泳いでるのを見た時にはびっくりして、思わずそいつを投げ飛ばしたら生垣に頭から刺さっちゃったにゃー!

 今でも骨の妖精はそこが気に入ってて、生垣に刺さりっぱなしらしいにゃ。

 うんうん、気に入ったなら良かったにゃ。



 その後も気ままに散歩してたら、綺麗なお庭で、白くて大きいモフモフに出会ったんだにゃ。

 そいつはフェンリルっていう妖精で、真っ白い毛は目を隠すほど長いにゃー。

 妖精の言葉しか喋れないミーとは違って、人間の言葉も喋れる、賢い妖精なんだにゃ。


「おい、そこの野良妖精、ここは俺の縄張りだ。勝手に入るんじゃねえ」


「なんにゃ、縄張りって。ミーはこの街に来たばっかりだから知らないにゃー」


「ああん? ナマいってんじゃねえ」


 フェンリルは賢いけど、口はすこぶる悪かったにゃ。


 ミーがフェンリルとばちばち火花を飛ばし合ってると、飼い主らしき女の人が歩いてきたにゃ。

 フリフリしたたっぷりの生地を使った服、確かドレスっていうにゃ。重そうだし、歩くの大変そうにゃ。

 けど、女の人の銀髪銀眼によく映える、青いドレスはとっても綺麗にゃー。


「こらこら、フェン。意地悪言わないの」


「ああん? ハル、この猫野郎、俺の縄張りに――」


「いいから、黙らっしゃい。ほら、おすわり」


「クゥーン」


 フェンリルのフェン、飼い主には逆らえないみたいだにゃ。

 こうなるとただの大きい犬。ちょっと情けないにゃ。


「ねえ、野良妖精ちゃん。どうやってお城の中まで入ってきたの?」


「にゃ? お城?」


「ええ、ここはお城にある中庭のひとつよ。私の住む場所、外から隔離されてるから、入ってこれないはずだけど」


「そうなのにゃ? ミーは普通に塀の上を登って入ってきたにゃよ?」


「まあ! あんな高い塀、越えられたの? 流石猫ちゃんね」


 女の人はうんうん、と頷く。

 するとフェンが、すうっと目を細めた気がしたにゃー。目、隠れてて見えないけど。


「なあ、ハル、こいつ追い出してもいいか?」


「あら、ダメよ。せっかくお友達が増えそうなのに。……ねえ、猫ちゃん、お名前は何ていうの?」


「名前はないにゃー。ところで……人間のお姉さん、どうしてミーの言葉がわかるにゃー?」


「あらあら、人間のお姉さんだなんて。私の名前はハルモニア。ハルって呼んでね」


 ハルは、にこっと笑う。

 ミーも女の子だけど、ハルの笑顔はミーに負けないぐらい、とっても魅力的だにゃー。


「じゃあ、ハル、どうして妖精の言葉がわかるのにゃ?」


「うーん、私、ちょっと特別な子なの。私ね、妖精さんたちと話せる代わりに、人の言葉がわからないの」


「えっ? ハルって人間じゃないのかにゃ?」


「今は人間かなあ。本当は妖精になりたいけど」


「か、変わった子だにゃ?」


「ねえ、野良妖精さん。私とお友達になってくれないかしら? あ、そうだ。私がお名前、あげてもいい?」


「にゃん。可愛いの、頼むにゃ」


「やった! じゃあ、お外から来た野良妖精、黒猫の……ノラちゃんね!」


「……あ、安直」


「……おい。言うな。俺だってフェンリルだからフェンって――」


 ミーがぼそりとつぶやくと、すかさずフェンがこぼしたにゃ。


「だ・ま・ら・っ・し・ゃ・い」


「クゥーン」


 やっぱりフェンはハルに逆らえないのにゃー。


「ノラちゃん、いいわよね? 可愛い名前よねっ?」


「は、はいにゃ」


 こうして、ミーはノラっていう名前をもらったのにゃ。





 それから数日が経った、ある日。

 ミーは、今もお城にいるにゃ。

 ハルはふかふかの寝床も、新鮮なミルクも、美味しいご飯も用意してくれるにゃ。

 フェンは最初、ミーがここに住むのが気に入らないみたいだったけど、ミーはここが気に入ったのにゃ。

 それに出て行こうとするとハルは寂しそうな目を向けるから、フェンも諦め——


「おい、ノラ。お前、いつまでここに居座る気だ」


「ミーが飽きるまでにゃー」


 諦めてなかったにゃ。


 今は、ハルはどこかに出かけているにゃ。

 鎧を着た人間の男が、部屋の鍵を開けて、どこかに連れてってしまったのにゃ。


「ところで、ハルはどこへ行ったんだにゃ?」


神事しんじだろ。ハルは巫女みこだから、時々こうやって外に連れて行かれるんだ。神事の時以外はこの部屋にこもりっきり。ずーっと閉じ込められてこき使われてて、可哀想だ」


「ここから出ようと思わないのかにゃ?」


「ハルは自分に言い訳して、誤魔化し続けてるんだよ。どうせここからは出られない、逆らったって酷い目に遭うだけだ、それより自分の力をみんなのために役立てるべきなんだって、自分に言い聞かして。けど、本当は静かな森で妖精みたいな暮らしをしたいんだって、言ってたな」


「ふーん……」


 フェンは、本気でハルの心配をしてるみたいだにゃ。

 けど、そう思うならどうして何もしないにゃ?


「フェン、フェンはどうしたいにゃ?」


「ん? 俺か? 俺はハルのそばにいられれば、それでいいんだよ」


「それだけかにゃ?」


「それだけだよ。それで充分だ」


「……腰抜けにゃ」


「……あん?」


「だって、本当にハルのことを思うなら、ハルのためになにかしてあげたいと思うんじゃないかにゃ?」


「何かって、何だよ。ノラ、お前はここがどこなのか知ってるのか? 城の中だぞ。ハルは幽閉されてるんだぞ。簡単には逃げられないし、逃げたって、城の奴らは一生追いかけてくるんだ。ハルのいう安寧あんねいなんて、どうやったって望めないんだよ」


「でも!」


「でも、じゃねえ! 俺だって悔しいんだよ」


 そう言って、フェンは寝床に戻り、丸まってしまったにゃ。


 しばらくして戻ってきたハルは、少しやつれて、元気がないようだったにゃ。

 フェンは、ミーとの言い争いなんてなかったみたいに、尻尾を振ってハルを迎える――本当に犬みたいだにゃ。

 けど、フェンとミーの顔を見るなりハルの顔は綻んで、これならこれでいいと思うフェンの気持ちも、わかっちゃったのにゃ。



 (つづく)

____________________


 後半は、明日の朝に投稿致します。


 当作品は、長編ハイファンタジー作品

「色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜」

 https://kakuyomu.jp/works/16817139559097527845

 のスピンオフ作品です。

 ノラちゃんは、これから始まる本編第六章でも活躍しますよ♪

 よろしければ、長編の方もフォローいただければ幸いです!

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