デビルちゃん!俺に取り付いてくれ!

月雪奏汰

第1話

 鬱蒼とした森の中で、たった数本のろうそくが闇に打ち勝たんと弱々しい光を発している。

 少しだけ開けた場所に俺は立ち、自分を中心として囲むように魔法陣が描かれていた。

 それは一見すると、矢印が円の中で等間隔に存在して、円周上に馴染みのない文字が書かれているだけのように見えるかもしれない。

 しかし、断じて真夜中に森の中でお絵描きをする趣味がある訳では無いし、ろうそくだってライトがないからつけている訳では無い。

 この状況は悪魔を召喚するために必要なのだ。

「悪魔なんて居るわけが無い」と言う人は掃いて捨てるほど居るし、そう思っておけばいいと思う。

 祖父の家にある歴史がありすぎて、年月に押し潰されてしまいそうな古い倉庫で一冊の本を見つけたあの日。

 正確な年月は今となっては思い出せないけれど、瞬きをせずに見入ってしまったほどの衝撃は決して忘れられない。

 その衝撃は現在まで自分に影響を与え続け、本を解読し、魔法陣を数え切れないほど描いてきた。

 その成果を両親が家を空けている今日、ついに試す。

 深夜の森の一切の人気の無さに満足しながら、ゆっくりと詠唱を始める。

「世の理を超越せし悪魔よ、今一度我が求めに応じ、その姿を顕現させよ!」

 唱え終わってから数秒経った後、物音がした。

 光が出たりするものだと思っていたが、それは些細な問題だ。この物音は、呼びかけに答えてくれた悪魔が出したものに違いないのだから。

 予想と違った事を気にも留めず、物音がした方向に意識を向ける。

 儀式に余計な影響を与えてはいけないと思い、懐中電灯を手が届かない場所に置いてしまった事が少し悔やまれた。

 姿を一瞬でも早く確認したくて仕方なかった。大きいか小さいかだけでも知りたかった。

 何度目かの瞬きが終わった瞬間、影が突然迫ってきて、体勢が崩された。

 そして、何が起きたのか理解しきれないうちに強い衝撃を頭に感じ、そのまま体から力が抜けていった。



 次に目を開けた時見えたのは、空では無かった。もちろん部屋の天井でも無い。

 つまり、さっきまでの出来事はベットの上で見ていた夢ではない。

 森でも家でも無いとなると、ここは一体どこなのだろうか。現実感のある夢という可能性もあるにはあるが。

 長い時間寝ていたからなのか、体にほとんど力が入らなかったので、仕方なくまだぼやけている目で周りを確認してみる。

 すると、中世の王族が座っていそうな存在感のある椅子に座った人が居た。ただし、やけに現代感のある食べ物を食べながら。

 そこで、やはり夢かもしれないと思った。こんなにチグハグな光景あってたまるか。

 しかし、体に力が入っていく感覚はものすごくリアルで、状況に混乱しながらとりあえず立ち上がってみる。

 そして、先程確認した人の方を向こうとした瞬間、何かを投げつける音がした。

 何事かと思い急いで振り返ると、不自然な程に笑みを浮かべる女の人が居た。

 視界がハッキリした今見てみると、なんとも不思議な、それでいて違和感はない絶妙な格好をしている。

 人間離れした美貌に、西洋人のような亜麻色の淡い髪色。これらがこの格好を自然に見せているのかもしれない。

 ただ、口の周りに粉のような物が付いている点だけは人間らしい。色的にコンソメか何か、つまりポテトチップスを食べていたということだろう。

 はっきり言って、なんだか残念な感じだ。

「初めまして、私は女神フローラ。芹沢春樹さん、あなたの導き手です」

「はぁ。――あの、粉が口の周りについてますよ……?」

 すると、頬が少し赤く染まり、買ったら高いであろう服の袖でゴシゴシ拭き始めた。初めて人間らしい部分が見えたと思ったが、よく考えたらポテトチップスを食べてる時点で人間らしい。

「端的に言えば、あなたは亡くなりました」

 咳払いをしてから、先程までの少し残念な感じを打ち消すような真剣な表情で自称女神が告げてくる。

「死んだ感じなんて全くしませんよ? それに傷一つない体が今ここにあるじゃないですか。」

 自分でもなぜこんなに落ち着いているのか分からないが、自分を害そうとするような雰囲気は感じなかったので、気楽に聞き返す。

「初めて死ぬのだから、どんな感じかなんて分かるはずもありません。体はこの場に存在するための仮の物です」

 仮の体云々というのはよく分からないが、死んだ感じ何てものは分からなくて当然という話は納得出来た。

「これが現実だって言うなら、俺は悪魔の召喚の儀式をやったはず。あれはどうなったんですか?」

「悪魔なんて召喚出来てないし、死因は猪に驚かされて岩に頭を打ったことですよ?」

 俺はそんな死に方をしたのか……。

 恥ずかしすぎて夢であって欲しいと思ったが、夢の中特有の曖昧な感じがしないので、これは現実なのだと覚悟を決め始めていた。

「大丈夫! 私はそんな貴方に魅力的な提案をするためにここに居るんですから!」

「――提案?」

 ここに来て急に黙ってしまった俺を励ますように明るい声がかけられた。

「単刀直入に言います。異世界に行きませんか? 」

「異世界ってあの異世界……?」

「そうです! 魔法も優れた古代文明も悪魔だってなんでもあります」

 悪魔は最近急激に減ってきちゃってるんですけどね、と付け足しつつフローラが言う。

「悪魔も居るんですか?」

「ええ、存在します。もっと言えば、あなたが元居た世界でも居たりするんですよ?」

「一体どこに……?」

「どこに居るというより、私たち女神の不手際で時々そっちに行ってしまうというか……」

 もうそこから先は聞きたくなかった。

「なんで俺なんですか? はっきり言って亡くなる人は沢山居る訳ですし」

「春樹さんの様に悪魔を追い求める程好きだとか、それくらいの情熱がないと異世界に行ってから厳しいのでは無いかというのが私達女神の考えなんです。」

 確かに、元の世界に行くようなノリで行ってしまえば、カルチャーショックだなんだと起きそうではある。

「俺は異世界で何をすればいいんですか?」

「現在、人族の領土や安全が少しずつ脅かされています。けれど、積極的に戦って欲しいという意味ではありません」

「では、どうすれば?」

「やりたいようにしてくださったらいいです。異世界からの人間というだけできっと変化を与えられますから」

 聞けば、まだまだ静観出来る程度ではあるのだという。

「もちろん特典もありますよ! 身長を伸ばして、筋力もつけ、魔力も向こうの冒険者の平均値より上にしましょう」

 当たり前の事ですがと言われ、言語問題は解決してくれ、初期装備も付くと付け足された。

 至れり尽くせりだった。

 もっとも、こんな特典がなくたって答えは決まっている。

「俺を異世界に送ってください」

「協力ありがとうございます。芹沢春樹さん、あなたに大いなる祝福を」

 体がほんのりと温かさを感じる光に包まれ始めた。

 ここから悪魔に夢中になっただけの俺の第二の人生が始まる。



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