『怪盗(アン)ラッキーセブン』の不運

ひなた華月

『怪盗(アン)ラッキーセブン』


「失礼します! 本日、『怪盗ラッキーセブン』の犯行を阻止する為に配属された伊予名です! 宜しくお願い致しますっ!」


都内某所、既に閉館した美術館の大広間にて。

わたしは新米警察官らしい溌溂とした挨拶をしながら上司に敬礼をする。


「……はあ、お前が例の新人か。ウチの部署に配属されたっていう」


しかし、わたしの挨拶を、むしろ目の前の中年男性はさぞかし面倒くさそうにため息を吐きながらわたしを見る。


その姿は、他の警察官たちとは違って、茶色のトレンチコートを羽織っていることも相まって、実に威厳に満ちた人間という感じだった。


普段のわたしならば、ここで心が折れてしまうくらいセンチメンタルな人間なのだが、ようやく念願の部署に配属されたのに人間関係の不一致で転属されてしまっては今までの努力が無に帰してしまうので、そのまま元気な新米警察官のキャラを維持しつつ話を続けた。


「はいっ! 日下部警部は既に現場に到着していると言うことで挨拶が遅れてしまいました!」

「あー、はいはい。分かったよ。よろしくな」


未だにわたしへの配慮はないようだったけれど、そこは上司としての威厳を保ちたかったのだと勝手に解釈して、わたしは今日からお世話になる日下部警部に「はいっ!」ともう一度元気な挨拶を返した。


「で、お前……えっと……」

「伊予名です!」

「あー、伊予名。お前、『怪盗アンラッキーセブン』のことは、ちゃんと頭に入ってるんだろうな?」

「……『怪盗アンラッキーセブン』?」


わたしが首をかしげると、日下部警部はあからさまに「こいつ、マジか……」という顔を隠そうともせず表に出てしまっていた。


「お前……まさか何も知らずにここへ来たんじゃないだろうな?」

「いいえ! しっかりと自分の任務を理解してここへ来ました! ですが、日下部警部! わたしのような若輩者が訂正するのはおこがましいのですが、我々が追っている怪盗は『怪盗アンラッキーセブン』ではなく、『怪盗ラッキーセブン』です」


日本のことわざには『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』という言葉があるが、今回のケースは『言うは一時の後悔、言わぬは一生の後悔』という、わたしオリジナルの教訓を採用させてもらった。


「ったく、これだから新人は……」


すると、日下部警部はこれまた面倒くさそうにわたしに告げる。


「いいか、俺たち警察の間では、あいつのことは『怪盗アンラッキーセブン』って呼んでんだよ。そんなことも知らないのか」


日下部警部に指摘されたところで、ようやく無知なのはわたしのほうであったと気づいたが、ここで退いては本当にわたしは駄目な部下としてのレッテルを張られてしまう可能性がある。


ならば、きちんと自分の無知を受け止めて、質問をするべきだろう。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。


「警部! わたしのような不遜な人間にご教授願いたいのですが、何故『怪盗ラッキーセブン』を、ここでは『怪盗アンラッキーセブン』と呼称しているのでしょうか?」


正直、わたしのような現場一日目の人間に、時間を割くようなことはしないのではないかと危惧していたけれど、さすがはトレンチコートを羽織ったベテラン刑事、部下の面倒をみることも仕事のひとつとして数えているようで、しっかりと新人のわたしにも説明をしてくれた。


ちなみに、トレンチコートと人柄の良さは関係ない。

人を見た目で判断してはいけないと、小さい頃からの両親の教えてもらったしね。

わたしは、昔からちゃんと親の言う事は聞いて育ってきた人間なのだ。


「いいか、確かにあいつは世間では『怪盗ラッキーセブン』として数々の悪行が報道されているが、あいつの本当にタチの悪い所はな……関わった人間が必ず不幸になる」

「……はい?」


最初は冗談でも言っているのかと思ったが、日下部警部は神妙な面持ちのまま、わたしに告げる。


「そ、それは……芸術品や財宝を奪われてしまった被害者が不幸になってしまう……ということでしょうか?」


勿論、盗まれた品々に価値の上下はあるだろうが、どれも歴史的価値があるものだったり、資産的価値のあるものだったことは想像に難くない。

それを盗まれてしまったのならば、不幸以外の何物でもないけれど……。


「いや……その芸術品はな……全部だったんだよ」

「偽物って……『怪盗ラッキーセブン』に本物を盗まれないように、誰かがすり替えたのですか?」

「……違う。

「……は?」


それは一体……どういうことだ?

まさか、『怪盗ラッキーセブン』は初めから『偽物』だと分かっていて、それを盗むことを生業としているということなのか?


「そのまさかだよ。それが『怪盗アンラッキーセブン』の目的だ。今まで『本物』だと思っていた品々を次々と『偽物』だと見破って盗み、持ち主に『偽物』になど価値はないと奪っていくんだ。いや……盗むだけならまだいい。中には、わざわざ『本物』を送り届けるようなことまでしてくるんだ」

「本物を送るって……それこそ、本当にラッキーじゃないですか。わざわざ本物を届けてくれるんですから……」

「……人間が全員、お前みたいな単純なヤツだったらいいんだがな。だが、現実は違う。今まで『本物』だと思っていたものが『偽物』だって気付いた人間が味わうのは、絶望だ」


曰く、生涯をその画家の作品を集めるためだけに生きてきたコレクターが集めた絵画が全て偽物だと分かった商人は、自分が歩んできた人生を否定され、そのショックのあまり、消息を絶ったという。


曰く、果てしなき大冒険の末に手に入れた金銀財宝を盗まれたトレジャーハンターは、今までの功績が全て白紙に戻され、地位も名誉も奪われることになった。



だからこそ、『怪盗ラッキーセブン』は不運を齎す怪盗だと言われるようになった。


それ故の、『怪盗アンラッキーセブン』



「では……ここに飾られている絵画も……」

「十中八九、偽物だろうな」


あっさりと、そんな風に断言する日下部警部。

それは、もはや『怪盗アンラッキーセブン』に対する、ある種の信頼のようでもあった。


「……何故、彼はそのようなことをするのでしょうか?」


こんなことは、日下部警部に聞くべきことではないのだろうが、警部はそのまま、わたしの質問に答えてくれた。


「……一度だけ、俺も奴に同じ質問をしたことがある。その時、奴はこう言ったのさ」



――偽物になど、この世になんの価値もない。



「……だから、偽物をこの世から全部、自分の手で盗むんですか?」

「そうなんだろうな。とんだ正義感の持ち主だ」


それは、日下部警部なりの冗談だったのだろうが、生憎とわたしは愛想笑いもできなければ、その冗談に乗りかかることも出来なかった。


「さてと、長話も済んだところで……そろそろお前も配置につけ。初日だからって、現場見学に来たわけじゃねえだろ」

「……はい、勿論です」


そう言って、わたしがこれからお世話になる上司への挨拶を済ませたところで――突然、部屋全体の照明が落ちて、辺りは真っ暗になる。



「なんだ!? まさか奴がもう……!!」


日下部警部も、当然すぐに異変に気付き対処しようとしたようだが……残念ながら、視界を奪われた時点で、事は有利に事が運んでしまっていた。


そして、この場合は、この時点で既に勝敗は決してしまっていたのだ。


「まさか……催眠……ガ……」


そう、最後に振り絞るような声を出した日下部警部の推理通り、本来は火災報知器と共に消火作業にあたるスプリンクラーから、水ではなく催眠ガスが勢いよく噴射され始めた。


そして、部屋の換気システムにも細工をしておいた仕掛けは、あっという間にガスが充満して、その場にいた警官たちが倒れていく。



それから、数時間後。

もう誰も立っていないはずの大広間に、彼は正面玄関から堂々と侵入してきた。


「……これは一体どういうことかな? そこの君、説明をしてもらえるかい?」



――そう、わたし以外を除いては。



「まさか、この私の予告状に便乗して、君も絵画を盗みに来たのかね?」


どこか余裕のある態度を見せているのは、彼が絵画を盗む理由が、偽物をこの世から消し去ることだからだろう。それとも、わたしのことを味方だと思っている節があるのか……。


「ただ、私がこうして顔を見せている以上、君もそのマスクを取るべきではないのかな? 見たところ、もうこの部屋に散布した催眠ガスの効果は切れているようだが?」


彼の言う通り、催眠ガスの効果は殆ど残っていないし、何より、彼がこうしてわたしと話しているにも関わらず、全く倒れるような気配がないのがその証拠だ。


「うん、分かった」


ならば、今は彼の言う通りに動いたほうが賢明だろう。


それに、わたしは彼の言葉に抵抗するつもりなどない。



何故なら――わたしは、昔からちゃんと親の言う事は聞いて育ってきた人間なのだ。



「ずっと待ってたよ、パパ」



そう言うと、タキシードにマント姿のパパは、伝説の怪盗とは思えないほど、口を開けて情けない顔をしていた。


「ナナ……どうして……」

「ごめんなさい、パパ。警察は警察でも、交通課に配属になったっていうのは嘘なの。本当は、パパにこうして会うために警備課に配属してもらったんだ」


そして、わたしはパパに向かって告げる。


「おかしいよね。『嘘は泥棒の始まり』っていうのに、わたしは警官で泥棒はパパだもん……。でも、パパだって嘘を吐いてたから、このことわざって、あながち間違いじゃないのかな?」

「奈々……お前……いつから気付いてたんだ?」

「……ねえ、覚えてる? ママが亡くなっちゃった日のこと。あの時ね、パパはお母さんが死んじゃう前に立ち会えなかったでしょ? でも、その時にママが教えてくれたの。『あなたのお父さんは、怪盗ラッキーセブン』だって」

「……虹花がそう言ったのを、お前は信じたのか?」

「うん。でも、間違いだったら間違いだったで良かったんだよ。本当にパパが『怪盗ラッキーセブン』じゃなくてもさ」


そう言って、わたしはゆっくりとその場から動く。


「だから、今日も本当にパパが『怪盗ラッキーセブン』だったとしても、ふーん、そっか。ママの言ってたことって本当だったんだー、くらいにしか思わなかったんだ。なんなら、ママの遺言通り、パパの怪盗のお手伝いをしてあげても良かったくらいだよ」


わたしの口上を聞いているパパは、その場から全く動かなかった。

一方、わたしは倒れている日下部警部のところへしゃがみこんで、あるものを拝借する。


「でもさ……パパが怪盗なんてしている理由を聞いたらさ……わたし、初めてパパのことが許せなくなっちゃった」


そして、わたしは実の父親に向けて、銃口を突きつけた。


「待て、ナナ! 一体どういうつもりだ!?」

「どういうつもり? それはこっちの台詞だよ、パパ。パパはさ、『偽物』が嫌いだから怪盗をしているんでしょう?」

「あ、ああ! そうだ! この世は偽物だらけでおかしいじゃないか! いや、わたしが許せないのは、そんな偽物すら見抜けない愚かな人間共がこの世には多すぎると言う事だ!! そんな奴らのせいで、唯一無二であるはずの本物の存在価値が薄れてしまうのだッ!!」

「そっか……うん、そうだよね」

「ナナ……分かってくれるのか! そうだ、さすがわたしの娘だ! だったら……」


「――ごめんね、パパ」


パァン、と、乾いた音と共に、わたしに向かって、発砲した。


「な……な……!」


すると、パパのタキシードの中に来ていたシャツの色が、みるみる赤色に染まっていく。


「さよなら、パパ。ううん『怪盗アンラッキーセブン』って、最後は言ってあげたほうがいいのかな?」


自分の娘に「ナナ」という名前をつけたことも、こうなると皮肉にしても笑えない冗談なのかもしれない。


まさか、散々人を不幸にしてきたという男の末路が、ラッキーセブンと同じ名前を持つ子供に殺されてしまうなんてさ。


きっと、パパにとっても7(ナナ)という名称は、不運を引き寄せるものだったのだろう。


「さてと。ねえ、パパ。まだ生きてる? もし生きてたら、まだ他の人たちも目を覚まさないだろうから、なんでわたしがパパを撃ったのか教えてあげよっか?」


倒れているパパのところに近づいてみたところ、まだ呼吸はしているようだけど、もう意識は朦朧としていることは明白だった。


だけど、そんなことは無視をして、わたしはパパに告げる。



「パパ、偽物が嫌いなんだよね? だったら、?」



わたしは、パパとママの娘として生まれてきて、ずっと幸せな生活を送って来た。

それなのに、パパはずっとわたしを騙して、生きてきたのだ。


別に、それはそれで、嘘偽りのある事実として受け入れるつもりだった。

だけど、わたしの大好きなパパが、偽物なんて、この世にはいらないと言ったのだ。


「でも、大丈夫だよ、パパ」


そんなパパに向かって、わたしは最後の言葉を告げる。



「パパが嫌いなは、ちゃんと消えてあげるから」



そして、わたしはさっきパパに向けた銃口を自分の頭に向けて、引き金をひいた。



予告状

伊予名ナナより 大好きなパパとママへ。

どうか今度は、嘘偽りのない、本当の家族になれますように。



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