それが醍醐味やんな

古博かん

一年越しの猛者候

 その日、正午を三十秒ほど過ぎた頃。突然、花子のLINEが、けたたましく鳴いた。


 ちょうど昼休憩に入ろうと、席を立つと同時に手にしたスマホ画面をタップすると、開いたグループトークにムンクの名画「叫び」が最大画素数でヨタつく、動くスタンプが立て続けに現れた。

 何事かと笑いを堪えた直後、「今日19時、トリ角集合な! 大将、よろしゅう!」とメンションが入る。数秒後、メンションされた焼き鳥アイコンが、OKトリ皮スタンプ(自作)をぶら下げた。


 状況についていけない花子は、小首を傾げながら一旦LINEを閉じると、改めて、とある小説投稿サイト「カクカクヨムヨム」にアクセスする。

 すると、トップ画面の最上部に、正午に掲載されたばかりの「お題」の文言が上がっていた。

 花子はようやく合点がいき、再びLINEを開くと了解スタンプをぶら下げた。すでに、着々と参加表明がぶら下がっている。


 毎年、この時期になると阿鼻叫喚する一大イベントをネタにして、酒盛りをする非公式なオフ会——その会場は昨年に続き、大阪花園ラグビー場最寄りにて親子二代で切り盛りする焼き鳥屋「トリ角」である。

 正確には、何かと理由をつけてトリ角に集合し、やんやするのがお決まりのパターンなのである。


(19時やったら、定時上がりで間に合うやん)

 神戸三宮から参戦する花子は、18時スタートのオフ会に毎回ほんのりと遅刻する常習犯であったが、一時間繰り下げならば汚名返上の期待が持てる。久々のメンツが集うとなれば、俄然、仕事効率に影響してくるというものだ、主に精神衛生的な面で。


「花ちゃん、お疲れー。どないしたん、いつもより早っ!」


 しかしながら、花子が大阪地下鉄谷町線、花園駅に降り立ったのは集合時間五分前であり、そこから徒歩五分圏内のトリ角に着いた頃には、既に常連が奥のテーブル席を陣取って盛り上がっている最中であった。


「えー、もう始まっとうやん……! めっちゃ急いで来たのにぃ」


「おう、お疲れ神戸っ子! ちょうど、ねぎま焼き上がったで!」

 カウンターの向こうでジュウジュウと食欲をそそる音と匂いを立てながら、カクカク仲間である息子大将が、元ラガーマンらしい威勢の良い声を上げた。


「こんばんはー、大将。ご無沙汰ですー」

「花ちゃん、こっちや、こっち!」


 狭い店内の一番奥にひしめくように、ロマンスグレーの後頭部と、キリッとした派手メイク女子が騒いでいる。可愛い孫のために日々ジュブナイル作品の腕を磨く現役内装業、鳥飼トリさんとムンクの送り主、幹事役のAIアイは相変わらずのようだ。


「あー、本間っち、久しぶり! スーツやん!」

 鳥飼さんの隣には、まだまだ初々しいリクルートスーツ姿で、ちょこんと座っているメガネ男子、去年の同時期は就活をしていた本間くんも無事に新社会人になった。

 グループLINEで報告を受けていたものの、本人を前にすると何だか妙に感慨深い。


「揃ったところで、ほな、改めて乾杯や!」


 大皿に、こんもりと盛られたねぎまがドーンと卓上のど真ん中に追加され、生中ジョッキと冷酒を器用にダブル持ちで誕生日席に陣取った息子大将が、AIの隣に着席した花子にグラスを手渡し、よく冷えた日本酒をトクトクと注いだ。

「大将、どうもー」

 花子がニコニコしながら礼を言えば、大将はおもむろに元ラガーマンらしい発声で生中ジョッキを突き上げた。


「おっしゃー! 焼き鳥があれば——?」

「何でもできる——!」

「いや、できるかーい!」

 無茶振りにすんなりとノって、さらっとツッコむ一連のお約束ののち、景気良くそれぞれのグラスが鳴った。


 新社会人になって大忙しの本間くんは、今年は隙間時間にヨムヨム長距離走のみ参戦し、AIはこの一年でころころとペンネームを変え、現在はAI上岡アイウエオカになっていた。

 鳥愛の振り切れている息子大将は、相変わらずラノベの園で細かすぎて伝わらない焼き鳥ネタを着々と小出しにしている。


「いや、もう何やねん! アンラッキー7て!」


 皆勤まで残り二つとなったブービー回で出されたお題に、どうやら全員頭を抱えていたらしい。花子も正直、午後はやんわり上の空であった。


「オレの場合、コロナに続いての物価高騰、物流不安定、水道光熱費爆上がりからの鳥インフルは、ほんまシャレんならんわ。アンラッキー7どころの話ちゃうで」


 息子大将のボヤキは、現実を身に積まされすぎるため、さすがに誰も茶化せない。


「見積もり出そうにも、数ヶ月単位でサプライヤーも原価上げてきよるからなあ。エンドの詰まっとる大手にはかなんわ」


 内装業を営む鳥飼さんも苦笑いしながら、焼きたてのねぎまをガブリといった。

 国産製品を謳う壁紙やカーペット類も、そのためのは輸入に頼る日本である。そして、そんななけなしの在庫は、納期厳守が原理原則の大手が大量確保してしまっているのが現状だ。本当に本当にシャレにならない。

 人手は足りないが、補給もままならない。

 法人企業の九割が中小零細で成り立っている日本の片隅で、健気に働くサラリーマンの三月は、割とやんわりと地獄なのである。そのせいか、本間くんは実に口数少なく、ねぎまを串から外している。


 一体、この情勢不安はいつまで続くのかと、ハタラクゲンエキは溜め息しか出ないのだが、カクカク祭りとなると話は別なのである。


 生中を一気飲みして、ドンっと空ジョッキを卓上に置いた息子大将は、おもむろに口を開いた。


「せやけどな、実際、今回のお題アンラッキー7見て、これだけはピーンときたんや」


「多分、わしもや」

「うちも」


 間髪なく鳥飼さんとAIが頷く。

 もちろん、花子もである。

 今回カクカク非参加の本間くんだけは、呑気にねぎまを串から外している。


「ほな、せーので答え合わせします?」


 純米生原酒をきゅっと煽ってから、花子がニコニコしながら音頭をとれば、一同が「せーの」で綺麗にハモった。


「甲子園球場七回ウラ。ラッキーセブンの攻撃で、三者凡退ボンタイかます阪神打線!」


「ですよねー」


 プロ野球球団、阪神タイガースの本拠地、甲子園球場。

 その七回裏は通称「ラッキーセブン」と呼ばれ、賑やかなファンファーレとともにチアとマスコットがアクロバットを披露し、五万席を誇る観客席からジェット風船が放たれる、一大イベントなのである。


 だが、その気合の入る攻撃回で、三者凡退や併殺打で爆死し、あっさり攻守交代する光景も観戦あるあるだったりする。

 花子も「ひまぁー」と言いながら、持ち込んだポテチをボリボリする様を巨大なバックスクリーン映像に抜かれていて、恥ずかしい思いをしたのは一度や二度ではない。


 在阪歴は学生時代からという本間くんは、そんな含みの深い華麗なる混声四重唱を前に、ぶふっと吹き出した勢いで、皿からねぎまをポーンと場外ホームランしてしまい、向かいに座ったAIにめちゃくちゃ怒られまくる宴会となった。

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