不運、不発、六発
暁太郎
七発目なら絶対に当たるんだよ
「どういう事かわかるか?」
「いや、全然」
ヴェンの言葉にリエは頭を振る。
「つまり、オレが狙って撃つと、六発分までは当たらないんだよ」
「それって、凄い事なの?」
「見てろよ、これ、見てろよ」
そう言うとヴェンは、テーブル席の端の束ねて置かれた紙ナプキンを七枚取り出し、丸めてレジカウンターの側にあるゴミ箱を狙って投げ出した。
傍から見れば行儀の悪い客だろうが、場末の閑散としたレストラン、しかも深夜帯となれば咎めるような物好きなどいなかった。
ヴェンは片目をつぶってゴミ箱を見据え、くしゃくしゃの紙ナプキンを投げるが、一枚、二枚、三枚と続けてもシュートは決まらず、惜しい所で地面に落ちる。
そして、七投目。紙ナプキンは予め決められた軌道をなぞるかのように綺麗な曲線を描き、ゴミ箱へと吸い込まれていった。
その様子を見て、リエは東洋人にしては高い鼻を小さく鳴らして笑った。
「ワザとでしょ」
「おい、こっちは真剣に悩んでるんだぜ。六発は無駄撃ちになるし、相手だってYouTubeのCMが終わるのを待つみたいに大人しくしてくれるわけじゃあないんだ。これのせいで何度危ない目にあったか……」
「拳銃じゃなくて連射式のにすればいいじゃん。七発なんてすぐでしょ」
「ちゃんと狙わないとダメなんだ。サブマシンガンだと初弾以外はブレが生じる。狙っている事にならない。全弾パーだ」
「ふう~ん、難儀なことね」
リエが気の抜けた返事をする。この様子だと今の話をまるで信じていないだろう。リエはグラスに残ったウィスキーを飲み干し、足下に置いてある紙袋をテーブルの上に乗せ、ヴェンに差し出した。
ヴェンは素早くそれを取って脇に置き、チラリと覗き見て中の自動拳銃と弾丸を確認する。
「ま、アタシもこの業界そこまで長くないけどさ。新人が一年も無傷で生き抜いてるなら相当な腕だと思うけどね」
「ありがとう……。でも、この稼業は今回の仕事限りで終わりにするよ。こんな癖、何の役にも立ちゃしない」
「生でヤっても、六発目までは当たらないんじゃないのォ?」
「下世話過ぎる。やめてくれ」
リエの下卑た笑顔にヴェンは怪訝な顔を浮かべた。
ヴェンは腕時計で時間を見る。
「そろそろ帰るよ。あんたとも、これで最後かもな」
「辞める時はウチのカジノ寄ってきなよ。サービスするからさ」
「退職金代わりの報酬がなくなりそうだ」
ヴェンは苦笑すると代金の小銭をテーブルに放り、紙袋を手にとって立ち上がる。
カラン、カランと鈴の音がする。出入り口のドアに取り付けられた、来店の報せだった。ヴェンとリエは自然とそちらの方に意識を向ける。
白いスーツを着た、二メートルはあろう巨漢がドアをくぐるようにしてレストランに入ってきた。
この手の業界において、同類の「匂い」を嗅ぎ分けるのは否が応でも身につく。
ヴェンとリエの反応は素早かった。
リエは咄嗟にテーブルの下に隠れ、ヴェンは持っていた紙袋に空いた片手を突っ込む。白スーツの男が懐から銃を半分取り出した時点で、ヴェンは安全装置を外してトリガーを引いていた。
一発、二発、三発、四発
放った銃弾は標的の大きい体躯にも関わらず、全て側を通過し、壁やガラスを穿つのみであった。
ヴェンが舌打ちをする。既に白スーツは拳銃を構え、体勢を整えていた。
ヴェンは斜め前のテーブル席にダイブするように飛び込む。瞬間、発砲音が響き渡り、弾が命中する甲高い音が聞こえた。
「こっち!」
ヴェンの後方からリエが叫んだ。反射的に白スーツがそちらの方を向く。リエはテーブルから身を乗り出し、フォークを白スーツの拳銃を持つ手めがけて投げつけた。
白スーツは難なくそれを身を捩って避ける。しかし、それにより銃口を標的から逸らす形となった。ヴェンはその隙を見逃さなかった。
テーブル席から飛び出し、ヴェンは足を思い切り踏み込んで白スーツに肉薄する。拳銃を白スーツの身体に押し当て、トリガーを引いた。
ゼロ距離ならば、当てる外すという領域の話ではない。必中の策だ。
そう、思っていた。
ヴェンの自動拳銃がガチリと不自然な音を鳴らし、砲火を上げることなく、沈黙した。
「マジかよ」
ここまで来ると、もはや癖だけでは説明がつかない。不運、という以外に他なかった。
既に白スーツは銃をヴェンの腹部に殆ど密着状態で向けている。
命中まで、残り二発。だが、ヴェンの腕では一発までが限度だった。次の銃撃は、ほぼ同時に撃つ事になるだろう。退職金の代わりに弾を貰う結末が来る。
「ああ、もうクソッ! じゃあ狙わなきゃあいいんだろ!」
瞬間、ヴェンは銃を斜め上――つまり、白スーツの耳元にまで持っていった。
銃音が二発、続けて響いた。
耳元で轟音を食らった白スーツは、よろめいた体勢で銃を撃ち、そのお陰かヴェンの脇腹を少し掠めるだけに留まった。
ヴェンが銃把で白スーツのこめかみを殴りつける。
二メートルの巨体が、テーブルを巻き込みながら派手な音を立てて床に沈んだ。
ヴェンは倒れた白スーツに銃口を向け、トリガーを二回引く。初撃は外れ、二発目は白スーツの脳天を貫いた。
数瞬、ヴェンは白スーツが死んだ事を確認すると、天を仰いで大きく息を吐いた。
「あぁ……ヤバかった、今度ばかりは……」
「うわ~マジに本当なんだ……六発当たらないの」
リエが引きつった笑顔を貼り付けながら、近づいてきた。
「まさか、至近距離でも当たらんとかね」
「オレも自分のカスさにびっくりしてるよ」
「まぁまぁ、そう言わないの!」
リエはヴェンの肩をドンドンと叩く。ドッと疲れた身体に衝撃がやってきて、思わずむせた。
「良いもん見させてもらったからさ、お得お得」
「勘弁してくれ。もう仕事どころじゃない、今すぐにでも辞めたい」
「うんうん、それが良いよ。転職しよう……そのスキルを活かせる仕事にさ」
「はぁ? なにふざけたこと――」
そう言うと、ヴェンは眉をひそめた。ヴェンを笑顔で見るリエの瞳には、まるで獲物を見つけた獣のような怪しい光が宿っている。
ヴェンはあれからすぐに殺し屋を廃業した。今はリエからの紹介で新しい仕事を始めている。
簡素な机とパイプ椅子が二つ置かれたコンクリートの部屋。
ヴェンはそこで片側の椅子に座っていた。部屋の角に設置されている監視カメラを見て、うなずく。
ほどなくして、ドアから一人の男が入ってきた。紳士然とした中年の男だった。格好こそ整っているが、その眼の奥にギラついた飢えを隠そうともしていない。
男はテーブルを挟んでヴェンの向かいに座り、おもむろに口を開く。
「あんただな、『六百発を切り抜けた男』っていうのは。百勝なんざ、正気の沙汰じゃねぇ」
男の言葉に、ヴェンは小さく笑う。
「世の中何でも使いようはある」
ヴェンはそう言うと、懐からリボルバー式拳銃を取り出し、テーブルに置いた。
この銃の装填数は六発。
部屋に備え付けられたスピーカーから、陽気な声が響いた。
「さぁ、本日もやってまいりました、当カジノの目玉! この悪夢のロシアンルーレット、百人もの屍を積み重ねてきたヴェンに挑戦するのは――――」
不運、不発、六発 暁太郎 @gyotaro
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