セブン・スターズお断り

蜜柑桜

Your Lucky Stars make me Unlucky

 本日は土日祝日も関係ないプラネタリウム解説員の私にとって貴重な貴重な日曜休日。ダイニングの窓から見える空が黄昏色から紫紺へ変わっていき、星々がはっきりと姿を見せ始めた頃——晴れ渡った空よろしくいい気分で電子書籍を読み始めようとした私のスマートフォンに、天体観測を邪魔する稲妻のごとく旦那からのメールが入った。


「ただいま! 星歌、メール見た?! あのニュースの話なんだけ」

「本日、日曜休日のため宇宙ステーション星歌は七時閉業です。またの機会に」

 インターホンに出たら勢い込んで話し出した旦那、空人を秒でシャットする。この浮かれっぱなしの空中浮遊人が。入りたいなら鍵も自分で開けなさいよ。

 しかしこれでへこたれないのが、年中頭が宇宙の宇宙人空人だ。玄関のドアが元気よく開き、「メール見ただろ!?」と叫びながらリビングに入ってくる。

「どうして星歌は喜ばないの? 星歌も好きなセブンスターも関連する話なのに」

「私、喫煙者じゃないから」

「ごめんセブン・スターズSeven Starsだった」

「本日、神が作りたもう週の七日目、安息日のためクルー星歌、北斗七星セブン・スターズに行く気はありません。地上待機ですよろしく」 

 この私の夫である空人は名前通り空に頭が持っていかれた天文学者である。私が務めるプラネタリウム、「スペースドーム」が属する複合施設、「スペースプラネット」の本部ともいうべき天文台で働いている。

 天体が好きなのは構わない。かく言う私も星空が大好きだからプラネタリウムの「星空解説員」になったのだ。しかし、私は宇宙人になろうとは思わない。

 興奮して話し続ける空人を無視し、冷めてしまった珈琲を温めようとキッチンに向かう。

「メールにも書いたけどさ、今年はもしかしたら、軌道によってはセブン・スターズの近くをネオワイズ彗星が通るかもしれないって」

 ネオワイズ彗星とは識別記号C/2020 F3、つまりコメットとしては周期彗星分類Pではない。期待値が上がるのはおそらくここが理由なのだろう。空人のメールでもすでに読んだし、その後で観測所のデータ更新も確認した。

 これが今年は七月頃にかなり明るい光度で見られると言うのだ。通る位置は春から夏にかけて天体の指標となる北斗七星が目印になる。しかし彗星の軌道は現在、予測状況であり確実ではない。

「星歌も喜ぶと思ったのに。ネオワイズ彗星だけだったら一般人にはピンと来ないかもしれないけど、北斗七星ならメジャーだろ? ラッキーだって、この組み合わせ。きっとプラネタリウム解説に取り入れれば子供たちだって喜ぶって」

「子供たちはネオワイズ彗星なんておまけがつかなくてももっと喜ぶ話がたくさんあります」

 私の塩対応にも構わず、空人の口は止まらない。塩加減足りなかったのかしら。

「そうかもしれないけど、ほら天文台の詳細な観測写真とかあれば! あれは星歌も欲しくない? 僕が参画すれば」

「私はその時間をむしろ寝台特急北斗星ばりの豪華旅客鉄道の旅に当てたいわね」

 そうである。なんでこの半宇宙人の頭が本日はここまで浮いているかというと、例の彗星が消失しないかリアルタイムで張り込む観測チームに入れるかもしれないという余計な情報を仕入れてきたからである。

 全くもって迷惑千万である。その連続当直の間に、一緒に旅行に行く連休を取らないかと話していたことや、私の誕生日が彗星通過の推定期に含まれているのを忘れたのか。

 しかしそれをここで言ったら負けな気がする。

「まだ欠員が出るって決まった訳じゃないんでしょ。七月なんて数ヶ月先の話なんだし、それより大事なことが」

「ああそうだ。もう少しでシーズン終わりのアレもあった。集中観測入れるの忘れるところだった。ほら、オリオン座の位置がさ」

 ああ余計なことを言うのは私の口だ。オリオンが見えるのは四月頃までなのだ。人気があるのはわかる。オリオン座のうち有名なβ星リゲルは全天中、七番目に明るい。太陽の七十倍の大きさという話題性抜群な上に、位置によってはマイナス七等級なんて素晴らしい見え方までするのだ。この天文バカが食いつくのも無理はないというのに。

 屈してはいけない。私は星は好きでも地上人である。

 ここはやっぱり地上の大人の女性らしくスマートに決め込もう。よし、そうしよう。

「それよりせっかく日曜なんだし、今日はもう早めにご飯作り始めてちょっといいワインでも開けたりしない? 明日の仕事のために気分転換したいんだけど」

 そう言っていたら珈琲を温めていた電子レンジが「チン」とか間抜けな音を出した。何が夕飯だ。私は珈琲を飲みながら読書を決め込もうと思っていたのに。

 ええい、もう仕方ない。こうなれば夕飯作りますよ。しかし何とかして、どうにかして、せめて彗星観測チームに入らないように仕向けないと。今年の夏の地上イベントもことごとく空人と過ごせないじゃないの。

「ところで私の来年度のシフトなんだけど、去年からメンバー入れ替えも少ないし、大体今年と同じで希望通りに入りそうなのよね」

「へぇ、じゃあ予定も立ちやすいね。よかったじゃん」

 機嫌がいいせいか、「手伝うよ」と空人もキッチンに入って手を洗う。なんとかさっきの興奮状態からはやや気を逸らすことができたかしら。

「それでね、まあどうしてもの臨時は研究職なら仕方ないけど、空人のシフトも本決まりする前でしょう? 私みたいに空人も先にうちの予定のところ、言っておいたら避けられるんじゃないかな」

 ダイレクトに要求するのは子供っぽい気もするし。ここはやっぱり向こうから気づいて欲しいものじゃないですか。

「ああ、去年から言っていたやつあるもんね。えっと」

 よしよし、これはうまく行くかもしれませんね。覚えてるよね。旅行とか。誕生日とか。花火大会、去年は行けなかったから行こうと言っていた七夕まつりとか。

 この旦那相手だとなかなか最後まで持ち続けられそうにない期待に胸が膨らむ。今日は珍しく成功か? ネオワイズ彗星事件から好転、オリオン座のリゲルを凌ぐシリウスの如き光明が私に降り注いでいるんじゃないかしら。はたまた去年の七夕祭りにてるてる坊主をたくさん作って、織姫と彦星の最高の夜を祈願したおかげで、お返しのご利益が……

 私の期待が宇宙空間膨張に負けじと膨らむ。

 これこそ、天体バカを魅了する流れ星なんて滅んでしまえと思う私が、流れ星に祈願したい展開!


 しかし、叶うと思った期待こそ、落ちて消える綺羅星のようなもの。


 私と空人のスマートフォンが同時に光った。所からのメールである。

 件名を見た瞬間、一等星の如く空人の顔が輝き、威勢よく指が鳴らされた。

「すごい! 今年は七月七日に金星最大光度! これは見逃せるわけないやつだね!」

 超新星爆発の如く私の怒りが怒髪天をついたのはいうまでもなかろう。


 七がラッキー・ナンバーとか言ったやつ、今すぐここに出てきなさい。


 ☆完☆


参考文献

「東京の星空・カレンダー・惑星(2023年7月)」国立天文台NAOJニュース

https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2023/07.html


「2020年7月 ネオワイズ彗星が3等前後」AstroArts

2020年7月 ネオワイズ彗星が3等前後


「彗星」Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/彗星


柳谷杞一郎『星の辞典』東京:雷鳥社、2016年初版、2020年第8刷。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セブン・スターズお断り 蜜柑桜 @Mican-Sakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説