忌数7

御子柴 流歌

Numerophobia 7

「なぁ……」

「ぁん?」

 ぐったりした様子で友人が言う。その手には若干くしゃついた紙切れが1枚。

 言わずもがな、返却されてきたテストの答案だ。

 声だけでもすぐ判る。この調子だと恐らく赤点で追試確定といったところだろう。

 ――だから言ったのに。

「やっぱりダメだったよ」

「お前、反省してないな?」

 台詞自体はそこそこ元気そうなので何よりである。コイツのイイところはヘタなことではへこたれないところだ。なかなか折れてくれないという意味では悪いところかもしれないが。

「……ちょっと見せろ」

「あ」

 文句は言わせない。答案をひったくるように確認する。

「なんだ、もうちょっとじゃん」

 そこそこ悲惨な状況ではあったが、俺が思っているほどではなかった。てっきり15点とかその辺りを予想していたのだが、もう少し真剣に取り組めばどうにかなるようなポイントは見える。

 仕方ない、いつも通りに協力してやろうか――。

「ん?」

「どした?」

 定期テストらしく選択問題や記述問題が入り交じっている形式ではある。とはいえ、どうしてここまで『7』という数字が解答欄を埋めるのだろう。

 自分の答案と見比べてみてもその差は歴然。そして同時にその傾向も容易に察することができた。――何らかの数字を答えることが要求されている部分で、且つ自信が無さそうな部分に対してコイツは容赦なく『7』を書いていた。

 これは、訊くしか無いだろう。

「……何で、こんなに『7』が多い?」

「あの日のラッキーナンバーだったし」

「…………あ、そう」

 これは、訊いて損した。

「何。まさか、『これ、わかんねえな』ってところで全部『7』入れて外した?」

「そう」

 ため息が出そうだった。

「そもそも『ラッキーセブン』じゃん。だから、どーせわからんのなら何か数字入れておけばどれかひとつくらい当たってくれるべ、って思って」

 どうしようもないヤツだった。

「でもこれじゃあ、アンラッキーセブンだぜ、って感じだワ」

「クソも面白くないからな、言っとくけど」

「チッ」

 舌打ちをするな。

「でもさぁ」

「弁明なら聴くが、その後でしっかり勉強してもらうぞ」

 コイツに補習を受けられると部活の練習相手をする俺も困るのだ。

「いや、うん、『7』って縁起の良い数字に付くよなって。ラッキーセブン以外にも」

 ――ラッキーセブン。

 事の起こりは1885年。シカゴ・ホワイトストッキングス(現在はシカゴ・カブス)の優勝が決まろうとしていたその試合の7回に、ただただ平凡なフライを打ち上げたはずが風に乗ってあれよあれよとスタンドイン。試合にはそのまま勝利をし優勝を決めたと言う話から『ラッキーセブン』という言葉が生まれたとかいう話。

「お前が知ってる『7』が付く縁起の良い言葉、どうぞ」

「…………七福神!」

「おお」

 ちょっと意外なところから入ってきた。

「あとは……七草粥!」

「それは、……ん? いやまぁ、縁起が悪いことはないけど」

 無病息災を願うために食べるモノだし、5歩くらい譲って良しとしようか。

「あ、七味唐辛子」

「それは違う」

「…………七光!」

「もういいわ」

 漫才のシメみたいなことを言ってしまった。

「あとはもう、『七つの大罪』とかしか出てこないな。明らかにそれは縁起物じゃないし」

「それは漫画の方だな?」

「まぁ、うん」

「大丈夫だ、騎士団と同じ名前で分類されてるから」

「ああ、そうなん? 『強欲』とか『怠惰』とか?」

「そうそう」

「『憤怒』、『嫉妬』、『色欲』、『傲慢』、『暴食』?」

「完璧かよ」

 マンガとかを使えばコイツも勉強的な方の物覚えは良くなるんだろうな。

「とはいえ、それくらいだろ? 『7』が関係しててあんまりイイ感じにならないのって」

「お、案の定知らないな?」

「何がだよ」

 そんなお前に授けたい小ネタモノがある。

「素数って解るよな」

「あの、……あれだろ? 割り切れない数、的な。定義なんだっけ」

「だいたい解ってそうではあるな」

 1と自分以外の数では割りきれない、1よりも大きい自然数――というのが素数の定義のひとつだ。

「ちょっとした計算をしてもらおう」

「ほほう?」

 答案を裏にした上で、シャーペンを出してもらう。

「素数を小さい方から7つ書き出してくれ」

「えーっと……?」

 ヤツのペンは何とも心配になるスピードでえっちらおっちら動き始めた。

 出揃い始める素数たち――2、3、5、7、11、13、そして17。

「お前の好きな7も入ってるし、17も入ってる」

「おう。……で?」

「この素数をそれぞれ2乗してくれ」

「へえ……? えーっと、ににんがし……」

 スマホの電卓機能を使うなとは誰も言ってないのにわざわざ手計算をしてくれるのは、どういう見方をすればいいのだろう。

 それはさておき、さらにゆっくりと現れてくる平方数たち――4、9、25、49、121、169、そして289。

「はい。……これ、合ってる?」

「おう、合ってる。じゃあ、最後にこれを全部足してくれ」

「全部?」

「全部」

 4に9を加えて、13。

 13に25を加えて、38。

 38に49を加えて、87。

 87に121を加えて、208。

 208に169を加えて、377。

 そしてラスト。377に289を加えれば――。

「うわ!」

「はい、『獣の数字』の出来上がり」

 ――666の登場だ。

「だからつまり、お前が思ってるほど『7』は幸運だらけじゃないってこった」

「それ、大してウマくないぞ。ビックリはしたけど」

「そうかい」

 ――お後がよろしいようで。

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