どちらかわからなかった

淡島かりす

多分また次の議論が始まる

 ある日、東京の空に突然浮かび上がった半透明の文字は、その時に偶然空を見上げた何人かを切っ掛けとして瞬く間に日本中へと伝えられた。昼のニュースは意気揚々と「空に浮かぶ謎の「7」の文字!」のテロップと映像を出し、SNSはその写真とハッシュタグに埋め尽くされた。

 衝撃が一通り終わると、今度はその文字の意味を解明しようとする者が現れた。曰く、自衛隊の秘密兵器、某企業の特殊なドローン、宇宙人からのメッセージ、神からの終末警告、など多種多様で、それだけで何らかの派閥が出来る勢いだった。その中でもまだ現実的な説が日本中に広まった頃、夕方のニュースにコメンテーターとして出ていた天然キャラの男性アイドルが言った。


「そもそもあれ、7じゃなくてLに見えません?」


 コロンブスの卵のような説は、文字が浮かび上がってから三日後に唱えられた「あれは政府による集団催眠幻覚」説よりも素早く伝播した。

 Lには見えない、Lにも見える、Lにしか見えない、自分なんかは最初からLに見えていたから皆と話が合わなかった、Lに見えるヤツはどうかしてる、いやお前がどうかしてる。

 あっという間に人々は「L派」と「7派」に分かれた。そして最初の頃よりずっと熱心に、どちらに見えるかという議論をあらゆる場所で繰り広げた。

 しかも議論が進んでくると、この二つよりも遥かに劣勢ではあったが「宇宙から書いたキリル文字のG派」まで出てきたので、メディアもそれらの説をどうまとめるか悩んでいるようだった。

 「L派」が次第に優位になってきたのは、文字が空に現れてから一ヶ月経った頃で、それはいくつかの偶発的な事件と、何人かのインフルエンサー、あとは人気のお笑い芸人によって後押しされた。

 そしてある日のこと、人々を悩ませた文字は急に消えて、代わりに漢字の「七」が現れた。人々は最初の文字を後に「不幸な7」と名付けて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どちらかわからなかった 淡島かりす @karisu_A

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ