プレイアデスには届かない

森陰五十鈴

離陸

―・―・―・―・―・―・―


Dear. K


お元気ですか?

ケイラです。


今、私はスペースシャトルの中にいます。

これから、宇宙に飛び立つの。


お父さんから家族で宇宙に行くと聞いたときは

どうなるのかと不安でいっぱいだった。

今もまだ不安。

でも、新しい生活が楽しみでもあります。


君に会えなくて寂しくなるけれど、

こうしてメールはできるはず。

宇宙での生活のこと、またメールするから

楽しみに待っててね!


それでは、また。


幸運を


Kyla Starrett


―・―・―・―・―・―・―




 窓の外に携帯端末のカメラを向けて写真を撮る。小さな枠の向こうに見えるのは、広い敷地にアスファルトが敷き詰められただけの、面白みもない空間だ。左端に、さっきまでケイラたちがいた空港の四角い建物が入り込んでいる。

 そんな写真をメールに添付し、文章を打ち込んで送信する。宛先は〝K〟。


「友達にメール?」


 隣席の父親が尋ねる。少し動くだけで肩と肩が触れ合ってしまう、シャトル内の狭い座席。両手で握りしめていたケイラの端末の画面が見えてしまったらしい。


「もしかして……彼氏?」

「違うよ!」


 恐る恐るといった様子で尋ねる父親の言葉を、ケイラは即座に否定する。確かに頭文字で宛先を誤魔化してはいるが、相手はただの友人だ。女の子とはいえ十歳のケイラには、色恋沙汰はまだ早い。そう自分でも思っている。例え、メールの相手が男の子であろうとも。

 だが、これからその友人と会えなくなると思うと、寂しくなるのも事実だった。


 ケイラの父は、システムエンジニアだった。これから、地球−月間のラグランジュ・ポイントにある七つの宇宙ステーション〈プレイアデス〉の一つ〈ケライノー〉へと仕事へ向かう。ケイラはそんな父についていって、しばし宇宙で生活することになっていた。


 まだしつこく尋ねる父を無視し、ケイラは端末の画面を切り、窓の外を眺める。雲ひとつない青い空。天候も穏やからしく、快適な宇宙への旅を過ごせるだろう、というのが、添乗スタッフの言葉だった。


 ほどなく、座席が五十ほどのキャビンの中に出発のアナウンスが流れる。はじめて宇宙へ旅立つケイラの胸に期待と不安が押し寄せる。

 ベルトでがっちりと固定されたケイラの身体に、加速度が掛かり。

 窓の外の景色は、あっという間に大地が遠ざかり、海が覗いたかと思うと、大気圏を貫いて、星の海へと辿り着いた。

 ここからしばらく、宇宙ステーションに辿り着くまでは、ゆったりとした旅程となる。

 許可が下りたので、ケイラはシートベルトを外した。途端、ふわり、と自らの身体が浮いた。

 初めての体験に、友人との別れも忘れて浮かれていると。


「全員そこを動くな!」


 雷鳴の如く轟いた声に、たちまち冷水を浴びせられる。


 前席のシートのヘッドレストを掴んだケイラが見たのは、操縦席の方へと向かう扉の前に立ちはだかる男。その手には、銃が握りしめられていた。

 映画でしか見たことのない光景に、ケイラは息を呑む。

 ハイジャック、という言葉が頭に浮かぶと同時に、その小さな身体はたちまち恐怖に包まれた。




 二十年前に滅びた月面都市アルテミス。その再興を目的とし、拠点として造られた七つの宇宙ステーション、総称〈プレイアデス〉。

 だが、その〈プレイアデス〉の本格稼働を目前としたところで、各宇宙ステーションへと向かったスペースシャトル七機をハイジャック・テロ事件が襲った。大気圏を通過した後、名もなきテログループによって乗っ取られたシャトルは、宇宙待機軌道を約七十二時間周遊した後に、乗客を乗せたまま大気圏へと墜落。多くの死者を出す。

 この事件は後に〈アクタイオンの墜落〉と呼ばれることになる。




不運アンラッキーだったな、あんたたち」


 月を辱めようとしたばかりに、と心底同情しているかのような男の声を、ケイラは聞いた。




 幼い少女はまだ知らなかった。

 この事件が、自らを、そして友人の運命を大きく変えることに――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プレイアデスには届かない 森陰五十鈴 @morisuzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ