あんはっぴーふぇありー

篠騎シオン

アンラッキーはアンハッピーじゃない

おかしい。


初めて感じたのは、何回前だったが、もう思い出せない。

私はそのたび、違和感に蓋をして、隅に追いやって見ないようにしている。


「今回も不運ばかりだったし、うまくいかなかったわね。はい、本」


私が差し出した本を、不審な顔で受け取るあなた。

不幸な人生を送り、その記憶を持ったまま終わりない転生を続けている。

そんなあなたには、似つかわしくないピュアな表情。


「あ? う、うん……」


本を開いて読んだあなたは、突然雷に打たれたような顔をして、それから、いつもの表情へと穏やかに戻っていく。


「行こうか、僕の”不死”の妖精」


そう言って、悲しみを全身に湛えた、けれど優し気な表情を浮かべて私に手を差し出す。

そんな彼に、私は今回も甘えてしまう。

私たちは、自分の生を、自由な終わりをつかみ取るために、旅を続けている。




「”不死”の妖精って言葉からして不吉よね」


「あー、うーあー!」


私が鈍く瞬く羽でほっぺたをくすぐってあげると、赤ちゃんは嬉しそうに笑う。

これは、私のパートナー。

可愛い可愛い赤ん坊だけれど、あの少年だ。


普通、妖精と少年少女の出発点である”本屋”を出発する子どもたちは、病気やケガだけが治った状態でそのままの体で旅に出る。

けれど彼の場合は、死の度に再び”本屋”に戻り、生まれなおして旅に出ているのだ。

ふつうの妖精だったら面倒くさいと思うかもしれないけれど、私は結構赤ん坊の彼を見ているのが好きだ。


ふわふわで、柔らかい。

そのほっぺたは、ムチムチの手足は、幸福の塊だ。

彼の不幸も、赤ん坊の時は少しだけなりを潜める。


と、私が思ったのがいけなかったのだろうか。



「ちょっと、その子を離しなさいよ!」


「けっ、邪魔くさい妖精だ。俺達にはこいつの持つ魔力が必要なんだよ。あー、もうめんどくせぇな、お前も一緒に入ってろ」


彼を守ろうとしてまとわりついていた男に私は放り投げられ、彼と一緒の檻の中へ。

私は、彼のゆりかごの上にふわりと着地する。


「うーう?」


そんな声を出して、綺麗な瞳で私のことを見つめてくるのは幼い彼。

子どもの時は、意識や記憶があるものの、あまり複雑な思考が出来ないと彼は言っていた。

今、彼には私しかいない。

私は覚悟を決める。

彼を、守るんだ。


とはいっても、妖精は一人では魔法ひとつも外に発現できない。

本の主である少年少女との心のつながりが、対話があってこそ、魔法は、奇跡は起こるのだ。


今、私に出来るのは彼を死なせないことだけ。

たったそれだけだ。


それから私たちは、しばらく闇の中を運ばれ、そしてその先で大きな檻に移された。

心の中を不安が駆け巡る。

彼が動けない状態でこんな大きな困難に出会う今までの生でも初めてだった。


彼を死なせない、それはできる。

けれど、幼く傷つきやすい彼の心を、私は守れるのだろうか。


「さ、まずは第一の魔法薬だ。これからお前らには七つの薬を味わってもらう。飲むお前にはアンラッキー、でも、俺にとっては超ハッピーな薬たちだ、おい」


男に命令された手下が、薬を持ってきて、彼の口に薬を流し込む。


「待ちなさい!」


私が飛んで彼のところにたどり着く前に、そいつは薬を飲ませて終えてしまう。


「これは恐怖を増幅する薬だ! 恐怖とはすなわち力。力は魔力に変換される。お前にはたーっぷり、恐怖を味わってもらうからな。」


そう言いながら、男たちはある夫婦を連れてきた。

体中傷だらけだが、まだ生きている。私と彼が見知っていてそして、この世界でたくさんの愛を受けとってきたそんな相手。

幼い彼の目の前に、彼の黒い瞳に、自らを産み、愛してくれた両親の姿が映りこむ。

両手、両足を機械のようなものに縛り付けられた、恐ろしい姿。

両親がたどる結末がわかるのだろうか、彼は恐怖に顔を引きつらせ、赤ん坊と思えぬほど目を見開いていた。


「じゃ、ショータイムと行きますかあ!」


まずは、母がレバーひとつで八つ裂きにされた。

脳までしびれるような叫び声。

その子だけは、その子だけはと懇願し続けた彼女はもう、ばらばらで言葉を発さない。

彼はなにかの糸がちぎれたように、赤ん坊の姿で泣き叫ぶ。


そんな彼にご満悦な様子の男だったが、はっと自らの過ちに気付いたような顔をして、額をぺしりと叩く。


「くそっ、何やってんだ。赤ん坊にこんなの見せても大したトラウマにならないじゃねぇか。ま、親はもう一人いるからセーフか、くくっ。おい、二つ目の薬、持ってこい!」


「へい」


手下らしき奴が答えて、ビンに入った液体をこちらに持ってくる。

中身の液体は、恐ろしいほど透き通っていて、水のようだったが、どう考えても健康的ではない危ない香りがする。

……もう二度目だ。私も油断していない。

そんなもの彼に飲ませてなるものかと、私は手下に思いっきり体当たりを喰らわす。


「い、いやあああ」


手下の手からビンを吹っ飛ばそうとしたのに、吹っ飛んだのは私だった。

体中がびりびりして、目がちかちかする。


「兄貴、ほんとに効きましたぜ!」


「当たり前だ。俺の調合した魔法薬だぞ。たーっぷりそいつの体には妖精除けを塗ってあるってわけさ。これが三つ目の薬」


「さすが、兄貴」


そう言いながらそいつは、赤ん坊の彼に二つ目の薬を飲ませる。

するとどうだろう。

彼の体は成長を始めた。

3歳、5歳……あっという間に10歳くらいの少年の姿になる。


「やっぱりすげぇ、兄貴はすげえや」


手下は感嘆を漏らしていた。後ろの男はご満悦な様子でふふんと鼻を鳴らす。


「魔法の力は、このくらいの少年少女が一番強いって言うからな。ふふ、感じるぜ、赤ん坊のころからただでさえ強かったそいつの魔力がよりいっそお強まるのを」


私は、そんな彼らを無視して、少し大きくなった彼のそばへと近寄る。

これはチャンスだ。

大きくなった今ならきっと、魔法が使える。

彼の父親だけでも助けることが出来る。

そして、自らの体の中の亜空間から本を取り出して、彼の手に握らせる。


「魔法を使うのよ。お父さんを助けるの!」


10歳ともなれば、彼はいつだって色んな敵と戦っていた。

今回だって――


でも、彼は動かない。

本を握った手はうなだれたまま。

どうして? 先ほどの恐怖の薬が効いているせい?

焦る私の目の前ににょきりと、あの男の顔が伸びてくる。


「おーっと、そいつは妖精の本か? こんなとこに隠し持ってたとはな。そーんな、細い体のどこに入っていたんだか」


男は私の体を嘗め回すように見る。

それは深い極まりない性的な視線で、私は身震いする。

でも今はそれどころではない。


「ねえ、魔法を使って。お願い、今ならまだ間に合う。あなたは大きくなった、戦えるはず!」


私の言葉に奴は嬉しそうに笑う。


「なーにを期待してんだかわかんねぇが。10歳の体になったからって、10歳の心を求めちゃいけねぇぜ? 体と魔力は無理に大きくできても、心を育てるのにゃあ、時間が不可欠だ」


その言葉を聞いて私ははっとする。

私はまた何を。

自分が守るってさっき誓ったばかりなのに彼に頼ろうとして。


「これで俺の目的も達せられるってわけだ、な!!」


そう言って一思いに彼は八つ裂きにするレバーを作動させる。


「お前は生きろおお」


父の叫び声に、彼はびくりとする。

そして泣き出す。

ああ、あああああ。私じゃ、彼の心が守れない。

私はいつだって不幸を運んでいる。


「さてと、第1フェーズ終了だ。おっとそうだ、念のため、その妖精の本は回収しておくぜ? 本で何かされちゃあ困るからな。おい」


男は手下に明じて、彼の手から本を奪おうとする。

もう、ダメだ。

絶望的しか見えなくて、へたりこむ私。

けれど近くでもみ合う物音がする。顔を上げると必死に抵抗している彼の姿。

え、彼が、抵抗している?


「だめ、なんだ。このほんだけはまもらなくちゃいけないんだ」


先ほどまでしゃべれなかった彼が話し出している。

……そうか!

心を育てるのに、時間が必要。

必要な時間ならとっくに彼は過ごしてきた。

育てる時間じゃない、思い出す時間なら。


「それなら私でも!」


時間稼ぎのために、私は体ごと手下の顔に体当たりをする。

目も頭も心も体もグラグラチクチクするけれど、どうでもいい。

彼のために、私が何かできるなら……!


「はなせ! このほんがなきゃ、ぼくはぼくでいられなくなるんだ!!!! ……離せ」


最後の言葉とともに、周囲に魔法の気が満ちる。

私がまとわりついていた男の力が抜けていくのを感じる。


「やったわ!!」


ふらふらとしながらそれでも目をあけた私の瞳に映ったのは、悲しそうな彼の顔と、呆けた男が二人。


「赤ん坊から、なんて不運なんだろうね」


「本当に」


そう言って笑い合う。

そして訪れる、痛いほどの沈黙。

気まずい空間。


抱き合ってもいいくらいだったが、自制の効いていなかった彼の先ほどの言葉が私の頭の中で何度も何度も、こだまする。


『自分が自分でいられなくなる』


感付いてはいた。

けれど、認めたくなかった。

だって、認めてしまったら、私のプライドがそれを言わずには、いられないから。


『先に逝っていいよ、と』


彼はずっと前からもう、解放されていたのだ。

私は妖精の本を拾う。

そして中身を見る。

彼は、それをもう、止めない。

その中には、綿密で美しい魔方陣。

彼が、道中にいつも書き残し、加筆し続けていたのはこれだったのだ。

転生して失った記憶を魂に再び定着させるためのその魔方陣の目的は、すべて私のため。

私を置いていかないため。


私の心がかき乱される。

思い出すのは、過去に一度だけあった死のチャンス。

その時私は、彼をおいていきたくない一心で彼に助けを求めてしまった。

どうして私は、彼は、あの時あの選択をしてしまったのだろう。

自分の望みを叶え先に逝くものに対する妬ましさ。

あの時もしかしたら、彼はこんな気持ちに任せて助けたのだろうか。


違う、よね。


あの時の彼の目を思い出す。

痛みに悶える私を想うまっすぐな瞳。

あれは、妬みに燃えたものでは絶対にない。


「ねえ、いつから?」


努めて明るい声を出して、彼に問いかける。


「あの……イリィが死にかけたあの時に。僕の魂の一部が浄化されるのを感じたんだ。あの装置が壊れた影響だと思う」


イリィ、と彼は私の名を苦しそうに呼ぶ。

つまり、私と彼、どちらかしか運命から助からなかったというわけだ。

では、やはり喜ぼう。


不幸を運ぶ自分ではなく、不幸に付きまとわれてきた彼がその運命に微笑まれたことに。

そして、逃れたいと思っていた運命にしがみついてまで、私の隣にいてくれていることに感謝こそすれ、恨んでいいはずがない。


「なるほどねー。すごい奇跡。やっぱりあの悪の組織は、すごかったのね」


ふわり。

私がそういった瞬間、体が暖かいもののに包まれる。


「ごめん、イリィ」


耳元で声がする。

私は彼の頭を優しくぽんぽんと撫でた。


これからの一人の旅路は寂しかったけれど、言わなきゃいけない。


「ねえ、あなたはもう……」


「さてと、ここから出なきゃだね! あ、下っ端のそいつがカギをもっていたみたい」


彼は床に落ちていたカギを拾って、檻を開けて外に出る。

私との話題を避けるように。


「ねえ、ちゃんと聞いて……」


「にしても、こいつの魔法力もなかなかすごいね。赤ん坊だった僕をここまで成長させるなんて。あの悪の組織のボスにも匹敵するんじゃないかな」


「お願い、聞いて!」


沈黙。

彼がこちらを振り返る。


けれど、振替えった彼の表情は私が想像していたものとはかけ離れていて、どこか喜びに震えているような、そんな――


「ねえ、イリィ、見てよ!!」


興奮した様子で私に見せてくるのは、魔法薬の資料。

七つの薬のその概要。


一、恐怖増幅薬

魔法力を高めるために対象の恐怖を増幅する。


二、成長促進薬

対象を最も魔法力が高まる10歳程度まで強制的に成長させる。


三、妖精撃退薬

妖精を無効化し、魔法薬材料として適切な状態に移行させる。


四、妖精溶融薬

妖精を溶かし、液体とする。


私はそこで顔を上げる。


「この薬を使えば、”不死”の私でも?」


若干痛そうだな、この間より痛くないといいななんて思いながら顔を上げると、彼は首を振って先を読むよう促した。


――五、魔法の純化薬

溶かした妖精で調合する薬。

妖精は純粋で指向性のない魔法を持つ。

妖精と対象の魂を同化させ、魔法を変換させやすくする。


六、絶望化薬

魔法力から絶望へと変換する。(可逆反応)


七、反転薬

対象に満ちた魔法を反転させる。

このとき十分な魔法強度がなければ失敗してしまう。


「絶望を希望へ、つまり最大の幸運を含む魔法を完成させる」


私のつぶやきに、彼はうなずく。


「イリィ、君の”不死”は君の体に満ちている魔法そのものだ。つまりその魔法を反転させれば」


「”不死”の反対は、死。つまり平凡な、普通の生が送れる?」


にわかには信じられない話だった。

そもそも、この男の書いた言葉が正しいことかもわからない。

そんなことを信じるなんて、そんなリスキーなこと……そこまで考えて笑ってしまう。


「何考えてるのかしら。私たちの身に起こることでお互いを失う以上に怖いことなんてないわよね」


「そうだよ、そもそも不死なんだし」


「でも、これ、十分な魔法強度がなければ失敗してしまうって。私の”不死”はしぶといけど、そんなに強いものじゃ……」


私の言葉ににっと笑って、彼は6と書かれた魔法薬を飲み干す。

彼の魔法力が膨れ上がるのを感じる。


「大丈夫。絶望なら変換なんてされなくても、どれだけ味わってきたか……!」


彼が本を片手にそっと私に触れる。

本を通して、彼の魔法力が私に流れ込み、不死の力が増幅されていく。

7とかかれたビンを差し出してくる彼。

私はそっとそれを受け取って、口をつける。

私たちにとってアンラッキーな結果となるはずだった7つめのそれは、私たちに最高のハッピーを与えてくれた。

最強の平凡は僕らを包み、両親が亡くなるという非凡な結果さえ、覆してしまったのだった。




夕焼けの中、僕は一つの魔法薬に手を付ける。

それは、永きをともにしてきた友人の終わりの姿。

昨日、彼女はこの世界で自由な終わりを迎えた。

その最後の心をとかした魔法薬。


「ねえ、イリィ。僕らは自由な終わりにたどり着けたかな」


今回の生は、良くも悪くも普通で、不幸と幸運がないまぜになって。

一言でいうと、そう素晴らしいものだった。

僕は、しわくちゃになった自分の手を撫でる。

それからいつも傍らにあったあの本を探そうとして、彼女とともに消えてしまったことを思い出す。

もう記憶を維持するための本はない。ここは僕という意識の終わりでもある。

けれど、僕の魂は転生を続けるだろう。

そんな旅に少しでも君と臨みたいと思うのは、僕のわがままだ。


「願わくば、次も君とともに」


そうして僕は静かに、息を引き取った。



――五、魔法の純化薬

溶かした妖精で調合する薬。

妖精は純粋で指向性のない魔法を持つ。

妖精と対象の魂を同化させ、魔法を変換させやすくする。

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