終わりのアサシンはアンラッキー7を殺せない

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

終わりのアサシンはアンラッキー7を殺せない

 私は殺し屋の尾張朝おわりあさ

 依頼主は正体不明。そして標的は一般男性の荒木七あらきなな(25)。

 標的を調べてみたけれど、ごく普通の人。妙な依頼だが・・・・・・簡単な依頼だと思っていた。

 初めて狙撃をした、その時までは。


 休日でもぬけの殻のビルの屋上。眼下にはビル群を貫く大通りが見える。

 ここから大通りまでの距離は500m。今日は無風で快晴。仕事をする環境としては十二分だ。

 スコープの先に黒いジーンズに緑のタートルネックを纏った標的を見付けた。

 相手は全く気付いていない。それでも限界まで神経を尖らせて引き金に指を置く。

 弾丸は大口径。当たれば頭が無くなって痛みすら感じさせない。

 標的の歩みは変わらない。ゆっくりと、しっかりと、狙って、引き金を引いた。


 その瞬間、引き金を引くと同時に標的の体が崩れ落ちた。弾丸は頭の中心に命中。そして砕いた。その瞬間、心臓がドクリとした。

 だって、自分が砕いたのは標的の頭蓋じゃなくて上から落ちてきた巨大な石膏像の頭だったから。

 スコープの向こうで大口径の弾丸に空中で砕かれた石膏像が地面に撒き散らされていく。覗き見ている光景から少し遅れて、小さな悲鳴がこっちにも聞こえてくる。それでもそれは石膏像が落ちてきた悲鳴。地面に広がる真っ白な欠片が引き金になって起きている悲鳴、人間の頭が無くなって赤くなった時の悲鳴じゃない!

 失敗した、撤退しよう。


 その日のニュースでは、私が見ていた一部始終が大々的に報道された。

 あの通り、標的が丁度立っていた場所の真上で行われていた美術展に男が乱入。そいつが暴れて石膏像を窓から叩き落したらしい。

 しかも幸運な事に男は銃を持っていて私の使った弾丸が装填されていた。

 見つかった弾丸は潰れてライフルマークが解らず、警察は私の狙撃を男のせいにしてくれた。

 石膏像が不思議と空中で砕けたせいで、真下にいた標的に怪我は無かった。


 ……次だ。


 銃が駄目だった。なら毒だ。

 男が年に一度必ず行くレストランに給仕として忍び込んで、スープに強塩基性の毒を混入させた。

 これならば石膏像が落ちてきてもなんら問題は無い。

 スープはポタージュ。毒の味は解らない。一口、一口だけ入ればそれで終わる。

 だから、毒入りスープを飲み干して美味しいと抜かした時にはゾッとした。

 何人分の致死量を入れたと思ってるんだ?

 そんな事を思っていたら、『何で死なないんだ⁉』とキレたシェフが標的に食ってかかっていった。

 給仕としてシェフの阿呆を押さえたら、強酸を先に入れてやがった。しかも何人分の致死量を、丁度こちらが入れた毒を中和する量を……だ。

 抵抗したから殴り倒して、警察に送り込んだ。


 ……次。


 漏電に見せかけて殺そうとしたら、丁度来ていた強盗がそれに引っ掛かって爆発&炎上。強盗がカリっとこんがり焼き肉になりかけて救急車に運ばれ、本人は家の目の前で立ち尽くしていた。


 次!


 なんかもう殺そうとしたらそれ以上の不運が殺意にぶつかってきて、なんか生きていた。


 次……ネタが尽きた。もう殺しのネタが尽きた。ナニアレ殺しのネタが尽きるってドユコト?

 取り敢えずこのクソ現状を引っ繰り返すべく私はある場所へ向かった。正体不明だった依頼主の居場所へとだ。

 「ということで、どういう事だ依頼主?

 『一般人をブチ殺せ。何としてもブチ殺せ。何度失敗しても殺せ・・・・・・・・・。』とかいう意味不明な依頼内容を私に突き付けたよな。

 一般人をブチ殺せ?石膏像が頭に当たりそうになって『あーびっくりしたー』で済ませて、毒を飲まされそうになって『あ、デザートって作って貰える?』と抜かして、家が燃えて『火災保険の申請面倒くさいなー』とか抜かす阿呆の何処が一般人なんだ?え?

 しかも自分の孫・・・・を狙わせて、爺、手前何がしたい?」

 老人に銃口を向けても無駄だ。今日死ぬか明日死ぬかの違いしかないのだから。それでも、それが一番安心する。

 自分の孫を殺し屋差し向けて殺すなんて異常者が過ぎる。けれど、異常者には異常者の顔がある。目の前の爺には異常者の顔が無い。

 「……ウチの孫、ものすっげぇ不運なんよ。」

 「は?」

 「通学途中に通り魔誘拐交通事故違法薬物の取引半グレの抗争に巻き込まれる事幾百千。休日に銀行コンビニ強盗痴話喧嘩の刃傷沙汰に巻き込まれる事幾百千……もう呪いか嫌がらせの類だと思ってたんよ。」

 冗談だろ、それ。なんで生きてるんだ?

 「呪いや嫌がらせの類だと思っていたんだが、どうもその度に生き残っとるんよ。

 実際通り魔にあった時には電柱が倒れてきてギリギリセーフだったり、誘拐された時には乗せられた車が大事故起こしてたし、交通事故はなんか雑に無傷じだし違法薬物の時は組織の内ゲバの銃撃戦に巻き込まれてなんとかなったし……こりゃもう不運極まり過ぎてギリギリ生きてる孫なんじゃなって思ったんよ。

 で、孫が今年25歳で本厄なんよ。で、流石にやべー死ぬって思って、ちょっと爺に殺されるってやべぇ厄起こせばそれ以上は起こらんかなって……あの子にこれ以上不幸は無いかなって。」

 異常者顔じゃないけど、やべぇやつだ。この爺……。

 だが、実際に効果は出ている。

 石膏像を私が撃たなければ死んでいた。毒を入れなければ無毒化は起きなかった。漏電がなければ強盗と遭遇していた。

 標的は不幸だが、超々ギリギリで命を繋いでいる。……成程。

 「依頼内容に虚偽があった。それは解ってるな?」

 「あー、良いよ。命でもなんでも持ってくと良い。」

 「追加料金、当初の倍を出せ。それで依頼は継続しよう。」

 「……マジで?」

 「あぁ、興味が湧いた。殺し屋として、標的を殺せずにこのままいるのは寝覚めが悪い。」

 「やった!マジ?孫殺してくれんの⁉やっりぃ!」

 銃口を突き付けられながら飛び跳ねるクソ爺が、目の前に居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終わりのアサシンはアンラッキー7を殺せない 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ