自分の人生に、ほんの少しだけ

野森ちえこ

不運の七、幸運の七

 七は一般的に幸運の数字だと思われている。ラッキーセブンなんていわれるくらいだ。

 七福神、七草、七宝、七元徳、七夕——『七』にまつわる伝説や逸話が世界中にあることからも、いかに特別な数字なのかうかがい知れるというものだ。


 だから七月七日に生まれたオレの人生は幸運が約束されている。と、オレの両親は思ったらしい。まあたしかに縁起がよさそうな誕生日ではあるが、さすがに大袈裟なんではないかと、苦笑する友人などもいたようだ。しかし聞いて驚け。オレは七月七日の朝七時七分に生まれたのである。見事な七ならびである。

 当事者のオレとしても奇跡といいたくなる気持ちは理解できた。が、初七日、七つの大罪、七不思議——『七』にまつわるものはなにも幸運や幸福ばかりではないのである。


 ツイてるかツイてないかでいうなら、オレの人生は圧倒的にツイてない。

 子どものころ、たのしみにしていた遠足当日に熱をだすのはお約束。

 めずらしく参加できた修学旅行も、ばあちゃんが死んだと途中で呼び戻された。

 第一志望だった高校の受験会場に向かっていたときは、よそみをしていたらしい自転車に背後から追突されて相手もろとも転倒。手首を骨折して額を五針縫うはめになった。

 新しいシャツには鳥のフンを落とされ、初デートの朝には目覚まし時計が壊れて大遅刻。

 なにごとにおいても、ここぞというときに不運に見舞われる。

 そんなオレについたあだ名はアンラッキーセブン。

 ちなみに浮かれた両親によってつけられたオレの名は七輝ななきという。

 七。オレにとって、それはもはや呪いの数字である。


 ⑦⑦⑦


 高校生になったころにはもう、夢やら希望やらはぜんぶまるめて投げ捨てていた。

 最初は偶然だ、気のせいだとなぐさめていた両親も、そのころにはすっかりあきらめていた。

 どれほど順調にすすんでいても、最後には必ずケチがつく。

 生きていればいつかいいことがあると人はいうけれど、オレは声を大にしていいたい。『いつか』っていつだよ!


 なんにせよ、幼いころからのつみかさねによって、おれは立派なネガティブ人間に成長した。

 それでも、学生時代はまだよかった。オレの不運を笑いとばしてくれる友人たちにずいぶん救われていたのだと気づいたのは社会に出てからだ。

 どうにか採用された会社でも、メンバーにえらばれたプロジェクトは頓挫するし、大口の契約も流れた。それも、一度や二度ではない。

 仕事において、オレのアンラッキー体質はシャレにならない。まったくもって申しわけないと思う。窓ぎわに追いやられても文句はいえなかった。


 しかし。しかしである。オレだって好きでこんな体質に生まれたのではない。

 この理不尽なアンラッキー体質をどうにか活かせる道はないものか。そんなことを考えるようになった。窓ぎわ部署に移動になり、ひまになったおかげである。不運もたまにはプラスに作用する。


 そうしてあれこれ考えた結果。人の不幸は蜜の味。みんな大好き自虐ネタ。ということで、これまで経験してきた数々の不運や失敗談を小説仕立てにしてネットで公開してみたのだが、これが思いのほかウケた。

 どれくらいウケたかといえば、書籍化の打診がくるくらいウケた。

 しかし忘れてはいけない。ここぞというときにダメになるのがオレの人生である。

 どうせ最後はとりやめになるのだ。時間のむだである。ということで丁重に辞退させてもらおうとしたのだが、担当の編集者がおそろしくしつこかった。

 あまりにしつこいので、つい実話がもとになっているということだけでなく、これまでの人生まで語ってしまった。そうしたら、しつこさがさらに増した。なんでだ。


 ――だまされたと思って、私を信じてください。


 日本語が破綻していることに、彼女は気づいていただろうか。

 だいたい、オレにとってはその名前からして縁起が悪すぎた。

 七星ななほし 七菜子ななこなんて、いったいなんの冗談だ。


 メールで電話で、七星は毎日のように連絡してきた。メールは無視すればいいし、電話だって着信拒否すればいいのだけど、なぜかオレはそうしなかった。作品を通じて、不運まみれのオレの人生を肯定してもらえたような気がしたからかもしれない。


 そんなこんなで、結局オレは根負けした。どうせひまだし、やるだけやってダメになれば七星もあきらめるだろうと、そう思ったのだけど。

 どうしたわけか、オレのアンラッキー小説は驚くほどスムーズに出版されたのである。


 ――私、運がいいんです。あと、本番に強いんです。準備段階ではグズグズでも、本番ではたいていうまくいくんですよ。


 どうやら七星はオレとは真逆の体質らしい。

 今回は彼女の幸運体質がオレのアンラッキーを上回ったというところだろう。これくらいで自分に運が向いてきたと思えるほどオレはおめでたくできていない。


 七を五つ持っているオレ――七月七日七時七分生まれの七輝と、七を二つ持っている七星 七菜子。

 はたしてこの出会いはラッキーなのか、それともアンラッキーなのか。現段階ではまだ判断することはできない。

 期待して落ちるのはまっぴらである。と思っている時点で期待しているのかもしれないが。


『重版きまりましたよ!』


 人がせっかく慎重に、ネガティブを発揮しようとしていたところにそんな弾んだ声で電話がかかってきたら、やっぱり期待してしまうではないか。

 自分の人生に、ほんの少しだけ。

 期待したくなってしまう。


     (了)

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