My Unlucky Number.7

メイルストロム

Seven.


 ──私はヨル。都内某所にある工房アトリエに住み込みで働いている、27歳になったばかりの人形師見習いだ。

 そしてこの仏頂面の麗人は私の師匠であるリブラ。本名はおろか年齢も知らないし、聞いたところで教えてくれる気配がない。滅茶苦茶腕が立つ人形師という事と、極度の人間嫌いということしかわからない謎だらけの人だ。


「……ねぇ師匠。鶏が先か卵が先が、そんな話ってありますよね?」

「ありますが、それが何か?」

「私らみたいな無名の職人が〇〇の卵とか言われる事あるじゃないっすか。だから卵って呼ばれる時点で成鳥ビッグになれるのかなぁと思いまして」

「はぁ……この凡骨、寝言は寝てから言ってください」


 憐れむような視線を向けられた上、救いようが無いと言わんばかりのあからさまな溜息をつかれてしまった。


「酷いな……そんな溜息つかなくてもいいじゃないっすか師匠」

「酷いのは貴女の人形ですよ、ヨル。よくもまぁこんな中途半端なモノを見せようと思いましたね? こことここ、縫い目が均一ではありませんし毛束の造りも甘い。これでは5年も経たずに長さが変わってしまいます」


 指摘と共に返された人形を見直すと、確かに師匠の言う通り2箇所ばかり縫製が甘い所がある。しかし毛束の造りが甘いと言われても、あれは中に埋め込んでいる場所だ。分解もなくどうしてわかるのだろう?


「あぁ、それとヨル。

 これでは課題未達成なので、四日後にまた同じものを提出してください」


 人形の髪を手櫛で軽く梳かし、具合を確かめているととんでもない言葉が聞こえた。これと同じものを四日後に作れだって?


「よ、四日!?」

「えぇ、四日後に再提出をしてください。

 それでは私は寝ますので、また明日」

「えっ、ちょ……師匠! せめて五日にして下さいって!」


 流石にそれはキツイ。日々の業務だってあるし、夜は夜で居酒屋などのバイトもしている私にそこまでの余裕なんてない。コレを作り上げるのにだって10日はかかったというのに!


「……ヨル? 一番最初に私は言いましたよね。

 何があっても納期は死守するもの、と」

「で、でも──」

「見習いだからといって甘やかすつもりはありません。なんなら二日にしてあげてもいいんですよ?」

「いっ……それは無理です」

「では四日後。期待せずに待っていますよ? 

 それではおやすみなさい、ヨル


 無情とも思える言葉と共に向けられた微笑に苛立ちを感じる暇さえなかった。それになんだあのって、ほぼ確実に馬鹿にされてる気がする。



 


「──しかも、期待せずに待ってる。なんて酷くない!?」


 翌日の夕方、私はバイト先の先輩である真城さんと飲んでいた。飲むというか愚痴に付き合ってもらってるだけなのだが……ぶっちゃけ愚痴も酒も止まらない。

 住み込みとはいえ金を入れなければならず、金銭的余裕がない私は安酒に頼るしかなかった。このままではほぼ確実にアル中まっしぐらだとはわかっているが、一度覚えてしまうともう駄目なのが人間である。


「お、おう……ってかそれならお前、飲んでる場合じゃねぇだろ」

「一日くらいいいだろ! ガス抜きしなきゃ心が死ぬ!!」

「そりゃわかるけどよぉ、お前自身が選んだ道なんだろ?」

「けどキッツい! 滅多に褒めちゃくれねぇし何なんだよぉ……私だって頑張ってんのにさぁ」

「あーハイハイ、わかってるわかってる。ヨルは頑張ってるよ」

「慰めが雑だぁ! ニイチャン、生一杯追加ぁ!」

「おまっ、どさくさ紛れで! スマン、その一杯はキャンセルだ!!」

「先輩のドケチ! そんなんだから童貞なんだよ!」

「関係ねーだろこのヘベレケ! ……あぁもう埒が明かねぇ、帰るぞほら!」

「いーやーだーー!」


 そうして先輩はさっさとお会計を済ませ、私を件の工房アトリエまで連れて行ってくれたのである。連れて行ってくれたというか、連行されたという方が正しいか。


「ヨル」

「…………」


 まぁ、こうなるのはわかっていたが死ぬほど気不味い。唯一のドアは師匠によって塞がれているし、あの仏頂面で静かに詰められるとアルコールも裸足で逃げ出してしまう。お陰ですっかり素面になってしまった。


「ヨル、酒を飲むなとは言いません。煙草だって自由に吸って良い。けど他人に迷惑をかけるのは駄目です」

「……はい」

「それで、今日は作れそうですか?」

「すんません、今日は無理です」

「そうですか……では休んでいなさい」

「……すんません」


 ──本当、なにをやってるんだ私は。

 何もかも全部私が原因なのに、勝手に荒れて迷惑かけて挙げ句深夜に一人こうして散歩に出てる。


「そーいや昨日の残りがあったはず……なんだけど、どこやったかな」


 ライターはあったのに肝心の煙草がない。確かにこのコートのポケットに入れていたはずなのだが、どこかに落としてしまったのだろうか?


「あぁよかった、あったあった」


 ──ようやく見つけたそいつの銘柄はマイルドセブン。

 ……そこでふと思い出す。私は特に吸う銘柄を決めているわけではないし、あれが好きだとかそういうのも殆ど無い。ニコチンが入ってればまぁなんでもいいっていう感じだった。


「そういや初めて吸ったのもこいつだったな」


 吸ってそうだからというクソみたいな理由で無理やり吸わされた時は酷い有様だった。気持ち悪いし臭いし何なんだと恨んでいたのに、今じゃ煙草コイツがないと苛つく事すらある。


 そういえば、なにか嫌なことがあったりする日の前日に買う銘柄には必ずセブンが入っていたような……?


「──いやまさか、そんな事はないだろう」


 ……だって、ラッキーセブンだなんて言うじゃないか。ならどうして私には幸運ラッキーがついてこない? 


「──ま、大抵のものは理由も何も後付けだって師匠もいってたし、私に取ってお前が不幸の数字だってことでも問題ないよな」



 きっと……きっと私はこれからも何か嫌なことがあれば、何でもないなにかのせいにしてズルズル生きていくのだろう。我ながら最低な考えだと思うけど、そのほうがなんだか私らしい気もする。




「不幸があるから幸を識ると言う話もあるし、これからも宜しくセブン……………

 なんて何を言ってんだか。阿呆らし」






 ──うん? 課題がどうなったかだって?

 それはまぁ、またの機会に話せればいいかなと。















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