名前を呼んではいけないネットのあの人達

三屋城衣智子

名前を呼んではいけないネットのあの人達

「ね、噂があるの知ってる?」


 私は隣でスマホをいじる友人のマリコへ問いかけた。




 久々に休日がかちあった友人と待ち合わせをして、今日は二人、ネカフェにいる。

 それぞれ漫画を読んだりスマホを見たりパソコンを触ったりしているのだけど、一巡した後、マリコはスマホ、私といえばネット小説を執筆していた。

「打つ飲む」という打ちまくるように書け飲むように読めをキャッチフレーズにした小説投稿サイトがあり、私はそこで作品を掲載しているのだ。

 それに伴って作品宣伝用にSNSもやっていて、漏れ聞こえてきた話が、なんだかおどろおどろし怖くて友人と笑い飛ばそうと声をかけたのだけれど。


「んー?」


 マリコはなんだか興味がなさそうだ。


「うげ」

「何、どしたの?」


 話をするか迷っていたところに、マリコがゲンナリした声を上げたので聞き返す。


「んーなんていうか、絡まれた? っぽい?」

「どういうこと?」


 言葉と同時に、私は隣に座るマリコのスマホの画面を見せられる。

 そこには今流行りの「突っついたー」のマリコのアカウントらしきものと、誰かのアカウントが、SNS上で論戦を繰り広げていた。


「……これ、『本物さん』じゃない」

「え、有名人なのコレ」

「うん、有名らしくって。私もこの間教えてもらったばかりなの」


 私はことの詳細をマリコに告げた。


 いわく、「本物ファンタスティック」について呟いた時に、『本物さん』の思うそれから外れていたらネットポリスの如く捕捉して返信をしてくるらしい。

 それ以外にも、「本格ミステリぃ」とか、「王道サスペンスぅ」とか、「正統派ラブコメぇ」とか、「新感覚ホラーぁ」「純愛ラブストーリーぃ」にもそういった人がいて、それぞれ「本格さん」「王道さん」などと呼ばれている。

 グループな訳ではないのだけれどそれらの人の名前すら、書くと追いかけてくるらしく、「アンラッキー7」として回避されているとのこと。

 ちなみに、一度敵認定すると中々剥がれてはくれなくて、一年中ひっきりなしに空返信(名前は出さずにけれど相手がわかりやすい匂わせ投稿)をして絡んでくるそうだ。


「ぇえ?! 知らないしそんなの。すげー迷惑」


 マリコは心底嫌そうな顔をした。


「それにしてもあたし、小説なんて書かないよ?」

「だよねぇ、なんで粘着してきたんだろう?」


 二人してアカウントを眺めながら唸る。


「あ……」

「何? ヨウコ」

「コレじゃない?」


 私が指差した先には、アカウントのプロフィール欄に「創作」という二文字が燦然と輝いていた。


「うぇえ?! マジで?!」

「コレしか、可能性なくない?」

「脊髄反射がすぎるっしょー」

「だよねぇ……」

「闇深」


 ちなみにマリコは現役の布小物創作作家だ。

 注文がひっきりなしにあり、百貨店にコーナーがある程人気で、この業界でもう四十年も第一線で活躍している。


「年取って堅物になるのはしょうがない部分もあるけど、全世界に向けてみっともない大人の姿晒すのだけはごめんだわ」

「創作者ならまず作品仕上げきって、作品と共に語らないとね」

「それにしても、久々に心の臓がひゅんてしたわー。コレだからネットってやめられないのよね、創作捗る」

「んだんだ」


 話の途中から再開させていた別件の小説執筆、最後の一文を書き上げ私は同意した。

 SDカードに入れ込んだデータは、明日自宅でコピーしてからメールで編集者に送るつもりである。

 やりきって一旦パソコンの電源を落とした私に、マリコが話しかけてきた。


「結局のところさ」

「何?」

「世界で一番何が怖いって、生きてる自己分析できてない人間よね」

「それな」

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名前を呼んではいけないネットのあの人達 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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