席は六つ

はに丸

人は七人

「我ら執政官はこの三年、七人で国を支え、政治に尽力してきた。しかし、この日が来た。三年に一度のこの儀式を乗り越えねば、国を預かる物としての責任にも問われよう」

 議長が言った。彼は三年間、議長を務めたが、来季――いや明日以降、議長であるとは限らない。他、六人の執政官たちもため息をついた。

 重いオーク材のテーブルを囲み七人の男女が座っている。壮年から老年といったところであろうか。みな、国の中枢を担う執政官である。

 執政官は議員の中から選ばれる。その数は七人であるが、三年に一度、新たな執政官が任じられ、前職は辞任となる。そのような、国であった。一人の人間に権力を集中させないこと、派閥を作らせないことを目的とした結果である。

「私たちは、よくやってきた。三年かけて、治水工事を完遂させ、洪水被害も無くなった。私たちは、息があう仲間だった。儀式を二年……いや、一年でいい、引き延ばしてはどうか。まだ終わっていない事業があるのだから」

 もう、六年は在籍している男が言った。必ずしも同じ価値観を持つ者がいるとは限らないのは幼稚園でも政界でも同じである。災害対策に目を向けたものが、たまたま一致した結果であった。もし、違う政見のものが来てしまえば足並みも悪かろう。

「仕方がありません。わたくしはこの三年、先達の背を追って励みました。新しく入ったわたくしを、みなさまは暖かくお迎えくださいました。これからも末永く国のため国民のため尽くしていきたいものですが……。しかし、儀式によってわたくしは迎えられました。ゆえに、儀式に挑まねば、前職のかたに申し訳がたちません。それに、この儀式あってこそ、国が成り立つのでしょう?」

 前回の儀式で参入した女が言った。この儀式は執政メンバーが替わるだけを意味しない。国家そのものにも関係してくるのだ。先延ばしを提案した男が、失言だったと前言を撤回した。

「では、儀式の時間だ」

 議長が宣言したところで、机の真ん中にさいころを示した。1から7のアラビア数字が印字された、変哲もないさいころであった。もし、あえて変わったところを指摘するのであれば、先ほどまではさいころが無かった、という程度である。

「儀式で最初にさいころを振るのは若輩の特権。遠慮せず」

 女の隣に座る老人がしゃがれた声で促す。女は、緊張した面持ちでさいころを振った。目は、5であった。

「テーブルゲームなら良い出目といったところだね」

 ハンサムな男が軽口を叩く。それで、場が少し緩み、緊張が柔らかくなった部屋で各々がさいころを振った。前に出た数字になれば、振り直しである。先延ばしの男は7であった。先延ばし男は眉を顰めた。嫌な数字であった。

「それでは、儀式の準備はできた。出た数字の順番にくじを引いてくれ」

 いつのまにかテーブルに出ていたものは、民放バラエティ番組にありそうな、くじ引き箱であった。黄色とピンクを主体とした、ポップなデザイン柄なのが、全く場にそぐっていない。

 1番手から順に引いていく。先延ばし男は7、つまり最後である。一枚しか無いくじを沈痛なおももちで引いた。くじというのは、最初だから当たる、最後だから当たらない、というものではない。しかし、選択の余地が無いというのは心に重い。

「では、開封の儀としよう」

 重々しく議長が合図する。みな、同時に開いた。

 1。先延ばし男の数字である。

「……私が来季の議長……」

 残留の安堵、取りまとめ役程度とは言え執政官の代表になる喜びに笑んだあと、国を最も担う責任に口を引き締めた。ここで己の安堵を喜ぶなど、なんたることかとも、羞じた。

 5を引いた女も、あと三年、よろしくお願いします、と挨拶をした。新人がすぐにいなくなるより、中堅になったほうが、組織として喜ばしい。

「私が7を引いた」

 覚悟を決めた顔の議長が言った。みな、総立ちで驚愕し、議長! と悲痛の声を上げる。そして――

「汚くなるので、席を立ってもらえないか」

 先延ばし男が心底迷惑そうに言った。

「同じ空気を吸うのも嫌。なんか、臭くないですか?」

 女が、わざわざハンカチを取り出して、鼻に当てた。手編みのレースが美しい、シルクのハンカチが少し揺れた。

「不幸がうつりそうな顔だ! 大凶ウイルスでもまき散らしてんじゃねえのか!?」

 ハンサムが嘲笑しながら、手を叩いた。軽薄かつ、非道徳的、差別的な態度であった。いや、彼らだけでなく、議長以外の六人が、あなどり、さげすみ、嫌悪し、軽んずる。生理的嫌悪にも近い差別感情が、部屋中を渦巻いた。

 議長はうなだれ、それ全てを受け止めた。自分が矮小でクズで、役立たずで生きている価値も無い、という気持ちになった。手を見ると、すこしずつ溶けるアイスクリームのように崩れはじめていた。

「仕方が無い、儀式なのだ。私も、かつて同じように、誰かを罵倒していたのだ」

 言いきかせるように唸った後、議長はあふれでるまま涙を流し、最後にはおうおうと声を出して泣いた。泣き崩れた。そうでもしないと、容赦無い、差別的で非人権的、人格を否定する罵倒に耐えられなかったからである。ほんの数分前、信頼しあっていた仲間は、蛇蝎のように議長を蔑み、汚らしいと吐き捨てていた。

 そうして、議長は、罵倒に耐えられぬように崩れて溶けた。床にはコールタールのようにねっとりとしたものが、残った。

「ああ、穢れていること」

 女が、目を背けて言った。先延ばし男は、渇いた笑いをあげる。前議長への尊敬の念はどこへ言ったのか、という気持ちさえわかぬ。前議長は、この国全ての災厄を一身に受け、穢れ消えた。

 7番目は、不幸を背負う。もっとも幸運にほど遠く、そして最も責が重い。国の礎になるのだから。三年ごとの席取り合戦は、滞りなく続いていくのだ。

 

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席は六つ はに丸 @obanaga

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