アンラッキー7

λμ

本当に不幸な六人と一頭

 僕が外を歩いていると、案の定しとしと雨が降りだした。今日は百パーセントの晴れ予報だった。雨雲レーダーにも雲ひとつ見当たらない。当然、傘はもっていない。まぁ傘を持っていても開くと同時に壊れるだろうけど。

 僕は雨男だった。アンラッキー二号。体質を利用しようと渇水にあえぐ土地に行ってみたこともあるが、決まってそういうときは雨が降らない。

 今日は年に一度の不幸体質の会が催される日で、僕は会場のバーに向かっていた。

 雨が降っているなら電車に乗る? あるいはタクシー?

 どちらもあまり勧められない。普段の僕ならそうするだろうが、不幸体質が集まる今日に限ってはダメだ。

 僕は肩や髪を濡らす雨粒を払って、ちかくの店の軒先でスマートフォンをみた。

 電車は遅延。

 道路は渋滞。

 それみたことか。

 コンビニで傘を買うべきだろうか。やめておこう。買って開いたそのときに壊れる。僕は諦めて軒先をでた。どのみち、もうすぐそこだ。

 目的地のバー『ラッキーセブン』の前では、若い男女が待っていた。

「やぁ久しぶり。アンラッキー一号、四号」

 そう言って僕が手を上げると、気付いた男も手をあげかえし、女がふりむき肩越しに笑った。

「久しぶり、二号」女が言った「生きてたね」

「残念ながらか、幸運か」男が笑った。

 不幸体質の会のメンバーだ。

 アンラッキー一号は蓮根はすねさんといい、僕らが集まるきっかけになったウェブサイト『不幸体質』の管理人である。

 蓮根さんはこれまでの人生で一度もくじに当たったことがないという不幸体質の持ち主だった。そんなのどこにでもいそうに思えるだろうが、彼の不幸はちょっと次元が異なる。

 一度、二本の割り箸に両方当たりのマークをつけて、彼に引いてもらったことがある。すると、彼が引き抜いた割り箸は当たりのマークが消えていたのだ。マークは箸を握る僕の手に移っていた。ペンだからダメだと傷をつけると今度は折れる。そんな調子だ。

 アンラッキー四号は愛さんといって、恋愛で悩みを抱えていた。男性を好きになると、告白するまでに彼女ができてしまうらしい。気づいたのは中学生のころで、すでに五人の男の子を逃していたのだとか。

 それからは好きだと思ったらその場で告白するようになり、四度の失敗を乗り越えて男性と付き合いはじめ、二日後に好きな人ができたからと振られたそうな。

 それでも愛さんはめげなかった。

 大学を卒業するまでに四人と付き合うのに成功し、二人は一週間もたず、一人はすでに彼女がいるのを黙っていて、最後の一人は愛さんと付き合うようになってからモテだし浮気した。申し訳ないけれど、はじめて話を聞いたとき、僕らは声をあげて笑ってしまった。

 なぜなら、彼女は容姿にも性格にも、なんの問題も抱えていなかったから。

「……それで、なんでここで待ってるんです? 店に入ればいいのに」

 僕が蓮根さんに尋ねると、愛さんと顔を見合わせて笑った。

「分かってるくせに」と愛さん。

「ああ、やっぱり」

 僕は笑った。店を予約したのはアンラッキー五号の柿木かきのきさんだ。ありとあらゆる約束がうまくいかない。店の予約を取れば店が間違い、新幹線の指定席はダブルブッキングになる。仕事の約束をすれば相手方に忘れられてしまう。

「――てことは、あの電車」

 僕が言うと、蓮根さんが苦笑しながらスマホを出した。

『今年の自由席もダメでした』

 とあった。急病人も怪我人もいない、自然災害でもない。原因不明の電車の遅れは柿木さんが原因だ。迷惑の規模が大きすぎて僕らは笑い合ったが、誰も怒りはしないだろう。気づきもしないだろうし。

 しばらく談笑しながら待つと、店の扉が開いて団体が出ていった。そしてすぐに店員が平謝りした。なんでこうなったのか分からないんです。

「私らだってそうだから、大丈夫ですよ」

 そう愛さんが言うと、店員は曖昧に笑った。

 店は混んでいた。だから予約をしたともいえるし、僕らが集まるために予約をしたから店が混んだともいえる。

 僕らアンラッキー7が見つめる因果は僕らが先で、世間は逆だ。

「あ、そうだ」僕は店員に言った。「あとから三人と一頭が来ます」

「承っております。四に……三人と一頭?」

「はい。ちゃんとそう予約してあると思うので確認してみてください」

 店員が首を傾げながら引っ込むと、僕らはまた笑い合った。

 飲み物はひとまずビール。三つがやってくるころ柿木さんが女性を連れて入ってきた。アンラッキー三号の智恵里ちえりさんだ。

「また出し抜かれちゃったよ」

 開口一番、智恵里さんは苦笑した。彼女は偉大な発明家で、人類社会の役に立ったり役に立たなかったりするものを次から次へと思いついた。

 ――二番目に。

 そう。どういうわけか、彼女の発明は常に二番目に発表された。必ず同じか似たような発明を、ほとんど同時期に、しかし彼女より少しだけ早く発表してしまうのである。智恵里さんは自分の下調べが甘いのではと考え、徹底的に洗ってから仕事に取り掛かっていた。けれど、最初に発表できたと思ったときでも、歴史の底からこれまで誰にも知られていなかった先人が見つかったりするのだ。

 そんな智恵里さんが僕らの会に参加したのは三番目であり、はじめて出会ったときは「私でも三番になれることがあるんだね」と笑っていた。

 智恵里さんは世界で二番目に不幸体質の不幸具合を測る機械を発明し、僕らアンラッキー7の世界で二番目の名付け親になった。

 一番目は、いま店に入ってきたアンラッキー六号、稀人まれひとさんだ。

「今年もなんにもなかったよ」

 そう言って稀人さんは笑った。

 彼は、なんにも起きないという不幸の持ち主だった。さして不幸でもないのに不幸と思われる不思議は、智恵里さんの機械で明らかになった。

 明らかに不幸だったのだ。

 その不幸っぷりときたらまだ来ていないアンラッキー七号の次に不幸で、なぜ本人が気にするような偶然が起きないのか理解できないくらいだった。

 だから、稀人さんは僕らの不幸が伝わらないという不幸の持ち主ということになっていた。だからというわけではないけれど、愛さんは稀人さんと付き合おうとしたこともある(僕らは諦めをしらないのだ)。

 けれど不幸なことに、愛さんは付き合っているのに付き合っているような感情になることができず、稀人さんも恋人らしく振る舞えなかった。別にモテもしなかったし好きな人もできなかったけれど、付き合ったような付き合ってないような状態で別れることになった。

 つまりは、なにも起きなかったのだ。

「……七号さん、遅いですね」と柿木さんが言った。

「まぁ七号だしね」と愛さんが言った。

「もう来ますよ」蓮根さんが両手を耳に添えて言った。「ほら」

 僕らはみんなして耳に手を添えてみた。微かに悲鳴が聞こえた。僕らはみんなでクスクス笑いあった。アンラッキー七号が来たのだ。

 騒ぎは段々とちかづいてきて、店の扉が開くと喧騒がぱたりと止まった。

「やぁやぁ、お待たせしてすいません」

 一頭の熊が片手を上げていた。大柄なオスのツキノワグマで、清潔感のある白い月の輪がトレードマークだ。

 一拍の間を挟み、「熊だー!」と店内の誰かが叫んで大騒ぎになりかけた。

 けれど、熊が深々とお辞儀をして、落ち着きのあるバリトンボイスで「はい。熊です。お騒がしてすいません」と言うものだから、誰も逃げられなくなった。

 店員が困惑しながら僕らの席を一瞥し、熊に言った。

「えっと、あちらの……?」

 熊は首肯し、口を開いた。


 ――ぐゎぅぐぁ。 


「と、言います。本日はよろしくお願いします」

 彼の――熊の名前だ。人間の僕らにはうまく発音できないので、僕らはくまさんと呼んでいた。

「いやはや、参りました。どうも騒がれてしまいますね。熊ですからね」

 そう言いながら、熊さんが僕らの席にやってきた。

 僕は言った。

「無事に来れてよかったですよ。道が混んでたでしょう?」

「ええ。本当に。歩道を走ったほうが早いんですが、大騒ぎになってしまいますからね。関東無線のドライバーさんには良くしていただいて」

「熊さんが乗ってくるんですものね」

「本当に、申し訳ない限りで」

 熊さんは照れくさそうに頭を掻いた。

 知ってのとおり、熊さんの不幸は熊に生まれたことそのものだった。熊はわりとどこにでもいるが、喋れる熊はそうはいない。智恵里さんの不幸測定器で測ればダントツの不幸体質である。普段は動物園で働いているらしいが、雇ってもらうまでの苦労話は、不幸に慣れてる僕らでも涙腺が緩んだ。

「ともかく」愛さんが手を挙げて店員に言った。「ビールこっち追加で!」

 店内にささやかな喧騒が戻り、僕らの手元にビールが揃った。

 アンラッキー一号、蓮根さんが音頭を取る。

「――では、みなさん、グラスを持って」

 僕らはビールを手にした。熊さんだけはグラスを持てないので生ビールの大ジョッキだ。

 蓮根さんが言った。

「我らアンラッキー7が今年もであえた幸運に!」

「僕たちの幸運に」

「私らの幸運に」

 思い思いに口にして、僕らはビールで乾杯した。

 僕らは互いの不幸を語り、笑い合う。

 年に一度、僕らアンラッキー7が集まれるのは、僕らが幸運だからだろうか、それとも、不幸だからだろうか。

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アンラッキー7 λμ @ramdomyu

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