終末特売セール

高黄森哉

終末商戦


「お嬢ちゃん。今日も一人で買い物かい。偉いね」

「お魚、一匹」

「はいよ。今日はお金はいらないよ」

「どうして?」

「今日は、おめでたい日だからね」


 商店街は色とりどりの装飾で埋め尽くされている。それは費用度外視の飾りつけだった。ただし卒業式で胸につける薔薇のような、ささやかな美しさがある。それは何ゆえだろうか。少女は理解できなかった。


「こんなに飾りつけしたんだが。やっぱり今日は、来ないよな」

「おっさん!」


 少女の背後で掛け声がした。振り返ると、声とは裏腹に、くたびれた格好の中年の会社員がいる。彼の背広も退色した。


「まさか。君は永濃君かい。随分、大人になったな」

「今日で終りというんで、東京から跳んできたんです。学生時代は、お世話になりました」

「ははは。君は苦学生だったからなあ。昔の俺を救う気分だった」

「そうだったんすか。いやあ、懐かしい。今日で、ここも閉店ですか」

「よかったら魚を持ってかないかい。あげるよ」

「本当ですか。帰ったら、妻といただきます」

「げ。君、結婚したのか。そうか、もう大人だもんなあ。あれから、そんなに時間が経ったのか」


 祭りの後みたいなゆったりとした喧騒が、この商店街に響いている。今日はそんなに特別な日だっただろうか。少女は不思議に思った。


「ねえ、おじさん。今日は、一体、どんな日なの」

「お嬢ちゃん。知らないのかい」


 中年と店主は顔を見合わせた。そして、決心したように顔を朗らかにして、


「今日はね。今日は地球最後の日だよ」


 と言った。


「どうして」

「そりゃあ、まあいろいろあるのさ」


 少女は、店主の顔を見つめて、こう言った。


「それじゃあ、私達は死んじゃうの」

「みんなそうだよ。皆であの世に行くことが出来る。誰も置いていかない。君のお父さんと、君のお母さんのもとへ、帰る時が来たんだ」


 少女が孤児だということは商店街で有名である。


「お父さんとお母さんに合えるの」

「そうだよ。みんなも、それは同じでな。だからこうやって、出発祝いをしているんだ。今日は、とても、めでたい日なんだよ」


 店主のおじさんは遠い目をしていた。彼は、十年以上前に亡くなった彼の両親を思い出していた。

 その時、唐突に商店街のテレビが予定より早く終わりがやってくるというニュースを一斉に伝えた。


「ついに始まったか」

「そうですか。妻と魚を食べるのは、あっちですることにしましょうかね」


 そう呟く中年の姿は、ほんのり寂しそうである。テレビのモニターに数字が出現し、お終いまでのカウントダウンを始める。五分 → 四分五十九秒。


「めでたいな。実にめでたい。予定よりも早く、皆であの世でことができる。やりのこした、あれやこれやは、あっちですればいい」


 少女は、ならばなぜ、この人の顔はややひきつっているのだろうと思った。


「よし。お終いに拍手をしよう!」


 店主は拍手を始めた。中年も拍手を返した。少女も同調した。

 最初はまばらだった拍手は商店街をどんどん埋め始めた。拍手は通りにも感染して、今や町そのものが巨大な手で拍手をしているような反響がした。同時多発的に発生した拍手は、地球を隅から隅まで拍子を取らせた。地球が拍手を始めた。

 そこにおめでとうや万歳の掛け声が混ざり始めた。おめでと、万歳、おめでと、万歳。といった具合に。少女はワクワクした。これから一体なにが始まるのだろう。いや、これから一体なにが終わるのだろう。


「ねえ。どうして、お終いがおめでたいことなの」


 明るいお終いなんて聞いたことがなかった。終端というのはいつも、悲しく苦しいものなのではないか。しかし不思議なことに、人々は記憶を振り返ると、終わりというのはいつも甘く切ないものとして、脳裏に刻まれているではないか。人生の終わり。世界の終わり。


「絵本でも最後はめでたしめでたし。劇も最後は拍手で締めくくる。だから、めでたい。皆、お開きや」


 ありがとう、おめでと。万歳、万歳。


「本当にこれで終りなんですかね。長かったようで、実際、短かった。短すぎるくらいだった」

「んなこたぁない。十分堪能した。もう、十分なくらいだ」

「わたしは、すっごく短かったよ」

「その分、あの世で楽しめばいい」


 ありがとう、ありがとう。おめでとう、おめでとう。

 店主が息を吸い込む。では皆さんご一緒に、


「さあん!」


 店主の掛け声に、後から復唱が追いついてきた。彼の声は、商店街を貫くように走り抜けた。皆、外の大通りに出ていて、掛け声が届くなり万歳をする。なので、彼を中心とした手の平の波が現れる。


「にい!」


 中年は久々に全力で叫んだ。こんなに全力になったのは、学生時代の運動会くらいだったかな。懐かしい気分だった。

 少女は生まれて初めてこんなに叫んだ。とても気分が良かった。またこのようなことはあるのかな。


「いち!」











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終末特売セール 高黄森哉 @kamikawa2001

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