夜明け
音崎 琳
夜明け
深緑の硬い鱗に覆われた筋肉の躍動が、ずぼん越しにも、ふとももの裏からはっきりと感じ取れた。なめし皮のようなネリの翼が、両わきで力強く風を打っている。ネリの長い首のつけ根には骨の突起があって、メメはそこに尻をのせ、肩車をするような格好で両足をネリの翼の根元にひっかけていた。
(ぼ、ぼく、飛んでる……!?)
ひっくりかえりそうなネリの声に、ふきだしそうになる。口に出して喋っているわけではないネリの声は、裏返りようがないのに。ずっとメメと一緒にいたせいか、ネリには妙に人間くさいところがあった。
もっとも、ネリ自身もメメも、ネリ以外のドラゴンはどういうものか、ちっとも知らないのだけど。
「大丈夫、ちゃんと飛んでる!」
メメは声をはり上げたが、吹きつけてくる風にかき消されてしまって、ネリに届いたかは心許なかった。代わりに、腕をのばしてぽんぽんとネリの首を叩いた。
ぶ厚い雲が空に蓋をしていて太陽は見えないが、空も街も、しらじらと明るくなってきていた。
メメはぎゅっとネリの首にしがみついた。ネリの身体は温かくはないが、ぴったり身体を伏せていたほうがまだ、風をしのげる。オーバーを着込んで襟巻きを巻いているのに、寒さで歯の根が合わなかった。
メメがどれほど手足に力を込めても、ネリにはへっちゃららしかった。ぐっと首をもたげ、高度を上げていく。
(雲の上まで行ってみよう!)
メメが答える暇もなく、ふたりは雲のなかにつっこんでいた。
顔にも手にも、氷のように冷たい水滴がぶつかってきて、メメはぎゅっと目をつむって縮こまった。そのまぶたの上が、突然、鮮やかな薔薇色に染まった。
(メメ、見て)
眩しすぎて、ほとんどまともに目を開けていられない。それでも、とろけるような橙色に輝く雲の海が見えた。その上を堂々と滑っていくネリの翼も、同じ色に輝いている。きっとメメも、同じ色に染まっていた。
夜明け 音崎 琳 @otosakilin
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