第3話

七代祟り中(4)


2023年5月21日(日) 15:28


縁側に座って煙草に火を点ける。


はあ〜。花曇りの暑すぎないお天気にニコチンが合うぜ。

後ろの茶の間から聞こえる相撲中継、長閑だ。


こういう瞬間は、手入れがそこそこ大変でも、この広い一軒家(築60年)を買って良かったなと思う。

シロアリ駆除業者を名乗る訪問詐欺が月1ペースで来るけど。

庭に野良猫がウンコしに来るけど。

近所のガキがたまに垣根をくぐって「ここがショートカットだ!」とか言いながら通り抜けしてくけど……

うん、でも基本的に静かだし良い環境だ。


「あーーー! 佐田の海…もうっ!」


居間に居るセイコが呻いてる。ご贔屓が負けたようだ。


「誰が勝ったの?」


「豊山」


聞いておいてなんだけど、私は相撲にそんなに関心がない。付き合いでテレビを観るくらいで、力士の顔と四股名までは一致してない。

豊山っていつも泣きそうな顔してる力士だっけな。よくあんな沢山いる関取の名前を覚えられるなと感心する。大人数のアイドルグループとかのファンの人も。

私は大相撲中継に時々挟まれる「懐かしの名勝負」とかで観る全盛期の千代の富士とか寺尾とか貴乃花とかを観た時に「え、かっこいい〜!」とハシャぐ程度。


「まみちゃんは今は何読んでんの? Amazonから昨日届いたやつ?」


「いや、これはその前に買って積読しちゃってたやつ。抽象的なSFファンタジーだって言うから小難しいのかと思って及び腰になってたら、全然そんなんじゃなかった。軽くて読みやすいわ。日常系?」


「いや、読んでないからわかんないよ。面白い?」


チラッと振り返ると、セイコはTVの大相撲から目を離さないまま肘をちゃぶ台についてこちらに語りかけている。

お互いがそれぞれ勝手に好きなことをしていても、相手の存在を無視してるみたいにならないように気遣うセイコの律儀さによって私達の暮らしの穏やかさは支えられてる。

お相撲観てるんだったら無理に話しかけなくてもええんやで、とも思うが、視界に居る人間が黙って煙草をふかして読書してたら一応声をかけたくなるものか。せっかく2人で同じ空間と時間を共有してるんだし。

私は相撲中継の音が聴こえるからセイコが何を楽しんでるのか大体把握できるけど、向こうはわかんないもんね。


「面白いよ〜わりと」


「『わりと』かい」


「うん、めちゃくちゃ面白いとかじゃないけど、近年流行りのメタバースものというか、ちょっと違うかな? なんか仏教思想を元ネタにしてて、私達が生きてる世界では、実は輪廻転生が同時並行で行われてる…っていう」


「意味がわからん。同時並行? ……あ、あー!ヨシッ!」


ご贔屓の大関が勝ったようだ。セイコはご贔屓が沢山いる。幕内、十両の中にそれぞれ10人ずつくらいに、怪我で幕下に落ちた元幕内力士なんかの成績もチェックしてる。


「あ、ごめんごめん。それで? 同時並行?」


大相撲中継とSFファンタジー小説を同時並行すな。私もか。


「うーん、なんだっけな。仏教って、輪廻転生していっぱいツラい目に遭ったり徳を高めたりしながら魂を磨いて、それ繰り返して背負ってたものがチャラになると仏様の仲間入りできる、みたいなアレじゃん。よく知らんけど」


日本人の殆どは一応仏教徒のはずだけど、墓参りするだけで思想について無知だよな、と自分で思う。


「大乗仏教とかそういうやつだっけ? 私もわかんないな……仏教SFなの?」


何その耳慣れないワード。SF読まないだけあって切り口が面白いな。


「いや、基本的には科学の方のSFっていうか、"サイエンスフィクション" だから、科学モノじゃないとSFじゃないな、そもそも」


煙草の2本目に火を点ける。最近は値上がりがヤバいからかなり本数を抑えてるけど、今日みたいに煙草日和な天気の日にはケチケチせず、しっかり味わいたい。


「この本の中の設定だと、宇宙の中の物質、原子とか元素とかの数や量って一定らしいのね。エネルギーとかも。だから、私達は死んで生まれ変わっても、極論、材料は同じとこから延々リサイクルしてるじゃんっていう。だから魂もぐるぐるリユースされてて、それが限界きて初めて、この宇宙の向こう側に行ける…みたいな設定が下敷きの、日常系ラブコメかな? これ」


居間のテレビからオオーーっとすごい歓声が上がる。私がした説明の合いの手みたいなタイミングだが、さっきとは別の大関が若手力士と良い取り組みをしたようだ。相撲ファンじゃない人間からすると歓声が上がる勝負とそうでもないのの違いがよくわからない。セイコも「おお〜」と高い声を出しながら拍手してから、ハッと気がついてこちらを振り返る。


「あ、ごめん。聞いてなかった…」


「だろうね」


セイコのこういうとこは可愛いから好きだ。そもそも、好きじゃなきゃ一緒に暮らしたりしないが。


「宇宙の物質が一定らしいって説は私も聞いたことあるな。その続き、なんだっけ?」


おや、ちゃんと興味持ってくれてるんだな。

私も、セイコが「おすもう」が好きだというから、それまで全く関心がなかったのに相撲にまつわることが自然と視界に入るようになったし、基本的なルールや決まり手、番付や相撲部屋というシステムに、相撲協会だの横綱審議委員会だのの存在まで覚えてしまった。

最初に大相撲の話題を出された時に「え、相撲ってまだやってるものなの? いつどこでやってんの?」と言ってしまって、知り合ったばかりのセイコにひきつり笑いで睨まれたりもしたけど…

(向こうも「SF読むのっておじさんだけかと思ってた」と言ったことあるからお互いさまだ)


「物語の大筋で言うと、たとえば私とセイコが存在しない過去や未来の世界でも、体と魂を作ってる材料は同じっていうか、一つのバケツの中のパーツから組み合わせ変えてるだけだから、来世でも前世でも巡り合ってるに決まってんじゃん、みたいな」


「急にまみちゃんらしからぬ、ロマンチックなこと言うじゃん」


「あらー? 私はロマンチストだよ? SF読んでるやつなんて大体重症のロマンチストで、世間一般に流通してるロマンスじゃ物足りないから逆に関心なさそうに見えるだけってことだと思うな。てか『その人らしい』とかキャラづけってアテにならんし」


「たしかに。私もよく『ポケーっとしてるね』とか『穏やか』だとか、『大人しそう』とか言われるけど……、え? あ、あ、あ……」


そこでセイコはウオーーーっシャーー!と雄叫びを上げて立ち上がり、両腕でガッツポーズをして天を仰いだ。


彼女のご贔屓が、なんと結びの一番(その日最後の取り組み)で金星(横綱を負かすこと)を獲ったのだ。

彼女が『穏やか』?『大人しい』?

とんでもない。

大相撲を一緒に国技館まで観に行ったときの、セイコの真剣な顔。全身からピリピリとした殺気のようなものまで漂わせ、隣の私の存在など忘れきってるかのようだった。

ご贔屓が土俵に出てきた時なんか、どこからそんな声が出るのかという声量で「勝てーーーーーーーーっ!!!」と刺すような鋭い声援(というか脅迫)を二階席から飛ばしていた。

私はその頃、まだ彼女の可愛らしい面や落ち着いた知的な様子、趣味が合うわけでもないのに話していて楽しい部分に惹かれていただけだったが、セイコのギラギラした姿を見て

「おもしれー女」

とマジで思ってしまい、胸の内でセルフつっこみしたのだった。

数年後にその"おもしれー女"とこうやって所帯を持つ(というと大仰だが。)ようになるほど縁が深くなるとは、現実は想像を越えてくる。


そして想像を超える現実こそ正解だと思う。自分の脳の中で完結できる人生なら、わざわざこんな重くてめんどくさい身体を持って生まれた意味がない。

私がいて、セイコがいて、それぞれの個体に意思があり、なんでか知らないが互いが出会って、それぞれが何かを決めることを積み重ねて、今この日がある。

すべて偶然にすぎないはずなのに、何故だかはじめから決まっていたことのように収まりがよく感じるのは不思議だ。

セイコだけが私の運命の相手、とは思わない。彼女と出会う前に出会い、恋をし、振り回されたり、振り回したり、憎んだり呆れたり恨んだり許したりをした相手が何人もいたし、その過程を経ないでいたら、セイコのことを好きにはならなかったと確信している。

だから運命の赤い糸ってやつはたった一人に結ばれてるわけではないと思う。細い糸の束、無数の可能性の中から1つを選んで、また選んで、また選んでを繰り返してくうちに、指に結ばれた糸はよじれて太くなっていく。


フーッと白煙を庭に向けて吹き出す。

細い糸が絡まり合うみたいな、綿菓子みたいな、宇宙のガスみたいなものが目の前に生まれ、まさに雲散霧消する。

よじられなかった無数の運命の糸も、そもそも私達が住んでる宇宙自体も、こんなものかもしれない。

私達の何兆倍も大きな存在、つまり神様みたいなものが、今の私みたいに縁側に座ってふかした煙草の煙、それこそがこの宇宙だったら……

とか思うと煙草にも深い味わいが出てくるな〜!


と、私はニマッとしながら、愛する人と二人で過ごすこの午後のひとときの甘さと一緒に、肺の奥へと宇宙の残骸を深く吸い込んだ。



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七代祟る子ちゃん(仮) @masumasu_no_gohatten

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