第2話 当事者意識
目の前にはパンケーキセットと季節のパフェとセットドリンクのコーヒー。それとお冷が3つ。何故なら向かいの席には10代なかばの男女二人がよく似た顔を並べて座っているからだ。
「パフェ、アイスが溶けちゃうから早く食べたほうがいいですよ」
対面する少女が私にそう勧めてくれる。丸っこい顔の輪郭に沿った短い黒髪、長いまつ毛と太い眉毛。隣に座ってる男の子もほぼ同じ容姿で、双子か歳の近い兄弟なのだと想像がつく。
「え〜と…じゃあお言葉に甘えて。身体がお腹減ってるみたいだから、この子が食べたがってたものをとりあえず注文しちゃった。でも私が主導権を取ってるときの記憶ってどのくらい残ってるのかな。気がついたら完食してるってヤダよね」
「あ、取り憑いて意識を奪うことってそんなにないんだ?」
少年のほうが少し驚いたように、片肘を立てた手に頬をのせて聞いてきた。
「よっぽどの時しか無いよ〜。この子が寝てる間に他の悪霊が襲ってきたりしたら私がガードすることはあるけど、それは別に身体を奪わないでも出来るし」
「で、私達に話ってなんですか? オバケさん」
オバケ、と呼ばれている私は、この身体の本来の持ち主である人間に先祖代々取り憑いている霊だ。今はこの若い女の姿を借りているので、ピンクの髪にロリータ服、ドクターマーチンを履いて金縁の丸眼鏡をかけているが、これは私の趣味ではないしキャラでもない。でも本当の自分のことも思い出せない。名前もわからない。なにも覚えてないのだ。
「あなた方が、さっき道端でこの子…てか私を見て、『二人いる…?』って囁いたのが聞こえたから、私のことも見えてるんだなってわかって。霊感強い人には今までもけっこう会って来たんだけど、ここまでしっかり認識してもらえたの多分初めてだから、相談に乗ってもらいたく…てか助けてほしくて」
そう、このお二人にはさっき道端でお会いして、「え、視えるの!?」 と、慌ててこの子の身体のコントロールを奪って、すぐそばにあったロイヤルホストに一緒に入ってもらったばかり。
良かったらお好きなものを頼んで、と言いたいとこだけど意識が無い間に財布からお金減ってたらこの子も困るだろうから、どうしようかな。
そう迷ってる私のことなどお構いなしに、二人はグランドメニューを広げている。
「『助けて欲しい』…って、取り憑かれてるその子側の台詞では? この子、めっちゃ身体弱ってるし、魂自体がなんかブレブレっていうか、この世との接続が弱い感じ? あなたが憑いてるせいですよね?」
ズバリ。少女の方がメニューから黒目だけをツッと上げて私を刺すように見る。
「う……、いや確かにそうなのよ、ぶっちゃけ。でも私もこの子から離れられないのよ。 離れてあげたいんだけども…」
「お祓いとかは? 自分が消えるんでもいいならそういうとこ行けば良くない?」
少年の方はメニューから目を離さずに軽くノリで提案する。
「さっきも言ったけど、私のことが視える霊能力者なんていないんだって! と言っても昔のことはあんまり覚えてないんだけどさ……とりあえずこの子に憑き始めてからは全く。てかこの子自体がオカルト一切信じなくて、どんなに霊障があっても神経性の病気としか思わない子だし。母親に取り憑いてた時は何回か拝み屋のとこに行った気がするんだけど、こうして今も私が居るってことは、」
「あかんかったわけね。あなたを祓う力が足りなかったか、シンプルにインチキだったか」
店員さんが私達のテーブルの横を通る時にチラッとこちらを見た。
「あ、早くなんか頼まないとマズいかな。サクヤ、あんたお腹どんなかんじ?」
「赤ちゃん扱いすな〜。俺ドリンクバーと、アヤが頼んだもの一口貰うからそれでいいよ」
(アヤ、とサクヤ、名前を気軽にバラしてくれるんだな。呪術の世界では名前はとても重い意味を持つはずなのに…)
ん? なんだ今の謎知識。オカルト系のことは、この子が全く興味を持たないから私も近年は触れてないはずなのに。何も覚えてないかと思うと、こうやって時々よくわからないことも意識に浮かぶ。
「えーと、今さらですが、お二人は霊能力者ですよね? お若く見えるけど、そういうお仕事をされてたりするかんじですか?」
アヤ、と呼ばれていた少女の方が今度はメニューに目を落としたまま答えた。なんとなく声のトーンが落ちる。
「…あ〜、ま〜ね、おばあちゃんがそれ系の仕事で。孫の私達も素質あったから見習いで手伝ったりしてるかんじ。私達だけで仕事とってくるようなことはまだしてない。てかまだうちら中学生だし」
え! そんな若かったのか!
「ヨシ! ブルーベリーヨーグルトサンデーにするかな…」
「はぁ? ヨーグルトよりチョコバナナだろ、そこは」
「じゃあ自分で頼めや!」
仲良しかよ。私も溶ける前にパフェ食べよ…本当は早めに話を済ませて身体をこの子に返してあげたいけど、そんな悠長なこと言ってらんなそーだし。パフェうめえ。何百年ぶりだろ…
「何百年ぶり!?」
「ハ!? どうしたんすか?」
声がユニゾンして私に向かってきた。
「いや私今、パフェ食べて『何百年ぶりだろ』って思ったんだけど…どゆこと!?」
「いや、知らんわ!」(ユニゾン)
アヤの方が顎の下を指でこすりながら問う。
「……そんな長く先祖代々から憑いてる霊なら、生前は江戸時代とかもっと前ですよね? パフェなんかあるわけないし、何百年ってのは単なる誇張表現として思わず出てきただけなんじゃ? 昔の記憶とか正確じゃないんでしょ?」
そう、幽霊ってのは脳みそが無いので記憶が保たないのだ。基本的には取り憑いてる身体の脳を共有してるから、取り憑いてる時の身体本人に起きたことは覚えていられる。が、その前に憑いてた身体、この子の母親や祖母などに憑いてた頃の記憶は、その身体が死んでしまうと忘れてしまう。幽霊の私自身の考えたことなんかもあまり覚えていられない。
「う……そうかも…でもなんかやたら実感こもってたかんじで言葉が浮かんだんだよね」
「え〜、じゃあ実は先祖代々取り憑いてた、というのはあなたの勘違いとか思い込みで、わりと最近亡くなって幽霊になり、この人に取り憑いてるって可能性もあるんじゃないですか?」
そう言われると揺らぐ…が、この子の記憶の中にある母親は確かに霊障に悩んでいたし、娘のことも幼いうちに何度か寺やら神社やらに連れて行っていた。少なくとも2代続けてオバケに悩まされてるのは確かだ。
「どっちにしろ、祓って欲しいってことですよね? ご自身を」
「は、はい、そうですね。もう取り憑いている人を苦しめてしまうのも、それを脳を通じて自分も体感しちゃうのも疲れちゃって…この子の母親も私のせいで早くに亡くなって、この子、天涯孤独なんですよ」
「早くに死んでしまうのは、あなたが憑いてるせいだって自覚があるんだ?」
ギクっとした。私が取り憑いているせいで、先祖代々彼女たちの肉体を弱らせてしまうのは、なんとなく感覚的にわかる。今現在を生きている存在じゃない私が重なることで生命力が落ちるのだと思う。
だが、もっと明確な理由があるのも自覚しているのだ。
「…私が、『早く死んで欲しい』って望んでるのが大きいと思います」
取り憑いている体が死ねば、私も解放されるかも知れない。そういう期待があった。そしてもうひとつ、いつのかわからない記憶の中に、
「七代目が死ねば終わり」
という決まり事のようなものが、ハッキリと残っているのだ。
「多分、生前の私は、この子の先祖に対して七代祟るって決めたか、何かに誓約しちゃってるみたいで…」
「おわっ…マジか…それけっこう重いやつじゃない?」
「自分の意志で離れられないのは勿論、そこらへんの霊能力者じゃ祓えないのも仕方ないかも」
店員さんが運んできたブルーベリーヨーグルトサンデーが、真剣な面持ちの二人の前にコトリと置かれた。
「…で、相談というのはですね。私を祓ってもらいたい、というのが1つと」
「ひとつ?」×2
怪訝な顔でまたもユニゾンされた。
「いや、祓えたらそれで問題ないんですが、もしあなた方でも私を祓えなかった場合に、なんとかして、この子に男をあてがって欲しいんです」
「へえ!?」×2
「…この子、六代目なんですよ」
終
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