七代祟る子ちゃん(仮)

@masumasu_no_gohatten

第1話 血縁関係

「この中で、嫌な感じがするものってある?」


 グレーの大きな事務机の上に、多種多様、色んなものが置かれている。

 小さな黄色い小瓶、古い焼き物の茶碗、高そうな黒い万年筆、十徳ナイフ、薄汚れた招き猫、シミだらけのハンカチ、真珠の首飾り、柘の櫛と、たぶんそれとセットの木製の手鏡、古そうなカメラ、ティディベア、登山靴、ジッポライター、そして真っ黒な手帳。



「どれも古そうなかんじですね…。曰くのある蔵から出たとか、そういうやつですか?」


 私はひとつひとつを手に取り、そのガラクタたちをジッと見ながら彼女に問い返した。

 短いふわふわの髪にしっかりした眉毛の笑顔の女性、人気オカルト小説の原作者でもある精神科医のYだ。隣には助手だという若い女性が座って、私とYのやりとりをスマホで動画撮影している。


 私はY先生の患者だ。私には子供の頃からよく得体の知れないものを知覚してしまう持病があり、周りからはオバケ娘だの霊感少女だのからかわれてきた。

 私自身は、これは単なる精神的な疾患か神経障害の一種であり、オバケだの幽霊だのの存在しないモノのせいにするのバカげていると思っているのだが、幼いうちからいくらそう言っても、母は私を病院には連れて行ってくれなかった。

 聞けば母も亡き祖母も同じ症状にずっと悩まされていたそうで、誰も居るはずのない場所に見える人影や、原因の分からない物音や現象の数々、それらに彼女らも悩まされていた。ならば私の苦痛もわかるはずなのに…




「嫌なかんじ…と言われても…どれも小汚いな〜とか、なんでこんなもん取っておくのかわかんないな〜ってかんじですね。真珠はさておき。これはアクセサリーのリフォームに出せば普通に使えそう。高そうだし」


 心霊現象を科学的な視点で解き明かし、オカルトを装った犯罪を一刀両断する人気のホラーミステリー小説シリーズ、その原案や監修を担当しているこの先生なら、私の症状もすぐ診断を下せるかと思って診察を受けたのに、何故か


「ぜひ取材させてもらえませんか?検査や治療は並行して行いますが、取材費として謝礼も出します、もちろんあなたの支払う医療費を相殺してもプラスが出るような。病院の方の会計は私の権限だとタダにしたり出来ないので…立て替え分もこみで、ギャラもお支払いする、というかんじで!」


 と頼み込まれ、こちらも貧乏学生なので「はあ、じゃあそれでお願いします」と引き受けてしまい、今日が2回目の取材。場所は彼女が勤める病院からほど近い、彼女の事務所と研究室を兼ねたシェアオフィスの打ち合わせルーム。小説の方は病院の仕事とは別にするために事務所を借りてるのだそう。


「正直、そこまで実入り良くないんですよ〜小説とか活字の本って漫画とかと違って、1万部売れたら大当たりってかんじでして。印税の私の取り分では自分だけの事務所を借りるのは厳しくて。あとシェアオフィスの方が人目がある分、けっこうメリハリつくんですよ」


 とのこと。売れっ子と言ってもそんなもんか。

 取材を受けるのは別にいいけど、正直さっさとわかりやすい病名と適切な処方箋を出してもらいたい。

 でももしかしたら、私の病気はそんなありふれたものじゃないのかも知れない。

 自分でもネットで検索したり図書館で本を読んでみたりして、同じような病気の人の事例が無いか探してみたけど、「これ!まさにこれ!」ってものは見つからなかった。

 世の中にはかなりレアな遺伝性の病気や症例もあるみたいだし、もしかしたら先生は、私の病気で研究論文とか出すつもりもあるのかも知れない。オカルト小説のネタ集めだけじゃなくて。


 やる気無さげに真珠をつまみ上げてる私に、Y先生がノートと鉛筆を渡してきた。

 

「ここに並んでるものをスケッチしてもらっていいかな?丁寧じゃなくてもいいので、簡単に、どこに何があるかを、見た人がわかるように描いてもらえたらOK」


 なんか心理学の検査っぽいじゃん?心理学と精神医学は別モノだけど、これで何かわかるのかなー。でも意図を先に聞いちゃダメなやつかもだしな。

 私は「はーい」と大人しく言われた通りスケッチした。絵はわりと得意だし。イラストとかも趣味で描いてるし。

 私は可愛いものが好きで、普段からロリータ系やフェアリー系ってくくられたりするファンシーな服を好んで着る。昔はこういう服ってすごく高かったらしいけど、私が自分で服を買うようになった頃には量販店でも可愛いデザインの服は色々売ってたし、昔ロリータやってた人やV系ファンの人からフリマアプリで安く買ったりも出来るから見た目よりお金かかってない。たぶん、髪の毛の手入れってか、カラーが一番お金かかってる。

 私の髪の毛は子供の頃からまだら白髪というか、半分くらい薄い茶色で、あとは灰色がかった白髪と、完全に真っ白な白髪のミックス。医者には、肌の色も薄いから体質でしょう、と言われてそれきり。母はいつも私の髪を見て「ごめんね。ごめんね…」と撫でてたけど、母親だからって子供の体質や病気まで生む前にコントロールできるわけないんだから謝らないで欲しいな。だいたい、この髪わりと気に入ってるし。変なものが見える病気はさておき。


「はい、描けました」


Y先生にノートを渡す。


「わ!上手だね!普段から絵を描くの?すごい〜!」


 いやいや、そんな褒められるほどは上手くないし…取材相手だから機嫌取ってくれてるんだろうけど、悪い気はしないというか、私ちょっとこういうとこチョロいんだよな。へへへ。


「ん?コレは何かな」


 先生が私のノートの中のイラストを指差す。


「あ、このハンカチです。わかりにくかったですか?」


「あ〜…斑点模様が大きく描いてあるから、何かと別のものに一瞬見えちゃった。ごめんごめん、そうだね、このハンカチだ」


「シミがすごいから、それを描いたらなんか豆餅みたいになっちゃいましたね」


「豆餅!それだ〜!ウケる〜!」


 明るく流してくれたけど、やっぱそんな見間違いされるほど下手なんだな…と少し凹んだ。


「あと、この手帳って、…黒いんだ…?…よね?」


「え?黒いですよ…ね?黒く描いたつもりですけど」


「うんうん、いや大丈夫。ちゃんと黒い手帳の絵に見えるよ」


 さすがにそれは見間違いようがないでしょ、と思ったけど、羊羹の切れ端みたいにでも見えたかな。ていうかお腹減ってるな、私。早く終わらせてギャラでパフェでも食べに行きてえ〜


「どうもご協力ありがとうございました!こちら、今日の分の謝礼ね。あ、領収書に名前と住所書いておいて〜。あとココに、"取材協力費として"って、お願いします」


 受け取った封筒の中身を確認してから、領収書に言われた通り書く。住所を書きながら、この住所もいつまでかな…と思った。

 去年、母が亡くなってから私の持病も重くなっている。何故か同じ場所に住んでいるとだんだん症状が重くなるのだ。つまり、あるはずのないものが見えたり、聞こえるはずのないものが聞こえたりする頻度が増えてくる。

 オバケなどいるはずないので、怖いとか不安とかではなく、単純に不便なのだ。どこかから鳴響く騒音が隣の部屋の生活音なのか私の幻聴なのか、前を通り過ぎる人影が同じアパートの人なのか目の錯覚なのか。

 こないだも大きな声で「たすけて」って声が何回も聴こえたから、お隣さんに何かあったのかと慌てて行ってインターホン押したら普通に出てきて怪訝な顔されて、

「すみません…テレビの音と聞き間違えちゃったみたいです」

 と平謝りしたけど、うちテレビなんか無いし。恥ずかしくて顔から火が出たわ。


 どうもこの症状は、同じところに長く住むと出やすいみたいで、たぶん脳の中に深く刷り込まれる生活環境の記憶が、症状を引き起こす脳の部位と近いとか、そういうんじゃないかなー。

 母もよく引っ越してた。「ここもそろそろね」って、ひどいと3ヶ月くらいで次の部屋に移った。

 たしかにその時は、夜中ずっとラップ音が耳の中で響くし、足元らへんを人が歩く気配がうるさくて、母も私も不眠気味になった。


 今度、そのへんの話も聞いてもらって、MRI検査とかタダでやってくんないかな〜。大人になって自腹で病院に行けるようになったらMRI検査を沢山受けるだろうと思って、ティーンネイジャーの頃からタトゥー入れるの我慢してるんだから!痛いらしいじゃん、タトゥー入れてると。まあ結局まだ未経験だけど、MRIもCTも。


 とかなんとか考えながら、領収書を書き終えて先生に渡す。


「ご協力ありがとうございました!じゃあまた来週お願いしますね〜!時間は近いうちに連絡しまーす」


 前回は子供の頃の話の聞き取り、今回は変な古物のスケッチと、その撮影。意味わからんな〜。なんにせよギャラはありがたい。笑顔で挨拶し、打ち合わせルームを出て、シェアオフィスの他の人たちにも会釈をしてから出口へ向かった。

 さ、来る途中で見かけたロイヤルホストでパフェとパンケーキセット食べよ〜っと。


□□□



「……彼女、今、あっちの部屋に会釈して帰ったね」


Yは、並べた古物を一緒に片付ける助手の女性に声をかけた。


「ですね〜。私がさっきコンビニから戻った時は今日はまだ誰も来てなかったですけどね~」


「そうだよね、このオフィス、大体みんな昼は現場行ってて、事務仕事しにここに戻るの夜だもんね」


「誰に会釈してたんですかね〜ウフフ…!」


 Yの助手は霊感のたぐいは全くない。珍しいくらいに無い。説明がつかない事象、というものに縁が無さすぎて、心霊現象に憧れてYの元で助手をしている。Yは普段、オカルト体験を集めるため「自称・霊感体質」みたいな人も多く相手するため、比較対象というか、バランスを取るためにもいつもこの助手をそばに置いて取材する。たとえY自身が取材相手の話に飲み込まれそうになっても、この助手の顔を見たり反応を見てると、スンっと冷静になれるのだ。


「ていうか、彼女、絵うまっ。可愛い〜。この小汚いガラクタたちが、ちょっといい感じのアンティーク雑貨みたいに見えますねー。あれ?これなんですか?」


「ハンカチと黒い手帳、でしょ?」


「この絵だとハンカチに大きな水玉模様が描いてあるけど…これ無地ですよね。あと、手帳。これの表紙、黄色というか、薄茶色というか、とりあえず黒ではないですよね」


「…えっ!黄色いの!?」


「えっ!?違います!?えっ!?」


 Yは助手の顔を見つめて、口をアヒルみたいに曲げてから腰に手を当てて俯き、ショックを受けたと言わんばかりに「はぁ…」と弱いため息をついた。


「……私には、グレーに見えるんだよね…その手帳。あと、もしかして、中の文字読めたりする?」


「え…読めますけど、紙がたわんでて読みにくいですけど。鉛筆でなんかびっしり書いてありますよね」


「まじか〜…」


「え、違うんですか?先生には見えてなかったってことですか?」


「うん、開いたらグレーの紙に罫線が引いてあるだけに見えた。水で濡れたシミのあとみたいのが沢山あって、ボンヤリして見えた印象。でも字があるのは認識できなかった…」


「ええ〜やばいっすね…この手帳なんなんですかね?」


「いやわかんない。これ全部、別に大した曰くとかなくて、うちの実家の蔵にあったガラクタを適当に持ってきてるだけだから」


「あ、そうなんですか?じゃあ何のテストだったんですか?」


「自称霊感強いタイプって、演技にしろ無自覚にしろ目の前に怪しげなものがあったら『これは嫌なかんじがします』とか言うからさ。だって証明しようがないし?さっき百均で買った玩具だって悪いものが憑いてないとは言い切れないんだから、言ったもん勝ちでしょ。彼女も思い込みが激しいだけなのか、それとも本人の言うように、本当に色々見えてて、なおかつオカルトを信じてない人なのかを確かめるつもりだったんだけど…私より知覚するアレは強いみたいね、彼女」


「先生にはハンカチもシミがあるように見えるんですか?」


「うっすらはね。でも落ちないコーヒー染みくらいに見えてたから、彼女のスケッチにビビっちゃった。黒いシミ。多分これ、血だわ」


「私には古い薄紫の無地のハンカチにしか見えませんね…やば〜っ面白い〜!」


 助手はゾクゾクするような刺激に目を輝かせて、「あ!」と高い声をあげた。何か思いついたようだ。


「先生!この手帳、中身コピーしたら先生にも字が読めるんじゃないですか!?」


「うわ!あなた賢い!ナイスアイデアすぎる!」


 早速、オフィスの共有のゼロックスで手帳の中を写してみた。字が小さくて汚いので読みにくいが、たしかにそこには文字の羅列があった。


「十二月七日、彼女は学校の友人と喫茶店に入っていた。若い婦人だけであのような場所に入るのはあまり行儀の良いこととは言えない。彼女は珈琲を飲んでいた。珈琲が好きなら今度は私が連れて行こう。十二月十日、彼女のコートが冬物に変わった。去年着ていたグレーのウールではなく赤。派手ではないか?よく似合っているが。私の妻になったらもう少し落ち着いた服装にしてもらいたい。十二月十四日…」


 どうも、Yのご先祖のストーカー日記らしい。


「人に読まれたくない気持ちが手帳を黒くしたんですかね?霊感ある人限定だけど」


「うーん、わかんないけど、我が家の恥だわ〜」




第一話おわり


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