第4話 有隣堂でも知らない世界

「ん……んんっ? あれ……?」


 私が目を覚ますとそこは見慣れた有隣堂のバックヤードだった。


 夢……だったの……かな?


 私は鎮まり返ったバックヤードを見渡し、机に置いてあった一冊の本を手に取る。

 タイトルは『ドラゴン学』

 中身を読んでみると過去にドラゴンがいた、という本の内容だ。


「……え……私まだ夢を見てる? それともまた変な世界に……?」


 そこに一人の女性が入ってくる。岡﨑さんだ。


「あれ? ブッコロさんここで何してるんですか?」


「――え、いや、別に……ここって現代……ですよね?」


 私の質問に岡﨑さんは疑問符を浮かべている様子だけど、


「寝ぼけちゃってるんですか? それじゃ明日の収録に支障が出ちゃいますよ?」


 岡﨑さんの一言で私は元いた世界に帰ってきたことを実感することができた。

 そうだよ。元々収録後で……あれ?


「えっと……ド忘れしちゃったんですけど、明日は何紹介するんでしたっけ?」


「ちょっと~勘弁してくださいよ~。 明日は私の文房具特集を延期してまで組んだ特集じゃないですか~!」


「え? いや~そう……でしたっけ?」


「そうですよ~! 未発表のシェイクスピアの作品がついに書籍化されて有隣堂うちでも取り扱うから大々的に宣伝するんじゃないですか~! でも絶対私の文房具回のほうがおもしろいと思うんですよね……」


 さっぱり覚えがない。

 というかそもそもしばらく収録がないから、私はラブコメに浸るために有隣堂書店に立ち寄ったわけだったんだし……


「そ、そうでしたね……ちょっと内容読んでおきたいな~なんて思ってるんですけど……」


「しっかりしてくださいね~! これですよ。1650円はお給料から引いておきますね! あっ……まだ私締め作業が残ってるんで行きますね!」


 表紙に二種ふたりの女性が描かれた小説だ。

 ご丁寧にレジを通した後、私に手渡すと岡﨑さんは駆け足で去ってしまった。

 ちょっと中身を覗ければよかったのに……

 まぁ桜花賞で当てればこれくらいの金額はなんてことないから良しとしておこう。


 そんなお気楽な気持ちの元、私は小説に目を向けた。

 話を追っていくと……そこに綴られていた物語は、私とウィリアムで作ったあのラブコメということに気が付いた。


「一人でもしっかり完成させてくれたんすね……」


 ページをめくるたびに、共に過ごした日々が蘇ってくる。


 頬を緩め笑いながら読んでいた物語だが、中盤以降は溢れ出した涙が止まる気配を見せず、すでに涙を抑えることを諦めていた。

 頬とページに雫の跡を残しながら、それでも私は手を休めることなく読み続けた。


 そして最後のページを読み終えた時、私は忍ぶように泣いていたはずが、知らずのうちに嗚咽に変わっていた。


「あ……いつ……ウィリアムのやつ……」


 途切れ途切れの掠れた言葉を必死に喉から絞り出す。



「農家の娘が負けヒロインになってるじゃねえかぁぁぁぁぁ~~~~!!」



 これが私に起きた不思議な出来事。

 有隣堂でも知らない世界の物語だ。

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有隣堂でも知らない世界 赤ひげ @zeon4992

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