パパごはんの日
島本 葉
本文
わが家には『パパごはんの日』というのがある。
普段はママがご飯を作ってくれているけど、月に1、2回はパパが夜ご飯の担当をするのだ。
ママに聞くと、私が生まれた時くらいからだとか。
「買い物行ってくるけど、なにかある?」
「卵くらいかな。よろしくー」
パパごはんの日は、ママはゆっくり過ごすのが決まりなので、溜まったドラマを見てのんびりしていた。
「
「うん、行く」
パパと買い物に行くと、お菓子を買ってもらえるチャンスだ。パパと近くのスーパーまで自転車を走らせながら、どんなお菓子を買ってもらおうかと考えていた。
「おや?」
パパが押していたカートにそっとチョコレート菓子の箱を入れると、すぐに気づかれた。けれど「これ1つだけな」と言って、パパはニコリと笑った。ママならこうはいかない。買ってくれるとしても、もうちょっとなにか言われてしまう。
「今日は何作るの」
カートの中には、卵と私の入れたチョコレート。あとは白菜ときゅうりとトマトが入っていた。料理ができない私だけれど、さすがにこの材料では誰も想像がつかないだろう。
「今日はカレーにしよう。パパカレーな」
「やった! あんまり辛くしないでね」
カレーは大好きなので、少しウキウキして言った。
「了解。明里、ルーはどれが良い?」
2人でたくさんあるカレールーの中から、美味しそうな雰囲気のやつを選んでカートに入れる。パッケージの裏に書かれた辛さ表示は甘口と中辛の間だ。
「えーと、ぶたこまぶたこま」
「ぶたこま?」
お肉のコーナーに向かいながら、なにか呪文のようなものをつぶやくパパ。
「そうだよー。豚のこま切れ肉だから豚こま」
そう言いながらパパが手に取ったのは、私も知ってるパックに入った豚肉。
「え、ふつうの豚肉じゃん?」
「そうだよー。豚のいろんな部位の切れ端を寄せ集めたものだから『こま切れ肉』。
腕の肉と聞いて、私は自分の腕をそっとさすりながら、豚の姿を思い浮かべた。腕? 豚に腕なんてあったっけ?
「前足の上の部分、かな? 体重を支えたり足を動かしたり、筋肉質で少し固いからスライスしてこま肉に使われてるって聞いたことあるよ。肉の味も濃いから、カレーにもぴったり」
そう言って、両手を前に突き出して少し前かがみになるパパはなんだかおかしかった。
「はーい、できたよ。食べよう」
宣言通り、パパの作ったのはカレーだった。カレーって、何を作ってるか離れていてもすぐに分かる。独特のスパイスの匂いがリビングまで流れてきて、ママとお腹へったねー、と言いながら待っていた。
「今日は『豚こまと白菜のカレー』です。あとサラダね」
私達がテーブルに就くと、白いお皿に丸く盛り付けられたご飯。その周りにはカレーがかけられている。
「ありがとう、いただきます」
ママが手を合わせたので、私も同じように手を合わせた。
「いえいえ、こちらこそいつもありがとう。どうぞ、召し上がれ」
パパはちょっと心配そうな表情でじっと見ていた。味の感想が気になって、どうしても一緒に食べ始められないらしい。
まずは、やっぱりカレーよね。
カレーの器を見ると、ルーの中には豚肉と細く切った白菜くらいしか見えなかった。私の選んだ『横浜なんとかカレー』のルーと合わさって、とてもいい香り。
私はご飯の山を少しスプーンで掬って、カレーと合わせて口へ運ぶ。少し濃い目のカレーの味が広がり、白菜が
「おいしい!」
「うん、美味しいね」
パパはちょっとホッとしたような表情だった。
「白菜がとってもとろとろして、おいしいよ。口に入れたら、ふわっととけるの」
もう一口食べる。うん、美味しい。とろとろの白菜と、豚肉。辛すぎないけれども少しピリッとした刺激がある。
「それに、白菜のカレーって初めて食べた」
カレーと言えば、人参じゃがいも玉ねぎだと思っていた。ママが作るカレーもほとんどがそうだし、給食で出るのもそうだ。
「わたしも初めて。でもホントとろとろで美味しいねー。お肉も柔らかい」
「え? ママも初めて?」
ママの感想にちょっと驚いた。
「そうよ。聞いたことはあったけど」
パパも安心したのか、スプーンを持って食べ始める。
「うん、これは
「お婆ちゃんが?」
「そう、僕が子供の頃から食べてたカレー。気に入ってもらえて良かった」
リビングにはママと2人だけだった。パパはキッチンで洗い物をしている。
「ねえ、ママ」
「なあに?」
私はパパが夜ご飯を担当するようになった理由を聞いてみた。
ママはふわりと笑うと、ちょっと秘密を打ち明けるように、少し声を潜めて教えてくれた。
わが家には『パパごはんの日』がある。
パパが育った味を私に伝えてくれる、少しだけ特別な日だ。
パパごはんの日 島本 葉 @shimapon
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