うち、おっぱいが揉みとーございます!

冬寂ましろ

* * * * *



 せっかくコミティアで新刊も既刊も全部売りつくしたというのに、打ち上げの宴会は阿鼻叫喚の地獄に変わった。


 「だーかーらー! うちはおっぱいが揉みたいんだって!」


 紹興酒の瓶を抱えたまま、ミサキが駄々をこねている。そのようすは、おもちゃ売り場で手足をじたばたさせている男子児童とそんなに大差なかった。


 「あかんわ。これじゃ春らんまん魅惑の点心15種コースが台無しやん」


 くるくるまわる円卓から最後の春巻をつまみ、口をもぐもぐさせながらタマヨが言った。


 「なら、タマヨが揉ませてあげればいいんじゃないの?」

 「いやや。今日は新しい春ニット、おろしてきたばかりやし」

 「それのどこに、どういう関係が……」

 「だって揉ませようとしたら、服をめくらんとあかんやん。ぺろんと。そないなことしたら服が伸びてまうわ」

 「そんなことないでしょ!」

 「いやなもんは、い、や、や」


 私達が言い争っている間にミサキは「揉みったい、揉みったい、揉みったいな~。あの娘のおっぱい、揉みたいな~♪」と、よくわからない歌を歌っている。しかも紹興酒の瓶をギターのようにかき鳴らしながら。

 私は困り果ててもうひとりにたずねた。


 「クロサキ、どうしよ」


 彼女はかけていた銀縁メガネをくいっとかけ直す。それから白酒が入っていた小さなグラスをタンッと言わせてテーブルに置いた。


 「アヤネ、お前が犠牲になれ」


 私は自分でもどこから出たのか、よくわからない声をあげた。


 「はああ?」

 「ミサキの絵で新刊が売れたんだ。我が同人サークル『黒猫飯店』の未来のためには、尊い犠牲を払うべきだと私は思っている」

 「尊みあふれる言葉をどうもありがとう。なんでこんな酔っ払いに、おっぱい揉まれないといけないのよ!」

 「ほら、タマヨといっしょに壁を作ってやる。幸いにもアヤネの服は前で閉じるタイプのブラウスだ。ボタンを開けて揉ませてやれ」


 何言ってんだこいつは……。

 私は怒りのあまり、赤いテーブルを拳でだんと叩く。


 「ふたりで始めたサークルでしょ! こんなときにボス面しないでよ!」

 「はっはっは。金のためには、うっきーとでも言ってやろう」

 「それはボス猿」


 涼しい顔をして、タマヨがエビチリに箸をつける。


 「ああ、こないだニュースで街に猿が出たって言ってはったわ」


 私はどこまでも遠くあきれ果てた。


 「なにそれ……。なら、クロサキが揉ませればいいでしょ? 私よりいいもん持ってんだし」


 にやにやと笑いながらクロサキが自分の胸を揉む。白いシャツ越しにたっぷりと膨らんだものを揉みしだく。その手つきは実にいやらしい。


 「ふふふ。このGカップは私のものだ。ミサキにはピーキー過ぎて無理だよ」

 「そんなことないよ。ねっ、ミサキ。そう思うでしょ? どうせなら、でかいのぶんどりなよ」


 話を振られたミサキは「おっぱい?」と言いながら不思議そうに首をかしげる。

 どっちのおっぱいがいいのか、考え込んでいるようだった。そのようすは、バナナとリンゴを前にした子猿のように見えた。


 ふかひれスープをぐいっと飲み干しながらタマヨが言う。


 「なあ、おふたりさん。どっちでもええけど、早く揉ませんと店の迷惑になるわ」


 それを合図に、ミサキが大きな声を張り上げた。


 「おっぱい揉ませないと暴れちゃうぞー!」


 私はあわてて立ち上がり、ミサキの口を手でふさぐ。ぎゃっ。ちろちろと舐め出した。あまりの気持ち悪さに手をどけようとしたけれど、また騒がれても困ると思って、そのままにするしかなかった。

 ミサキはハートが瞳に描かれているのが見えるぐらい、うっとりと私を見上げていた。


 「どうしよ、これ……。ねえ、殺していい? 山に埋めようよ? ねっ?」

 「あんな……。アヤネは、その気があるやろ?」

 「はあ? タマヨ、どういうこと?」

 「こないだの夏の即売会で、私のおっぱいをちらちら見とったし」

 「それ言うならタマヨだって! みんなで草津に温泉旅行したとき、浴衣の隙間から手を入れて揉まれたから!」

 「え、そんなことしてたの? まじ?」

 「クロサキが言うなよ! あんただって揉んだでしょ!」

 「いつ?」

 「高校の合宿のときだよ! あーもー、なんでいま、あの黒歴史を私が言わないといけないの!」

 「何言ってんの。話し出したのはアヤネでしょ!」


 なんという醜さ……。

 女の友情なんて、こんなものか。

 おっぱいを揉まれたくないために、3人のいい歳した女達が醜く争う。


 混沌した状況を鎮めるかのように、パンパンとミサキが手を叩いた。私達が振り向くと、厳かにミサキが言った。


 「うちも鬼じゃありません。ひとり。たったひとりで良いのです。揉ませていただければ、それで満足でありまぁす!」

 「はあ。だから、それを誰にするのか……」

 「こうしましょう」


 ミサキが抱えていた紹興酒の瓶をトンと円卓に置いた。


 「ルーレットで決めるのです。この円卓をぐるぐると回して瓶に近い人を私へ捧げれば、それで丸く解決です!」


 私達は顔を見合わせた。「まあ……」、「それなら……」とお互いに言い合う。


 「では、行きまーす! えいっ!」


 この世の中には遠心力というものがある。

 そして酔っ払いである。力の加減なんてできやしない。

 当然のように円卓に置いてあった料理が、私達へと飛び散った。


 「ぎゃー!」

 「ちょ、なにするん! せっかくのニットがエビチリだらけやん!」

 「ちょっと! スカートまで浸み込んでる!」


 あわてている私達を指差して、ミサキがにゃっはっはと陽気に笑っていた。


 「あの……お客様……」


 こめかみをピクピクさせた店員によって、私達はすぐに店から追い出された。




 ヘッドライトの河が流れているのを眺めながら、私達は夜の通りを歩いていた。

 クロサキが汚れた服をさすりながら言う。


 「いちばん近い家isどこ?」

 「アヤネのとこやな。このまま道をまっすぐやろ?」

 「えっ、うち? まあ……」

 「まあまあ広いし、4人入るし。風呂もあるさかい、いまはそこへ避難や」

 「そうだけど、なんかこう……。納得いかない」


 自分のブラウスを見下ろす。醤油の黒と、エビチリの赤が飛び散っていて、なんともアーティスティックだった。

 ほかの3人も、タクシーに乗るのも電車に乗るのも、かなりためらう格好になっている。


 「すきやき!」


 それは「隙あり」だろうと突っ込む間もなく、ミサキが私の後ろから飛びついた。当然のように胸へと伸びていく手を、私は思い切りつねる。


 「いったーい!」

 「こら。私のおっぱいは高いぞ」

 「けち。揉ませろ―」

 「嫌です」

 「なんで? うちのこと嫌い?」


 ミサキは潤んだチワワのように私を見つめた。まあ、チワワというよりはショタエルフかな……。

 キュロットパンツにスプリングコート姿は、どちらかというとショタっぽい。

 編み込んだ髪でハーフアップにしていて、なんというかこうエルフっぽい。

 だから、まあ、ミサキにも胸はあるけど……。じろじろと胸を見ていたのが、ミサキにバレてしまった。


 「やっぱりぃ。あんなこと言ってても、アヤネはおっぱいが好きだよね。おっぱいはいい! おっぱいばんざい!!」


 うっさいな……。


 「おいおい。外でおっぱじめるな。まだ寒いぞ」

 「クロサキ、そこ? そこが論点なの?」


 もう仕方ないか……。

 私はあきらめながらみんなに言った。


 「家まで歩くよ」

 「かまわん」

 「久しぶりやね」

 「おっぱい!」


 いろいろな汚れを付けた、いろいろな女4人が颯爽と風を切るように歩いて行った。




 私の家は、死んだ親から譲られた家族向けの古いマンションだった。広すぎて何度も手放そうとしたけれど、ずっとそのままでいた。

 でも、決めきれなかった心も、少しは役に立つ。こうして3人を迎えられるぐらいには。


 私は使っていない部屋からごっそりと毛布を抱えて居間まで運び、布団の上に座って私を見上げている彼女たちへ、ばさっと投げ与えた。


 「みんな文句言わないでよね」


 ほかほかとしたクロサキが「風呂までもらって、文句言うわけないよ」と、毛布を手繰り寄せながら言う。


 ぼつりとタマヨが「なんかつまみでも用意せんとあかんかったか」と言う。私は思わずツッコミを入れる。


 「タマヨはまだ飲むんかい! どんだけ飲むんだよ」

 「ええやん。なんかこう、飲まんとやってられん雰囲気に思わん?」


 しんみりとそう言うタマヨに、クロサキが言葉を重ねる。


 「居間に並べた適当な布団。適当な毛布。こうしていると、サークルが出来立ての頃、泊まり込みで本を作っていたのを思い出すな」


 そうだった。描いても描いても終わらなくて、「だめだー」って言いながらちょっと寝て、また起きて……。それでも本は完成した。あまり売れなかったけれど。

 あのときの喜びがあるから、私達はこうしていまでもいっしょにいられる。


 「ちょっとビールとか切らしててさ。タマヨ、ごめんね」

 「ええよ。まあ初心を忘れたらあかんということやな」

 「それってなんかさ……。酔っ払いのお説教みたいだよ」


 タマヨは「してやられた」という感じで笑い出した。


 私達は女同士でこうして身を寄せている。

 タマヨのとこは離婚したし、クロサキは忙しそうにしてるけど、ずっと何かに引きづられている。私だって……。


 布団の空いているところにぽすりと座ると、寝そべっていたミサキが、にょろりと体を動かして私の太ももに頭を乗せた。


 「ねえ、いつになったらおっぱいを揉めるの?」

 「そんなイノセントな目で見つめても揉ませません」

 「ええーっ」

 「ミサキ……。あのね、近所迷惑になるからね。ここで暴れたらひどいからね」

 「うん……、まあ……、はい……」


 私に怒られたミサキは、毛布を引き寄せると顔を少しだけ出し、膝の上からちらちらと私を見ている。


 ミサキだけが違っていた。私達のところにいつのまにか住み着いた猫のような存在だった。


 まあ、いいか。

 あくびをしながら私は言う。


 「もう眠いから寝ていい? 寝よ。寝て忘れよ」


 クロサキとタマヨは「へい」、「寝よか」と言って毛布をかぶり横になる。


 「はい、寝る。それ、寝る」


 そう言うと私は部屋の灯りを消した。


 ミサキが私から離れていく。良かった。そのままおとなしく寝てくれるようだ。

 私も布団の隙間に入り込むと目を閉じた。


 ……もぞもぞと私の隣で何かが動く。

 手が当たる。

 それが少しずつ胸の方に動いていく。


 私は目をつむったまま小声で呼びかけた。


 「ねえ、ミサキ。酔っぱらっているふりなんてしないでよ」


 ぴたりと動きが止まる。それから照れたような声をミサキはあげた。


 「ばれてた?」

 「あんた、うちで一升空けてたの、覚えてるんだから。あれぐらいで酔っ払うわけないでしょ」

 「そっか。うちもまだまだだね」

 「なんかあったの?」


 ミサキが私の腕を体で包むようにぎゅっとつかむ。


 「あはは、なんで気がつくかな」

 「気づくよ。いっしょに遊ぶようになって長いし。なんかあってバカしたかったんでしょ?」

 「そうだね。そうなんだよね……」


 私をつかんでいる手の力が少しずつ強くなる。


 「……うち、触りたいだけだから」

 「ねえ、ミサキ。どうしておっぱい触りたいの? あんたにもあるでしょ?」

 「そうだけどさ。でもね、人のって、やっぱり違くて。形とか、触った感じとか」

 「そりゃそうだろうよ」

 「いちばんは、触れたときの相手の反応かな」

 「エロいな」

 「エロいよ。そういうことすると男の人とはやっぱり違うなって思う」

 「なら、なんかそういう風俗とかあるでしょ? お姉さんたち、すごいらしいよ」

 「満たされないと思う。そんなんじゃ、とても……」


 ああ、そっか。


 私は息といっしょにわかりたくなかった感情を吐き出した。

 そのままの関係にできなかったことへの後悔とか、自分に隙があったという反省とか、そうしたものをすべて体の外に投げ出した。


 たぶん、そういうことなのだろう。


 「ミサキ。私で、いいの?」

 「うん。アヤネがいい」

 「そうならそうと、素直に言えばいいのに。あんなに暴れなくても」

 「素直に言えるほど、うちは酔っぱらえなかったし。ああすればここに連れてきてくれると思ったから」

 「策士か」

 「策士だよ。おっぱいのためには、なんでもする」

 「よくわかんないけど……。ほら」


 私は腕をつかんでいたミサキの手を取ると、そのまま胸の上に乗せた。

 てっきり揉みしだかれると思ってた。いつまで経ってもミサキはそんなことをしなかった。


 「どうしたの? 揉んでいいよ?」

 「その……」

 「もしかして、直がいい?」

 「えっと……、うん……」

 「もう。私は寝るときはブラ外す派だから……」


 私が言い終える前に、ミサキはパジャマの隙間から手を入れていた。

 ミサキが寝ている私のそばにぐっと体を寄せると、胸の形をなぞるように少し冷たい指先を動かす。


 「肌ざわりいいな……。すべるようだし……」


 耳元にミサキの息がかかる。私は口に手をやって、漏れそうになった吐息を塞ぐ。どうにか我慢すると、私はなんだか笑ってしまった。


 「だめだ、これ。照れる」

 「逃げないでよ、アヤネ」


 それはとてもゆっくりとした動きだった。

 そっと胸の膨らみをなぞられる。

 手で包まれて体温を感じさせる。

 形を知るように、やさしく愛してくれるように。


 こんなの……、じらされるだけで……。


 相手はミサキなのに……。クロサキじゃないし……。


 ミサキの動きがふいに止まる。


 「女の子、いいな。わけわかるの安心する」


 それは私もわかる。あんなふうに触られたら相手はどう思うのか、それはミサキも私もわかるから。


 だからかもしれない。

 私はミサキの気持ちがわかっていた。


 手を伸ばすと、私はミサキの頬にそっと触れる。


 「こうでもしないとダメだったんでしょ?」


 ミサキのおでこが、私の頭にこつんとやさしく当たる。


 「だから、なんでわかるかな」

 「やっぱり?」

 「気づいていた?」

 「うん、まあ……。でも、違うって思ってた」

 「違くはなかったよ」


 声を引き絞るようにミサキは私の耳元で言う。


 「うち、結婚することになってさ」

 「え、そうなの? いつ?」

 「来週」

 「はい? どういうこと? なんで黙ってたの?」

 「うちの彼、お堅いとこにいて、同人とか作れない感じでさ。もう会えなくなる。だから、少しだけ思い出が作りたかったんだよね」

 「それで私のおっぱい?」

 「うん、あのね、私は……」


 そこから先は聞いてはいけないような気がした。来週には私が知らない人のものになるのだから。

 私は頬に触れていた手で、ミサキの唇をむにゅっとつまむ。


 「私も悪い気はしないから。いまはそれでいい?」


 ミサキがうんうんとうなづいたので、私はそっと手を離す。私の耳元まで顔を近づけると、そっとくすぐったく言う。


 「うちもそれでいい」


 その声で私の心に悪の華が咲く。

 それなら私もミサキとそんなに変わらない策士ということなってしまう。

 でも、まあ……。仕方ないか。


 「じゃ、おいで」


 私は音をたてないようにして毛布を静かにめくる。胸に置かれたミサキの手をつかむと、そのまま風呂場へ連れていく。

 浴室の灯りを付け、洗い場にバスタオルを何枚も引いて、私達は向かい合うように座った。


 「寒くない?」

 「うん」


 着ていたもこもことするパジャマをゆっくりと脱ぐ。自分の胸をはだけさせ、見慣れたそれをミサキへわかるようにさらけだす。


 「見える?」

 「うん……。近寄っていい? もっとしっかり見たい」

 「もう……。どうぞ」


 ミサキが這うようにして近づく。私が冷たい壁に寄りかかると、そっとミサキの指先が左胸に触れた。


 「きれいだね。私のより大きくて……」


 バストのカーブに沿って指先を動かされる。


 「乳首が上向きで、下乳がぷっくりしてて……」


 体が抑えきれなくなった。少し跳ねてしまう。それがミサキの指先にも伝わった。

 私は照れ隠しに、少し怒るように言った。


 「解説しないでよ。恥ずかしいし」

 「じゃ、うちのも見て」


 ミサキが貸していたパジャマの上を脱ぐ。

 少し小ぶりの胸があらわになる。私はそれをかわいいなって思った。

 見惚れていた私へ、いじわるそうにミサキがたずねる。


 「解説する?」

 「ばか。しないよ」

 「じゃあ、わかってもらう」


 重なった。

 胸と胸が押され合う。


 暖かい。

 なぜだか落ち着く。

 それでも何かを求めようとする感情が湧き上がる。

 なんだろう。なんで……。


 「おっぱいっていいな」


 私にもたれながらそう言うと、それが当たり前のようにミサキは私に唇を重ねた。

 少しずつ。

 本当に少しずつ。

 歩み寄るようなキスだった。


 ふいに私とミサキ以外の声が部屋からした。

 え、なに?

 私があわてて体をずらすと、それをミサキが引き留める。


 「知らないほうがいいよ」

 「……どういうこと?」

 「アヤネがクロサキと昔付き合ってたの、うち知ってる。だから知らないほうがいい」


 わけがわからなくて、私がたずねようとしたら、ミサキが私の胸に顔をうずめる。


 「声、抑えて」


 かわいい舌が私の胸を這っていく。ゆっくりやさしく、膨らみに沿いながら、そして先のほうへ。

 舐めて、吸われて、転がされる。


 私は手を噛みながら、必死に我慢する。


 聞かれちゃダメ。

 絶対ダメなのに。


 どうしてミサキは……、私に声をあげさせようとしているのだろう。


 「するのはやっぱり女の子だな……。どうすればいいのか、わかるし」


 急に恥ずかしくなった。

 感じているのを知られたくなかった。

 身をよじって逃げようとするのを、ミサキは許してくれなかった。


 「ねえ、うちにアヤネの可愛いとこ見せて。私はそれをおかずにこれからを生きてくから……」

 「……言い方。んっ……」


 下に手を伸ばされる。

 指先を滑り込まされる。

 腰が浮いてくる。


 「ほら、足は伸ばしたほうがいいよ」

 「ばか……」


 どうにもならなくなった。こんな恥ずかしい姿を見せたくなかった。

 私はミサキの体に手を回してしがみついた。ミサキの体温が私に混ざっていく。


 「や……、ミサキっ!」


 ぎゅっとする。白くなる。

 それから沈み込んでいく。


 「かわいい……」


 力が抜けていく私の体を、ミサキはぎゅっと抱きしめた。


 「ずっと好きだったよ、アヤネ」


 乱れる息の中で聞いた言葉に、私は何も言い返せなかった。




 それから私がしたことは、ささやかなことだった。


 あの日、ミサキが置いていった結婚式の招待状に、明日というときになってようやく×を付け、すぐに速達で送り返した。

 なんだか悔しくなって、こっそり成田まで新婚旅行を見送りに行ったら、すぐミサキに見つかった。見つけて欲しかったのかもしれない。

 出発手続きの締め切り5分前に、ミサキが離婚すると言い出した。

 その日のうちに私の家へミサキが上がりこんだ。


 わずか3日の出来事だった。


 それからずっとミサキは私のそばにいる。

 こんなふうに。


 「ちーっちっちっ、おっぱいー。ぼいんぼいーん。ぼいんぼいーん」


 ミサキのあほらしい歌が、修羅場を迎えている我が家に響く。


 「ミサキ先生ー、あと12時間で描いてくださいねー。ちゃちゃっと印刷所に入稿してくださいねー。そうしないと割引が効きませんからー」

 「うえーい。わかってますよ。そっちは?」

 「背景はできた。少しパース付けたから」

 「どれどれ……。おお、さすが。我が心の友よー」

 「ミサキ。いいから手を動かしなさい」


 机に向かっていたミサキが私に近づく。あ……。目がいやらしい。すばやく首元から手を入れられる。


 「ちょっと!」

 「うち、言われた通り手を動かしているんだけど」

 「ばか……」


 私はおっぱいを揉まれるままにしていた。印刷の割引がなくなるのはちょっと痛いな……と思いながら。

 きっと私もミサキと同じようにばかになったのだろう。私もおっぱいを揉みたいし。それなら、いっしょに歌ってあげようかな。いっしょにいろんなことを。これからも。ずっとこれからも……。


 壁にかけている4人のウエディングドレスの写真が、きらりと光って私達を見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うち、おっぱいが揉みとーございます! 冬寂ましろ @toujakumasiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ