幼馴染の筋肉ダルマがヤンデレゴリラに進化した!

折上莢

第1話

 昔はあんなに細くて小さかったのに。


 時の流れというのは残酷だ。否応なく年は取るし、時間は進む。時は止まらない。進み続けるだけである。

 一人、そんなことを考えながら通学路を進む。今日から新学期。事前にリークされたクラス表で、私は『彼』と同じクラスだった。し、昨晩彼からの歓喜のメッセージが送られてきた。


「みのり」


 心地よい低音が私を呼ぶ。

 振り返るより先に、大きな手がポンと肩に置かれた。


「…おはよう、あきら」


 振り返った先にいたのは、ゴリラ。否、筋肉ダルマだった。

 今年で十八の私たちはまだ高校生。なのに体格も良く筋肉もしっかりついている彼は何者なのだろうか。スポーツマンではあるが、それにしたって同年代より筋肉がついているではないか。筋トレのしすぎである。


「同じクラスだね」

「そうだね」

「いっぱい話しかけていい?」

「だめ。めんどくさいから」

「えー⁉︎ なんで⁉︎」

「めんどくさいから」


 そう、めんどくさいから。筋肉ダルマである彼は、男らしい見た目に反して心優しく、誰にでも平等に接する。ノリもいい。そのためかなんなのか、大いにモテるのだ。

 もう一度言う。大いにモテるのだ。わかるか? モテる人間が、一人の女子に話しかけに行ったり一緒に行動したりしたらどうなるのか。


「変な噂が立つでしょ」

「えー。俺気にしないのに」


 火のないところに煙は立たぬ。男女が共に行動していれば、思春期の私たちはいろいろなあらぬ想像(妄想ともいう)をする。


 あの二人最近良く一緒にいるよね。付き合ってるのかな?


 この高校生活で何度聞いただろうか。そして、自分自身何度言っただろうか。結果付き合っていたり付き合っていなかったりするのだが、勉強や人間関係に疲れた私たちは色恋というオアシスを求めてしまうのだ。

 その標的になる? まっぴらごめんだね。


「あんたが良くても私が嫌なの」

「昔は俺のこと守ってくれたのに」

「もう私が守らなくても、車くらい跳ね飛ばせるでしょ」

「俺のことなんだと思ってる⁉︎」


 ぎょっとした彼を置いてスタスタ進む。彼はその筋肉質な足を伸ばして、私の隣に並んだ。


「俺、まだみのりちゃんに守ってもらわなきゃ生きていけないか弱い男の子なのに?」

「か弱いとは正反対の位置にいるくせに、よく言うよ」

「ねーえー、なんでダメなの? 高校で初めて同じクラスになれたんだよ? 部活ももうすぐ引退だし、そしたら一緒に登下校できるんだよ? ねえなんでダメなの⁉︎」

「ヒスるな、五メートル離れて歩け」

「他人の距離じゃん! 俺たち幼馴染だよね⁉︎」


 ぴたりと足を止める。隣で喚いていたあきらも歩みを止めた。


「…幼馴染だってね、いつかは離れなきゃいけないんだよ」


 どんどん遠い存在になる。成長するにつれ、彼の周りに人だかりができていく。スポーツもできて、愛嬌も良くて、優しくて。みんなが彼を好きだし、私も、かなり前に彼が好きだと気付いた。


 でも同時に、知ってしまった。

 幼馴染という称号だけでは、人をかき分けた先の、彼の隣に立っていられないのだ。


「だからもう、私のことは気にしなくていいよ」


 昔のままだったら。

 小さくて細くて、か弱いあきらのままだったら。本当に、私が守らなきゃ死んでしまうあきらだったなら。


 私が隣にいる理由があったのにな、なんて。


 あきらは無言だった。きっと、自分勝手な私に呆れてる。だから置いて行こうとした、その瞬間。

 ぎゅっと、痛いくらいに腕を掴まれた。


「…何、痛いよ」

「俺の方が痛いよ」

「いや待って、本当に痛いから。自分の筋肉量考えて?」

「…ごめん」


 緩められはしたが、しっかりと腕は握られたまま。


「俺、みのりの言ってること、ちゃんとわかるよ。幼馴染ってだけじゃ、ずっとそばにいられないって、わかってるよ」

「…うん。だから、もうやめにしよう? 幼馴染」

「………………………………うん」


 だいぶ考えたな。

 これでこの話は終わり。僅かな喪失感と共に学校に行こうと思ったが、あきらが離してくれない。


「あきら」

「…幼馴染、辞めるから、諦めるから」


 俯く彼の表情は、下から見れば丸見えだ。

 耳まで真っ赤に染まった彼は、意を決したように唇を結ぶ。そうして、やっと離された手が、今度は両方で頬を包んできた。


「だから、っ、俺に、みのりの隣にいられる権利を頂戴! 彼氏でも、旦那さんでもいいから!」


 は?

 なんだか一箇所、話がぶっ飛ばなかったか?


「幼馴染じゃダメだっていうのは、俺もその…満足できなかったから、いいけど」

「おい待て。あきら、止まれ」

「みのりの隣にいれるんだったらなんでもいいよ、彼氏でも旦那でも、…ぺ、ペットでも」

「照れるな、話を聞け」

「で、でも個人的には旦那さんがいいなあ…。法律でみのりのこと縛れるんでしょ? 最高じゃん」

「どんどん不穏な方向に行く」


 暴走を始めた筋肉列車は止められなかった。頬を包まれ、強制的に上を向かされる。


 …あきらの目は、こんなに濁っていたかな。

 

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