とある探索者達の日常

 その後の事を、少し話そう。まずは何と言っても『完全な人』ことオルガのことだが、環境の激変や突然増えた姉など、一二歳の少女がその変化を一度に全部受け入れるのは当然の如く無理だった。


 なので丁寧にエフメルさんやアルフィアさん達との会話を積み重ねることで、数日掛けてようやく「納得は無理でもひとまず理解した」くらいまでなった。


 勿論まだまだ環境に慣れてはいないようだったが、まあその辺はもう俺の関与するところじゃない。多少ぎこちないのは仕方ないにしても、オルガとアルフィアさん達の関係は悪くないようだったから、焦らずゆっくりやっていけば、そのうち時間が何とかしてくれることだろう。


 で、次はダンジョンだ。『完全な人』の再誕という目的が達成されたことで、エフメルさん達にとってダンジョンはもう必要ないものとなったわけだが、流石に「いらなくなったからポイッと投げ捨てる」などということはしないし、できないらしい。


 というか、されても困る。少なくともここ数百年は、ダンジョンは存在することが前提として社会が形成されているのだ。それが突然消えたら大混乱になっちまうからな。


 ということで、今後はまず世界各地に存在する小ダンジョンの発生率が減少し、かつ総数も減らしていくことで最終的にゼロにすることを目指すそうだ。


 で、小ダンジョンが消し終わった後は七つある大ダンジョンも徐々に規模を縮小するか、あるいは最奥までの踏破者が出たらそれを機に消す、というのを検討しているとのことだった。


 ちなみに、小ダンジョンを世界から完全に消すまでにおおよそ一〇〇年かけるという話なので、俺が生きている間には大ダンジョンが消えることはないらしい。探索者として飯を食っている俺としてはホッと一安心だ。


 今更田舎に帰って畑を耕せとか言われても困るというか、余分な畑なんて何処にもないので、普通に路頭に迷うからな。


 そして最後。ならば俺達の今後はどうするかということだが…………





「くあーっ! すっげー久しぶりだな!」


 ベリルさんに送ってもらって<原初の星闇コスモギア>の外に直接転送してもらい、俺は空を眺めてそう声をあげる。いや、マジでいつぶりだ? 一年くらい経ってるよな?


「おぉぉ、太陽なのじゃ! 日差しが暖かいのじゃ!」


「風も吹いているのデス。大自然の驚異なのデス!」


 そんな俺の隣で、ローズとゴレミもまた思い思いの感想を口にしている。


 そう、ゴレミは俺達と一緒に来た。もしも家族の元に残りたいというのであれば断腸の思いで別れる覚悟はあったが、「ダンジョンに入れば普通に姉ちゃん達とは会話できるデスし、ゴレミだけなら変な例外を作らなくても家に帰れるデスから、気にしなくて大丈夫デス」と普通に言われた。


 なるほど、言われてみればそうだよな。ゴレミは元々「向こう側」の存在だから、普通に帰宅できるわけだ。なら俺達としても無理に別れる理由なんてねーし、逆に今のゴレミには再び外を旅する理由が増えている。それは外の世界をより深く探索し、その情報を定期的に持ち帰ることだ。


「早くオルガにも外を案内してあげたいデス!」


「そうじゃな。しかし何か色々問題があるのじゃろう?」


「そうデスね。オルガはゴレミ達と違って人間の体デスから、免疫系を整えた後じゃないと外に出せないのデス。でも父ちゃん達ならきっとすぐにやってくれるデス。


 だからその日のために、ゴレミは外の世界の素敵スポットやグルメレポートを完璧に調べ上げておくのデス!」


「ははは、そうだな」


 今のゴレミはいつも通りかつ元通りに石の姿だが、エフメルさんの計らいにより、この状態でも飯を食うことができるようになっている。おまけに<原初の星闇コスモギア>でなくても、その能力が人間のように成長できる……正確には元々強い状態からあえて封印をかけて、それが段階的に解除される……ような調整をしてもらったらしい。


 俺からすると色々と遠回りな感じがするんだが、ゴレミ曰く「マスターやローズと一緒に成長するのがいいのデス!」とのことだ。確かに俺達としても、一緒に戦って強くなれる方が楽しいし、いい発想だったのだと思う。


 それと姿に関しては、完全にゴレミの趣味というか、拘りだ。俺がどうして石像の姿を選んだのかを聞いてもニヤニヤ笑うだけで教えてくれなかったので、それ以上は聞いていない。ま、自分の姿のことなんだから、自分の好きにすればいいと思うしな。


「にしても、この町も随分変わったのじゃ。兄様はまだ滞在しておるのじゃろうか?」


「さあな。てかそもそも俺達がちゃんと生きてるってことから伝えねーとだし」


「なら、最初は探索者ギルドに行くデス!」


 随分と賑やかに、そして町らしくなったセントラリアの通りを歩き進むと、すぐに世界共通の看板を掲げた探索者ギルドを見つけることができた。中に入って受付にいくと、そこにいたのはどことなく見覚えがあるような気がする、四〇代くらいの優しそうな女性だ。


「探索者ギルド、セントラリア支部へようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」


「あー、えっと……どう言えばいいんだ? 生存報告?」


「普通に帰還報告でいいんじゃないデス?」


「あー、そりゃそうだな。ダンジョンから戻ったんで、その報告です」


「畏まりました。では探索証ライセンスをお願いします」


「はい、どうぞ」


「確認致します…………えっ!?」


 俺が差し出した探索証ライセンスを見て、女性が驚愕の声をあげる。そのまま何度か俺の顔と探索証ライセンスを見比べてから、おずおずと声を掛けてきた。


「あ、あの、これは本当に貴方のもので間違いないですか?」


「へ? そりゃまあ……そもそも探索証ライセンスの偽造なんてできないでしょ」


 詳しいことは知らねーが、探索証ライセンスには登録者を識別する機能があり、他人の探索証ライセンスを使おうとするとすぐにばれるらしい。まあ実際にやったことはねーからそれがどの程度のものかはわからねーが、場所や相手によってはこれ一枚で大金をやりとりできるのだから、相応に信頼のおけるものなんだろう。


 そしてそれは、職員の女性もわかってるはずだ。それでもなお自分の目が信じられないのか、今度はローズに声をかけてくる。


「申し訳ありません。そちらの方も探索証ライセンスを確認させていただいて構いませんか?」


「妾もなのじゃ? 勿論いいのじゃ」


「うわ、本当に……っ!? 少々お待ちください。只今ギルドマスターを呼んでまいりますので」


 そう言うなり、俺達の返事を待たずに、女性が飛ぶような勢いでギルドの奥へと姿を消していく。仕方ないので待っていると、やたら喧しい声と共に、誰かがこっちに近づいてくるのがわかった。


「何を言っとるのだマエラ君! 死亡扱いにした探索者が今更生還しただと!?」


「本当なんですヘリソンさん! 今そこに来てらっしゃるんですよ!」


「そんなもん詐欺師に決まっとるだろう! 大体……む、お前達か?」


「は、はぁ……」


「馬鹿も休み休み言え! お前のようなしょぼくれた探索者が、一年以上もダンジョンに潜り続けていたなどと誰が信じる!? 世界最高のパーティですら、六〇人のレイドを組んで半年が限界だったのだぞ!?」


「それには色々と訳が……ちゃんと説明しますから」


「詐欺師の言い分なの聞くわけなかろう! おい、警備! こいつらを引っ捕らえろ!」


「ちょっ!?」


 俺が変な声をあげるのと同時に、周囲に武装した人が集まってくる。うわ、ヤバい。これはヤバい。


「クルトよ、どうするのじゃ!? 話せばわかるじゃろうし、ここは大人しく捕まるのじゃ?」


「甘いデス、ローズ。あの手の輩は絶対にこっちの話を聞かないのデス。捕まったら最後そのまま犯罪者に仕立て上げられて、マスターは強制労働に、ゴレミやローズは思うさまに弄ばれてしまうのデス!」


「なんと!? それは嫌なのじゃ!」


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! くっそ、これどうすれば……」


「こんなのは間違っています!」


 困る俺達の前に、受付の女性……多分マエラさん……が声をあげる。そのまま俺達の側にくると、ギルドマスターと呼ばれた天辺ハゲのオッサンを睨み付ける。


探索証ライセンスが本人だと証明しているのに、何故それを信じないのですか!? それでは探索証ライセンスの意味がないどころか、探索者ギルドの権威そのものを否定することになりますよ!?」


「ええい、うるさいうるさい! たかが受付嬢の分際で生意気な! 構わん、マエラ君……いや、マエラも捕まえろ!」


「ヘリソンさん、それは流石に……」


「警備員如きが口答えするな! それにそっちの娘は、先月国葬を終えたローザリア姫殿下を騙る大逆人だぞ! 捕まえて差し出せば、きっとフラムベルト皇帝陛下から恩賞をいただけるはず! 私の出世のためにも、絶対に捕まえるのだ!」


「え、妾死んでおるのじゃ!?」


「てか、フラム様が皇帝!? マジでこの一年で何があったんだよ!?」


 世界情勢の変化がエグい。俺達が死亡扱いなのはまあ納得もできるんだが、まさかフラム様が皇帝に即位していたとは……となると、会って話すのは相当難しい、か?


「いい加減にしなさーい!」


 と、そこでマエラさんが大きな声でそう叫ぶ。


「まったく、さっきから聞いていれば自分のことばかり……もう怒りました。これは少しお仕置きが必要みたいですね」


 そう言うと、マエラさんがスカートの中から鎖付きトゲ鉄球モーニングスターを取り出す。一体どうやってあんなもんがスカートに入っていたのかがもの凄く気になるが、流石にそれを聞ける空気ではない。


「マエラ、貴様邪魔をするつもりか!?」


「当然です! 代々探索者ギルドの受付を担う一族として、ギルドマスターの横暴は見逃せません! 娘達の快適な職場を守るためにも、ヘリソンさんには反省してもらいます!


 ほら、貴方達は逃げて!」


「えっ、えっ!? いや、いきなり逃げろって言われても……」


「道は開けてあげます! せーいっ!」


「「うひぃっ!?」」


 ドゴーンという派手な音を立てて、マエラさんのトゲ鉄球が床に大穴を開ける。その威力に戦いた警備員二人が身をかわしたため、そこに道が……活路ができた。


「これを持って走って!」


「これ、転移門リフトポータルの使用許可証!? あーもう、走るぞ二人共!」


「何がどうなっておるのじゃ!?」


「後ろに向かって全速前進なのデス!」


 ローズとゴレミを引き連れて、俺は必死にギルド内部を走る。このギルドの中を移動するのは初めてなんだが、探索者ギルドは大体どこも同じ作りなので、幸いにして方向は予想がつく。


「あー、くそっ! 何で帰還報告をしに来ただけで、こんなトラブルに巻き込まれてるんだよ!?」


「まったく、クルトと一緒じゃと退屈する暇がないのじゃ!」


「オルガにお土産話がてんこ盛りになってしまうデス!」


「何だお前達!? おい、不審者だ、捕まえろ!」


「うわ、また来たのじゃ!」


「マスター、どうするデス?」


「こういうときの対処は、決まってるだろ?」


 この先どうなるのかなんて、きっと誰にもわからない。きっとまた誰かと出会い、あるいは懐かしい誰かと再会したりしながら、俺達の探索はまだまだ続いていく。


 だがひとまずは……こいつで未来を切り開く!


「食らえ、歯車スプラッシュ!」


「「ぐあっ!?」」


 顔を押さえる職員の間を抜けて、起動直前だった転移門リフトポータルに飛び込む。その先に何が待っているのか……はは、俺達なら何でも来いだ!


――――――――


これにて完結となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


また本日より新連載を始めておりますので、良ければそちらも読んでいただけると嬉しいです。



俺のスキルは<剣技:->(いち)!

https://kakuyomu.jp/works/16818093073138119313

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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~ 日之浦 拓 @ray00889

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