ガリガリ未来人と現代のマッチョ
霞 茶花
第1話
階段や手動ドアが古語辞典に載り、筋肉質が死語になりつつある3XXX年、「筋肉」は骨格同様、生まれつきのステータスだと思われていた時代。
とある筋肉倍増研究室にて。ダンベルを眼前に、二人の男がもみ合っていた。
「はなせえ! 減給すっぞ!」
「ダメです所長、離しません! 新薬では無理です! そんなモノ持ち上げたら死んじゃいますって!」
所長と呼ばれた、骨と皮の人形のような線の細い体躯の男が、彼の助手に向かって吠えた。
「論文の締め切りは明後日だぞ! 早く成果をあげ……うぎゃあああああ!」
「しょ、所長!」
ダンベルを一センチ程、床から浮かした瞬間。腰に、雷の如き激痛が走った。ビキビキという比喩ではなく、靭帯とか関節とかがはち切れるマジの轟音に見送られて、彼の意識は急速に闇に落ちていった。
目が覚めると、知らない白い天井があった。
「ここは……病院?」
そう呟いた、掠れた所長の声に、
「いや、ジムのベンチプレスの上だけど。頭打ったのか? 救急車呼ぶ?」
若く張りのある男の声が答えた。そして、声の主が覗き込んできた。歳は三十代ぐらい。少し彫りの深い端正な顔立ちに、健康的な白い歯が光っている。
「じむ? 古典の授業で聞いたことがある……。まさか」
飛び起きて、所長は男の引き締まった胸板と、オーナーと書かれたネームプレートに顔面を強打した。尻餅をついて腰も痛めながら、自然とオーナーを見上げる体勢になった。丸太を彷彿とさせる脚が支えるのは、見る者を圧倒する戦車の如き肉の装甲。
まさに、
「マッチョだ……」
その言葉の化身、具現化、筋肉の現人神。所長の脳内に次々とそんな単語が浮かんでは強烈な軌跡を残して消えてゆく。
「いやあ、そんなに驚かれると照れちゃうよ。実はボクも、最初はお客さんくらい瘦せててさ。なんか懐かしくなったよ。取り敢えず、大丈夫そうでよっかた。君がマッチョになるの楽しみにしてるよ。器具の使い方わからなかったら、遠慮なく呼んでいいから。じゃあねー」
びしりと完璧なターンを決めて、岩山のような背中が遠ざかる。
「え、あ、待って」
「き、筋肉って努力すれば自然とつくものなんですか!?」
「体質とかもあるけど、基本的にはそうだな。運動して、きちんと栄養バランス考えれば、誰でも……」
「お時間があればご教授お願いします! 締め切りが、マッチョになる方法について」
「は?」
それから二時間、片付けを手伝おうとベンチプレスを持ち上げて気絶するまでの間、
所長はオーナーに指導してもらった。
もっとも、オーナーが教えたのは基礎中の基礎。タンパク質と運動強度の話までに止まっていたのだが、所長に与える衝撃は十分だった。
因みに、その後彼が執筆した論文のおかげで、3XXX年に空前のマッチョブームが到来するのだが、それはまた別のお話。
目覚めると、かかりつけの病院の白い天井があった。
「き、筋肉をつける方法を教わったんだ! 僕だって、マッチョになれ……うぎゃあああ!」
「所長おおお!」
そう言ってベットから飛び起きて、所長の意識は再び闇に落ちていった。
ガリガリ未来人と現代のマッチョ 霞 茶花 @sakushahosigumo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます